"気候正義"は他人事じゃない バングラデシュの若者が日本に不満を抱えている訳
先月の11月に開催された第26回気候変動枠組条約締約国会議(以下、COP26)は世界中の注目を集めたように、気候変動は多くの人にとっての関心事になっている。
そうした中、12月初旬に、Fridays For Future Japan「マイノリティから考える気候正義プロジェクト」(以下、FFFJ気候正義P)とFridays For Future Bangladesh(以下、FFFB)は、環境省にて合同記者会見を開いた。
国際的運動団体Fridays For Future(以下、FFF)の日本とバングラデシュの若者たちが、「気候正義マニフェスト」を岸田政権に向けて投げかけたのである(なぜバングラデシュの若者たちがこのような行動をおこしたのかについては後述)。
FFFは、2018年に当時15歳のグレタ・トゥーンベリ氏が気候変動問題を訴えるためにたった一人でスウェーデンの国会前に座り込みをしたことをきっかけに世界中に広まった、若者たちによる気候変動運動である。
世界的に若者たちが「脱炭素」を掲げているわけだが、今回、日本政府に突き付けられた「気候正義マニフェスト」は、単なる「脱炭素」ではなく、日本国内の「労働」や途上国の「貧困」などへの提言を含んでいる点で特徴的な内容となっている。
本記事では、この「気候正義マニフェスト」で提示された論点を紹介しながら、「労働」や「貧困」の観点から気候変動という人類的課題について、考えていきたい。
「8時間労働で生活できる賃金」と気候変動
「気候正義マニフェスト」で一番はじめに掲げられていたのは、「8時間労働で生活できる賃金」である。一見すると、気候変動運動であるFFFが「8時間労働で生活できる賃金」という要求を掲げるのは奇妙である。
しかし、実は、気候変動と労働問題は連続する問題だ。例えば、長時間労働とそれに伴う電力消費はわかりやすい。企業は利益追求のために、労働者をできるだけ安く長く働かせようとする。その過程で、「過剰に」CO2を排出する。日本で言えば、24時間営業のコンビニやファストフード店がわかりやすい例であろう。そのため、海外では労働者たちと環境・気候変動運動が連帯して抗議行動をすることは珍しい話ではない。
今年の5月1日のメーデーには、労働組合だけでなく、世界中の環境・気候変動運動が#StandWithWorkers(=労働者を支持します)というメッセージとともに、労働環境の改善や環境負荷の高い産業で働く「労働者を置き去りにしない」グリーン経済への移行を訴えた。日本でも、FFFJ気候正義Pのメンバーたちが、メーデーアクションに参加し、筆者も以前の記事で紹介した。
参考:「学校スト」から「職場スト」へ メーデーに連帯を呼びかける世界の若者たち
さらに、彼らは、6月25日に決行された「自販機産業ユニオン」という労働組合によるストライキに応援に駆けつけ、抗議行動を一緒に行ったという。自販機産業では、各社が利益のために街中に自販機を設置し、大量の自販機を労働者の長時間労働によって機能させており「過労死」もおきている。
そして、数が多いぶん環境負荷も高い。このような状況を生み出し、放置している企業に対して、組合員たちは長時間労働是正とCO2排出削減のために、「過剰な」自販機の削減を要求として掲げ、ストライキを決行したのだ。
「8時間労働で生活できる賃金」が実現された社会は、今よりも、地球にも労働者にも優しい社会なのである。
なぜバングラデシュと日本の若者が、日本政府に申し入れるのか?
次に「気候正義マニフェスト」で掲げられた要求内容は、バングラデシュの「貧困」に絡んだものだった。今回の「気候正義マニフェスト」はFFFの日本とバングラデシュのメンバーによって共同で作成されたわけだが、そのきっかけは、今年9月に行われた世界統一の気候ストライキだったという。
日本とバングラデシュの若者が共同して日本政府に要求している内容は、日本の政府開発援助(以下、ODA)を通じて、住友商事などの日本企業が進めるマタバリ超々臨界圧石炭火力発電事業(以下、マタバリ石炭火力事業)の中止・撤退要求だ。
気候変動で一般的に重視されるのは、各国ごとの温室効果ガス排出量である。しかし、政府開発援助で強い影響力を持つために、バングラデシュ国内のエネルギー政策に日本が無関係というわけでははない。
これまで、FFFバングラデシュのメンバーたちは自国政府に対してマタバリ石炭火力事業をやめるように訴えてきたが、現地からの呼びかけをうけて、日本のFFFのメンバーもこれに参加することになった。「国境を越えた気候変動運動の構築が急務であり、今回の合同記者会見はそのための第一歩」だと言う。
実際に、日本が自国で石炭火力をつづけ、さらに海外に輸出している事実は、世界的に非難されている。中国ですら石炭火力の輸出は撤回している中で、日本の石炭依存は世界的にも強く問題視されているのだ。
一方で、マタバリ石炭火力事業が現地の「貧困」を拡大させており、「気候変動と貧困」を先進国が途上国で生み出しているという点も今回の重要な争点である。実は、世界的な気候変動運動では、途上国の開発に対する先進国の責任を含む、この「気候正義」こそが問題の本質だとされている。
つまり、世界の若者たちが求める「気候正義」とは、途上国に環境問題の負荷を押し付け、貧困を拡大させている状態に対抗する「正義」をも含んでいるわけだ。気候正義運動は、グローバルな格差や搾取・採取主義を批判する人類史的な問いかけだといってよいだろう(このあたりが日本ではほとんど理解されていないように思われる)。
