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ナゼあなたは「タバコお断り」と言えないのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 小池百合子知事が表明した「東京都の受動喫煙防止条例案」が議論になっている。非喫煙者が「望まないタバコの煙」を吸い込むことをなくす、というのがこの条例案に限らず、受動喫煙防止の目的だ。

 これはタバコの煙が「好きだ嫌いだ」という問題ではない。一橋大学構内の禁煙化に尽力し、社会へ広く喫煙の害を知らしめた英国政治史の大家、塚田富治はその論考「インテリ国王の『嫌煙』闘争」(※1)の中で「『好き・嫌い』を根拠に権利を主張するようになると、嫌煙派と喫煙派の権利をめぐる戦いは無限につづくことになる」と書いている。

タバコの煙は「好き嫌い」の問題ではない

 塚田は同じ論考の最後に「他者の苦痛や迷惑を考えない自己中心主義は、依然として喫煙者固有の態度として猛威を振るっている。身勝手でマナーの悪い人たちがタバコを吸うというのではなく、タバコのなかに自己抑制や他者への配慮を麻痺させる成分が含まれているのかもしれない」とこぼしているが、そんな成分があるかどうかは別としてタバコを吸わない他者への「健康被害」は明かだ。

 受動喫煙が様々な疾患と関係がある、というのは医学的・科学的に立証された「真実」である。タバコの煙を少し吸っただけで体調が悪くなるような人は意外に多い。詳細は下記の表をみればわかるが、受動喫煙規制が必要な主な理由はタバコを吸わない他者の健康を害する「他者被害」にある。

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 これら身体的な疾患のみならず、受動喫煙が心理的・精神的にもストレスを与える、という論文もある(※2)。非喫煙者がタバコの煙にさらされると心理的な逼迫感を受け、精神科や神経科などでの治療を受けるリスクが約1.5倍上がる。

 興味深いのは、自分自身が喫煙者の場合、受動喫煙による心理的なストレスは非喫煙者よりも強く、喫煙経験のない人より禁煙に成功した人のほうがストレスを感じにくい、という点だ。塚田ではないが「身勝手」な喫煙者の姿が見えてくるようでもあり、またタバコへの耐性のある人が禁煙に成功しやすいのではないか、ということも示唆される。

 受動喫煙の心理的ストレスについての同様の研究は日本にもある。人間ドックを受診した非喫煙者の男女368人を対象にしたアンケート調査(※3)では、受動喫煙によって「いらいらする」と回答した人が有意に多かった。この種の研究は多い(※4)が結果はまちまちで、まだエビデンスが確定しているとは言いがたい。

 だが、ストレスは万病の元とも言われる。他人の喫煙でストレスを感じれば、タバコ煙の影響も相乗的に悪くなるかもしれない。

受動喫煙に対する意識とは

 ところで筆者は先日、平昌五輪を前に受動喫煙防止条例を策定した韓国を取材した。韓国は喫煙率や喫煙率の男女比などで日本とよく似ているが、喫煙はもちろん受動喫煙の健康への悪影響は広く認知され、実際、子どもを抱いて信号待ちをしていた女性が隣の喫煙男性を強い口調で直接批難していた光景を目撃している。また、儒教の考え方がまだ根強いせいで女性の喫煙は社会的タブーになっているが、タバコを吸う若い女性に老人たちが寄ってたかって暴力を振るう、という事件も起きているらしい。

 一方の日本はどうだろう。受動喫煙の害についての知識は広まっているのだろうか。そして「望まないタバコ煙」に対して韓国ほど、はっきりとした拒絶の態度を示すのだろうか。

 製造業の二つの事業所に勤める815人の男女労働者を対象にした意識調査(※5)によれば、喫煙者(44.3%)のうち、48.5%が「禁煙に対して無関心」だった。また、非喫煙者の91.4%が「嫌煙」意識を持ち、嫌煙意識のある非喫煙者のうち「周囲への健康影響」すなわち受動喫煙の健康影響に対する意識の割合は94.1%だった。

 この調査によると、非喫煙者(過去喫煙を含む)の約9割が嫌煙意識を持っており、それは「健康への影響や周囲への迷惑」といった理由が多かった。にもかかわらず「非喫煙者に対して配慮しない」と回答した喫煙者の割合は40.7%で、これは「受動喫煙の害についての知識がない」と回答した喫煙者に多い、という結果になっている。

 また、山口県の30〜29歳の男女445人を対象に「健康メッセージ」の効果を調べたアンケート調査(※6)では、禁煙について「喫煙や受動喫煙の健康への悪影響についてのメッセージが有効」と回答した割合が最も多く(約34%)、受動喫煙の効果では男性より(32.4%)女性のほうが多かった(35.7%、オッズ比1.06、CI:95%以下同)。また、受動喫煙についての禁煙メッセージの有効性では、既婚より未婚(33.4%:36.6%、オッズ比1.55)、学歴が上がるほど、年収が低いほど多かった。

