入浴中に寝落ちで溺れたら スマートウォッチで助かる近未来がすぐそこに
家庭内浴槽にて、溺れて命を失う人は2018年の年間で5,398人。世界の中でわが国だけが突出しています。亡くなった方々は寝落ちや急病などで脱力していたとしても、浴槽のお湯に顔が浸からなければ助かったかもしれません。入浴中に突然の危険が迫った時の同居家族などへの緊急通報、あるいは入浴中の家族による見守りがスマートウォッチで可能になる、そんな近未来についてお話ししたいと思います。
【参考】溺死の多い国、日本 水難学に関する国際会議で何がわかったか
40年前と今とでは、家庭の浴槽の形状が変わってきているし、溺れる年齢層が劇的に変わっています。浴槽は浅くなり、後傾姿勢あるいは仰向けで入浴するスタイルへと変遷しています。40年前は乳幼児の溺水が半数を占めていましたが、現在では65歳以上が大多数です。ここのところ急増している高齢者の浴槽溺水は、よろめきや意識消失時の姿勢などの高齢者特有のきっかけが関与している可能性が大です。
【参考】家庭での浴槽溺水 浴槽の形状と溺れる年齢層の知られざる関係
今、スマートウォッチが流行しています。心拍測定、血圧測定、歩数測定などが腕時計タイプの端末で簡単にできます。5年ほど前から市場に出回り、今では3,000円程度で購入できる機種も。多くの人が健康管理に使っています。入浴を想定した製品はまだ見かけませんが、これを浴槽溺水の防止に活用できる未来がすぐそこまで来ています。
スリップ・よろめき溺水
図1をご覧ください。厚生労働省人口動態統計の「家庭における主な不慮の事故による死因(三桁基本分類)別にみた年齢(特定階級)別死亡数及び百分率」のうち、W01 スリップ,つまづき及びよろめきによる同一平面上での転倒により命を落とした人の中で、65歳以上の方の数です。さらに、ここにW65 浴槽内での溺死及び溺水死亡数を重ねました。特に1995年より最近の傾向に焦点を当てると、増加の足取りがよく似ていることがわかります。
絶対数こそ、家庭内転倒による死亡数1,368人は、家庭内浴槽溺水による死亡数5,029人(いずれも2018年)より少ないのですが、倒れた先に水があれば致命的な溺水につながるため、浴槽内で転倒すればそれなりに数が増えるのだと見て取れます。
似た事例は、富山県内で多発する用水路水難事故でも見られます。富山県内には他県では見られないほどの距離の用水路が網の目のように張り巡らされています。道路わきには必ず用水路が併設されているといってもおかしくありません。この用水路に転落して生還した高齢者の何人かに聞くと一様に「急によろめいて、気がついたら用水路に落ちていた」と回答しました。富山県だけで、全国の用水路で亡くなる方のほぼ半数を占めます。
【参考】こんな小さな用水路で、なぜ人は次々と溺れるのか?富山の用水路の現状から
スマートウォッチで救える命があるでしょうか。多くの種類のスマートウォッチに内蔵されている加速度センサーがキーテクノロジーとなります。一部の高機能型では、加速度センサーの働きにより、スマートウォッチ装着者の転倒を検知することができます。「転倒検知」の信号がスマートウォッチから家族等のスマートフォンに送られて、居間にいる家族が異常を知り、救護に浴室に駆けつけることができます。
たとえ顔面がお湯に浸かっていたとしても、浸かってから数分以内で発見できれば、人工呼吸だけで息を吹き返す可能性が高くなります。
ただし、現時点では入浴中に使用する想定のスマートウォッチはまだ見かけません。30℃程度の水温のプールで水泳中に腕に装着して利用できるところまで来ていますので、あと少しです。(注1、注2)
寝落ち溺水
寝落ち溺水から生還して経験を語る人の多くは、仰向け状態で入浴中に寝落ちした人です。その一方で前回のニュースでは、命を落とす人は発見時に下向きで、顔面が湯に浸かった状態が多かったことを報告しました。前傾姿勢で寝落ちすれば、顔面が先にお湯に浸かるのに対し、後傾姿勢で寝落ちすれば、顔面が沈むのは最後ですから、溺れるまでに時間を稼ぐことができます。その時間内に目が覚めれば生還できるわけです。
【参考】あなたの湯船の浸かり方は? 溺水予防の観点から望ましい姿勢はどれか
例えば、完全防水型腕時計を装着して、一定時間ごとに音と振動の目覚ましをかければ、これは今すぐにでも寝落ち対策に使えます。
スマートウォッチには、加速度計ベースの睡眠トラッキング機能がついているものが多くあります。睡眠している状態を検知する機能です。今はまだ、睡眠の深さを測定する機能にとどまっていますが、それを逆手にとって、寝落ちしたら警告音や振動を出すようにして、入浴中の寝落ち溺水を防止することができるかもしれません。
心拍数ばかりでなく血圧の測定までできるスマートウォッチがあります。図2に示すように、そのようなスマートウォッチには、裏側の手首に接触する部位に緑色発光ダイオード(LED)が装着されています。光学センサーを使った血流測定のための素子です。LEDから発生した緑色光が血液・血管に当たり、それが反射される現象を利用しています。血流が多い時と少ない時の光の反射率を計測することで、血流そのものや心拍数が測定でき、それらを使えば血圧まで数値化することができます。
いわゆるヒートショックは、寒い脱衣所・洗い場から熱いお湯に入った時の血圧の急激な変化に誘発されるとされています。数値の急激な変化を検知して、異常を知らせる機能は現在のスマートウォッチでもすでに実用化されています。本体をお湯につけないようにして、スマートウォッチで自分の体に見られる急激な変化を常に測定して、数字で知っておくことは今からでも実行できます。
まだ近未来のことですが
スマートウォッチを浴槽溺水の防止に活用できる未来がすぐそこまで来ています。入浴時動作保証がなされた製品が発表になれば、自宅での入浴中の見守りなどに、応用がいっきに広がることでしょう。現時点では、防水機能がしっかりした製品を選び、お湯につけないようにして、自分の心拍数や血圧の変化をモニターして自己管理をすることから始めるのはいかがでしょうか。
スマートウォッチは医療器具ではありません。数値には常に思いがけない誤差が入ります。ただ、このような測定装置は同じ人がつけっぱなしで測定する、いわゆるインサイチュ測定には結構強くて、何かしらの変化があれば素直に数字に現れます。入浴にかかる体の負担を数字として表現し、自己管理する上の参考にするのであれば有効なツールになり得ます。
注1 転倒の際にスマートウォッチが腕とともに水没すると、電波を使って外部に信号を送れないという問題があり、すべての溺水事例に対して効果を期待するものではありません。
注2 水泳プールではロッカーキーとスマートウォッチを組み合わせたスマートキーなどで、遊泳者ひとりひとりの体調管理を行い、水難事故を未然に防ぐ構想もすでに走り始めています。