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「憲法学者の7割が自衛隊違憲」は水増し? 東京新聞の引用が不正確

楊井人文弁護士
東京新聞2016年2月4日付朝刊1面
東京新聞2016年2月4日付朝刊1面

安倍晋三首相が2月3日の衆院予算委員会で憲法9条改正に言及したことを、東京新聞が今日の朝刊で大々的に取り上げている。その中で、稲田朋美・自民党政調会長は「憲法学者の約7割が自衛隊は憲法違反と解釈している」と指摘したことを前提に、東京新聞が朝刊1面で「調査は『63%』→切り上げ」と見出しをつけ、稲田氏らが朝日新聞の憲法学者アンケートの結果を水増ししたかのように報じた記事がある。しかし、東京新聞の指摘は、朝日のアンケート結果の正確な事実に基づいたものではなかった。昨年も詳しく取り上げたが、改めて朝日のアンケートの結果を紹介しておきたい。

朝日は昨年7月、憲法学者アンケートの結果、122人の回答者のうち104人が集団的自衛権の行使を容認する安保法案を「憲法違反」と回答したと報じた。その中で自衛隊の合憲性についても質問していたが、回答結果を紙面で伝えず、デジタル版にのみ簡潔に載せていた。日本報道検証機構が指摘した後、詳細な回答結果がデジタル版に開示され、その結果を分析すると「自衛隊を合憲と実名で回答した憲法学者19人のうち、安保法案を明確に違憲と答えたのは8人だった」ことも明らかになった(→【安保報道】朝日新聞 憲法学者アンケートの結果の一部を紙面に載せず)。

朝日新聞の憲法学者アンケート質問4の結果(昨年6月実施、朝日デジタル)
朝日新聞の憲法学者アンケート質問4の結果(昨年6月実施、朝日デジタル)

東京新聞によれば、稲田氏の「約7割」発言は、この朝日のアンケート調査を根拠としていた。ところが、朝日が公開している調査結果をみると122人の回答者中、50人が「憲法違反に当たる」、27人が「憲法違反の可能性がある」で、「63%の計77人が違憲性を指摘」しているのに、稲田氏は「約7割」と述べ、安倍首相も「7割」を前提に答弁していたと指摘。見出しの「切り上げ」とあいまって、自衛隊違憲説をとる憲法学者の割合を水増ししたのではないかと問題視する趣旨であることは明らかだった。

しかし、東京新聞は朝日のアンケート結果を正確に紹介していなかった。「憲法違反」「憲法違反の可能性がある」の計77人のほかに、13人が「憲法違反にはあたらない可能性がある」と回答していることを無視していたのである。これを含めると計90人で約73%(小数点以下切り捨て)だった。稲田氏の指摘(後述のとおり、稲田氏は「違憲の恐れ」も含めて「7割」と言っている)は、朝日のアンケート調査を正確に説明したものといえる。

そもそも、朝日のアンケートにあった「憲法違反の可能性がある」と「憲法違反にはあたらない可能性がある」という2つの選択肢の関係はわかりにくく、適切な選択肢だったといえるか疑問はある。選択肢の配置からすると「憲法違反の可能性がある」は「憲法違反にはあたらない可能性がある」より「憲法違反にあたる」に近い立場の選択肢とも考えられる。だが、言葉のニュアンスでいえば「憲法違反の可能性がある」=「基本的に憲法違反ではないという立場に近いが、憲法違反になる可能性がある」という趣旨に、「憲法違反にはあたらない可能性がある」=「基本的に憲法違反であるという立場に近いが、憲法違反にならない可能性がある」という趣旨に解釈できなくもない(【追記】回答した憲法学者の中にも、そのような指摘があった。稲葉実香・金沢大准教授の回答欄の6参照)。いずれにせよ間違いないのは、「憲法違反の可能性がある」と回答した学者も「憲法違反にはあたらない可能性がある」と回答した学者も、「自衛隊は合憲と言い切れず、違憲の恐れがある」という立場で回答しているという事実だ

したがって、朝日のアンケート結果を正確に表現するならば、「アンケートに回答した憲法学者の約7割が、自衛隊を憲法違反、または憲法違反の恐れがあると考えている」ということになる。そして「アンケートに回答した憲法学者のうち自衛隊を憲法違反に当たらない(合憲)と明確に答えたのは28人(23%)だった」ということである。

もう一つ、不正確な部分がある。東京新聞はこの記事で、稲田氏が「憲法学者の約7割が自衛隊は憲法違反と解釈している」と指摘した、と引用している。しかし、稲田氏の質問を改めて聞いてみると「憲法学者の約7割が9条2項に自衛隊は違反、または違反する可能性があると解釈しております」と発言しており、アンケート結果を正確に捉えていた。東京新聞による稲田氏の発言やアンケートの引用の方が不正確であった(ただ、1面の別の記事では正確に引用した箇所もある)。ちなみに、朝日のアンケート結果によれば、「自衛隊は憲法違反」と明確に違憲説をとっているのは、122人中50人(41%)であった。

自衛隊をめぐる憲法学説の状況は、今後も憲法論議の中で繰り返し取り上げられる可能性があるが、何よりも重要なのは、議論の前提として正確な事実認識を共有することである。誤解のないよう強調しておくが、政治家の発言に事実誤認や誇張がないかをチェックをし、疑問があれば指摘するという姿勢は、メディアとして非常に大切なことだ。だが、「論」にひきずられて都合の悪い事実に目をつぶったり、都合よく事実を捻じ曲げたりしては、議論が混乱するのみならず、その「論」の説得力が失われるだけである。

付言しておくと、NHKも憲法学者アンケートを実施し、自衛隊の合憲性についても質問していたが、その結果を公表していない(→【安保報道】NHKも憲法学者アンケート 結果発表は5問中1問だけ)。東京新聞やテレビ朝日も昨夏、憲法学者アンケートを実施したが、自衛隊の合憲性については質問していなかった。そのため、最近の憲法学者がどの程度、自衛隊を合憲と解釈しているか、違憲と解釈しているかを知るすべは、今のところ朝日のアンケート結果しか見当たらない。その点で朝日新聞が事後的とはいえ、詳細なアンケート結果をデジタル版に公開したことは憲法論議に資するところ大であり、評価に値することである。

朝日デジタルが公開したアンケート結果を分析した表(再掲)
朝日デジタルが公開したアンケート結果を分析した表(再掲)

(*) 「『憲法学者の7割が自衛隊違憲』は水増し? 東京新聞の指摘は前提事実が不正確」から改題し、文中の表現をわかりやすく一部修正しました。(2016/2/4 15:00)

(**) 東京新聞の記事見出しを「調査は『63%』→切り上げ?」と引用していましたが「?」はついておらず、「調査は『63%』→切り上げ」でした。修正しました。(2016/2/4 17:45)

(***) 「憲法違反にあたる可能性がある」と「憲法違反にはあたらない可能性がある」の選択肢の違いについて、回答した憲法学者の中にも疑問を指摘をする人がいることを追記しました。稲葉実香・金沢大准教授は自由記述欄に次のように記しています。(2016/2/4 21:30)

(なお、設問の(2)「憲法違反の可能性がある」と(3)「憲法違反にはあたらない可能性がある」は、選択肢の順序からすると憲法違反の可能性は(2)の方が高いという趣旨かと拝察しますが、私には日本語の語感として(3)の方が可能性が高いという印象を受けました。あまり適切ではない選択肢かと存じます)

出典:朝日新聞デジタル・安保法案 学者アンケート

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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