途上国の「失業」と「貧困」を生み出すマタバリ超々臨界圧石炭火力発電事業
問題のマタバリ石炭火力事業についてみていこう。同プロジェクトは、2014年に経済協力の名の下に、日本とバングラデシュの間で締結された円借款事業(日本政府による円建ての貸付援助)である。日本政府によれば、今回の石炭火力発電は、従来よりも「高効率」であるため、バングラデシュの経済成長に不可欠な電力供給と気候変動対策を両立できる発電事業ということだ。
しかし、既に現地ではこの事業による環境破壊の可能性と人権侵害の実態が国際NGOや環境団体によって告発されている。まず、「高効率」の石炭火力発電であると言っても、従来の石炭火力発電に比べてCO2排出量が少ないということを意味しているだけであり、他の自然エネルギーなどと比べれば環境負荷は高いことが指摘されている。
加えて、海外の環境団体の報告書によれば、マタバリ石炭火力事業は、新しく日本で建設されるプラントに適用される汚染基準を満たしてないと批判されている。具体的には、日本の平均的な新規石炭発電所の最大21倍の二酸化硫黄と10倍の致死性粒子を排出し、年間に約800人の早死を引き起こすことが指摘されている。
また、バングラデシュの南東部に位置するマタバリ地区の主要な産業は、塩田やエビの養殖であり、これらは住民の生活の糧になっていた。しかし今回の建設に伴い、2万人以上の人々が仕事を奪われ、現地では多くの人々が貧困状態に陥っているという。それにもかかわらず、彼ら彼女らへの補償は不十分にしか実施されておらず、マタバリ石炭火力事業が生み出した雇用の数も少なく、一時的なものであるため住民の「貧困」問題は解決していないとのことである。
マタバリ石炭火力事業の労働環境
さらに、たとえ現地の人々が雇用にありつけたとしても労働環境は劣悪だ。労働現場での安全対策が不十分であったために、これまでに2名の労働者が転落や倒壊した電柱の下敷きになり死亡しているのだ。
その上、昨年、新型コロナがバングラデシュ国内で広がりロックダウンが実施されていたにもかかわらず、現場の労働者たちは働くことを命令された。これに対して労働者たちはストライキを決行ている(なお、同時期、マタバリ建設に関わっている住友商事では、日本人従業員に対してテレワークが呼びかけられている)。
国際的な取り決めからすれば、住友商事には、サプライチェーンの労働者の人権を守る責任がある。これは、2011年に国連人権理事会で企業活動におけるSDGsの重要な指標として採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「ビジネスと人権原則」)と呼ばれる規範だ。この原則では、企業に対して、直接雇用する労働者の人権だけでなく、取引先企業の労働者の人権にもコミットするように求めている。
住友商事も、「ビジネスと人権原則」を遵守することを自身のHPで宣言しており、サプライチェーンおける「人権を尊重し、人権侵害に加担しない」ことを謳っている。
しかし、同社が自社の社員にはテレワークを命じる一方で、建設作業を請け負う現地企業のもとで働く労働者の人権問題を無視・軽視することを続けているのであれば、グローバル企業としての責任感がないと言われても仕方がない。
また、日本政府の「国際貢献」によって進む事業の現場で起きている労働問題なのであるから、「傍観」している日本政府に対しても、国際的な批判は避けられないだろう。
おわりに
日本政府は、日本経済の成長戦略の一環として、別の言い方をすれば、日本企業の利益のために、今回のような石炭火力発電などのインフラ輸出を積極的に行ってきた。世界的には、それが気候危機を進め、現地の「貧困」を拡大させるという批判にさらされていることを、私たちは直視する必要があるだろう。
10月にFFFJ気候正義Pが、住友商事に対して行った申し入れの際には、迫りくる気候危機とバングラデシュ国内の被害の実態を訴えても、同社の担当者は「契約済みなので中止できない」との回答を繰り返したという。
今年発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書では、気候変動の原因が人類の活動だと断定されたが、それは人類が「平等に」気候変動に貢献していることを意味しない。そこには、利益追求のために労働者と環境を犠牲を厭わない一部の大企業と、それを支援する政府の存在がある。FFFのメンバーたちは、そうした企業を「最大の汚染者」として批判する。
今回の記者会見で報告を担当したFFFJ気候正義Pのオーガナイザー・清野華那(大学2年生)さんは、次のように述べる。
今後彼らは、一年以内にマタバリ石炭火力事業の中止を求めて国際キャンペーンを立ち上げるという。その目的のもとに、既存の気候変動運動や環境団体だけでなく、所属に関係なく、この問題に取り組みたい学生や若者、研究者や作家、著名人、国内外の活動家など多くの人々を巻き込みたいと語っていた。来月の2022年1月には、キャンペーン立ち上げのためのシンポジウムを開催するとのことである。
労働・貧困の専門家である筆者も、今後の若者たちによる気候変動運動に注目し、発信を続けていきたい。
【取材協力団体の紹介】
Fridays For Futureは、2018年に当時15歳のグレタ・トゥーンベリ氏が気候変動問題を訴えるためにたった一人でスウェーデンの国会前に座り込みをしたことをきっかけに世界中に広まった、若者たちによる気候変動運動である。日本では2019年2月にFridaysForFuture Japanが発足した。10代・20代の若者中心の運動で、随時メンバーを募集している。