 このように喫煙者も非喫煙者も「タバコが健康に悪い影響を与える」ことは認識しているが、喫煙者の中にはそうした知識のない人もまだ多い。そうした喫煙者の多くはタバコを吸わない人に対する配慮も少なく、低学歴で年収が高い既婚者の男性にそうした意識の欠如が垣間見えることがわかる。

受動喫煙に対する寛容な態度

 では、非喫煙者は受動喫煙に遭遇した際、どんな態度をとっているのだろうか。関西圏の4年生大学に通う男女大学生342人を対象とした調査(※7)によると、タバコに興味がないと回答した非喫煙者の学生の場合、受動喫煙に対し、強く拒絶(13.1%)、拒絶(26.7%)、弱く拒絶(34.6)、容認(13.3%)という結果になった。また、喫煙風景に対する「否定的印象」では「子どもや赤ちゃんの近くで喫煙」が最も否定的で次に「女性の喫煙」、「飲食場面での喫煙」という順番になる。

 この調査結果によれば、受動喫煙を強く拒否する割合は約13%に過ぎず、受動喫煙にそれほど嫌悪感を抱かない割合が約35%、受動喫煙を容認する割合も約13%いることがわかる。一方で、子どもや赤ちゃんの近くでの喫煙、女性の喫煙、飲食場面での喫煙に対しては否定的であるようだ。

 筆者は、喫煙率の高い北海道や青森県のタバコ対策担当者からその理由について話を聞いたことがあるが、北海道は女性の社会進出や開拓の歴史などもあり個人の行動についてとやかく言わない、また青森県は居酒屋など飲食店での喫煙に対して寛容な雰囲気がある、と話していた。

 受動喫煙したからといって、その場ですぐに病気になる人は少ない。灰皿が置かれている飲食店で隣の客にタバコを吸われたら、それに対して「NO」と言えない空気もある。韓国の知人は「日本人はおとなしいから文句を言わないのだろう」と言っていたが、あまり空気を読み過ぎれば自分の健康に影響が出るかもしれない。

 筆者が尊敬する内科医は「タバコの害はそれによって肺がんやCOPD(慢性閉塞性肺疾患)になった患者や医師にしか本当はわからない。政治が決断してタバコの害をなくすようにしなければ解決できないのではないか」と言っていた。本来なら政府や厚生労働省が先頭を切ってやるべき事案なのだろうが、JTの株主である財務省や自民党の「タバコ族議員」の抵抗にあっている。神奈川県や兵庫県に続き、東京都がより踏み込んだ受動喫煙防止条例を策定するしかない。

※1:塚田富治、「インテリ国王の『嫌煙』闘争:一七世紀の嫌煙権は二一世紀にも有効か」、一橋論叢、第125号、第3号、2001

※2:Mark Hamer, Emmanuel Stamatakis, G. David Batty, "Objectively Assessed Secondhand Smoke Exposure and Mental Health in Adults." Archives of General Psychiatry, Vol.67, No.8, 2010

※2:Mark Hamer, Tamsin Ford, Emmanuel Stamatakis, Samantha Dockray, G. David Batty, "Objectively Measured Secondhand Smoke Exposure and Mental Health in Children." Archives of General Psychiatry, Vol.165, No.4, 2011

※3:柴田朋実、深山泉希、西河浩之、増田陽子、宮脇尚志、「受動喫煙の曝露時間と呼吸機能および心理ストレスとの関連─人間ドック受診者における横断研究─」、日本禁煙学会誌、第11巻、第4号、2016

※4:Farah Taha, Renee D. Goodwin, "Secondhand smoke exposure across the life course and the risk of adult-onset depression and anxiety disorder." Journal of Affective Disorders, Vol.168, 367-372, 2014

※5:宮島江里子、角田正史、押田小百合、五十嵐敬子、三枝陽一、美原静香、吉田宗紀、野田吉和、大井田正人、「質問紙票調査による喫煙労働者の禁煙無関心者の特徴や非喫煙者への配慮状況と非喫煙労働者の嫌煙意識」、総合健診、第44巻、第2号、2017

※6:福田吉治、林辰美、「健康づくりに関するメッセージの効果認識の関連要因」、日本公衆衛生誌、第62巻、第7号、2015

※7:大竹恵子、「非喫煙者の受動喫煙対処行動による喫煙獲得”前熟考期”のステージ細分類」、Journal of Health Psychology Research、Vol.27, No.2, 131-139, 2014

※7:質問項目は「飲食をする時は全面禁煙のお店を選ぶ」「タバコの煙に遭遇したら息を止める」「喫煙指定場所がある時は避けて通る」「分煙されている飲食店で禁煙席が満席の時は妥協して喫煙席を選ぶ」「タバコの煙に遭遇しても気にしない」「家の中で家族の誰かがタバコを吸い始めた時は別の部屋へ移動する」「飲み会などタバコの煙に遭遇する可能性が高いところへ行くときは気に入っている服は着ない」「喫煙している家族や友達、恋人がいたら、禁煙させようと働きかける」で「はい」「いいえ」の2択。また、この調査では「子ども、赤ちゃんの近くで喫煙」など喫煙風景の印象評定も行っている。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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