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アレルギーの病気は、遺伝で決まっているの?

堀向健太医学博士。大学講師。アレルギー学会・小児科学会指導医。
(写真:アフロ)

このたび、アレルギーに関する本『ほむほむ先生の小児アレルギー教室』を出版することになりました。

ツイッターで募集させていただいた皆さんからのご質問に、直接お答えする形式です。

1週間であつまった260もの質問を21の質問に絞り込み、丁寧に掘り下げてご紹介しています。

ただ、どうしてもページ数の限りがあり掲載できなかった記事があります。そこで、Yahoo!さんと出版社さんのご厚意により、掲載できなかった記事を再編集して公開させていただきたいと思います。

アレルギーは、最初から運命づけられているの? 

写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

そのご質問のひとつとは…

アレルギーは出産前・妊娠中に事前に予防することはできるのですか?

そもそも生まれたときには、「アレルギー体質になるか・ならないか」もう決まっているのですか? 

遺伝的要因と後天的要因について教えてもらえたらありがたいです。

というものです。

ひとことでお答えすることがなかなか難しいご質問です。

でもこの質問は、定期的に受診している患者さんの保護者の方が次のお子さんを妊娠されたときには、よく尋ねられるテーマです。

そのお気持ちはよくわかります。

きっと、ごきょうだいで苦労されたのですよね。

こんな難しい質問こそ、掘り下げてきちんとお答えしたいものです。

早速、出典をもとにお話してまいりましょう。

そもそもアレルギーは、最初から運命づけられているのでしょうか? 

さて、質問の中に、複数のテーマが2つありますので、まず整理しますね。

①アトピー性皮膚炎の発症は、生まれつきの(先天的な)要因から起こっているのか、あとから獲得する(後天的な)要因で発症しているのか?

②生まれつきの要因が大きいなら、出産前、妊娠前に予防することができるのか?

という2点です。

たしかにアトピー性皮膚炎の発症は、お父さんお母さんから受け継いだ体質に影響を受けます。

たとえば喘息のあるお母さんから生まれたお子さんは、気管支喘息やアレルギー性鼻炎を3倍程度発症しやすいという報告もあります。

▷Tariq SM, et al. The prevalence of and risk factors for atopy in early childhood PMID: 9600493

そして両親のうちの1人にアレルギー疾患があると、子どもがアトピー性皮膚炎を発症する確率が37.9%、2人にアレルギー疾患があると50.0%だったという報告もあります。

▷Bohme M, et al. Family history and risk of atopic dermatitis in children up PMID: 12956743

こんな研究の結果を聞くと、「最初から運命づけられている…」と思いがちですが、そうではありません

新しい遺伝子研究の手法である『ゲノムワイド関連解析』とは? 

写真:アフロ

ここからちょっと難しくなりますよ。

「遺伝子的な」というと、メンデルの法則を思い浮かべる方が多いかもしれません。

メンデルの法則というのは、優性の法則とか、分離の法則とか、独立の法則とか、つまり、血液型(優性の法則)とか、白猫と茶猫から遺伝的に色が決まる的な(分離の法則)…あれですね。

ここでは難しく考えず、両親の特徴を強く受けてしまう遺伝的な考え方と捉えればOKです。

この法則を思い浮かべてしまうと、遺伝的な部分がものすごく大きく感じます。

でも、アレルギーでいう「遺伝子」的な要因とは、遺伝子の原因が1つあったとしても、そのままめちゃくちゃ大きな原因になるという意味ではありません。

例えば、「アトピー性皮膚炎に関係した遺伝子がみつかった!」と報道されていても、「それだけで発症する!」といえないのです。

最近、コンピューターの性能が飛躍的に上がり、遺伝子をまるごと調べ「ちょっとした違い」に数学的に差があるかどうかを調べるという手法で研究がさかんに行われるようになりました(「ゲノムワイド関連解析=GWAS」といいます)。

実際、アトピー性皮膚炎の発症リスクに関して遺伝的要因を調査した研究はさまざまあります。

2015年の報告で27遺伝子もあることがまとめられています。

しかし、そのうち1つの遺伝子が関係していたとしても、

そのアトピー性皮膚炎のリスクは10%変わるかどうか

といったところです。その中でも明らかかに大きな影響があるのは、「フィラグリンというたんぱく質」の遺伝子の変化でした。

フィラグリンを作る遺伝子の変化(変異)は、アトピー性皮膚炎のリスクを1.61倍にする

と報告されています。

▷Paternoster L, et al. Multi-ancestry genome-wide association study of  PMID: 26482879

フィラグリンとはどんなたんぱく質? 

写真:アフロ

じつは、フィラグリンは、皮膚のバリアに関係するたんぱく質です。フィラグリン遺伝子に変化があると、皮膚のバリア機能が下がってしまうのですね。

▷Weidinger S, et al. Loss-of-function variations within the filaggrin gene   PMID: 16815158

そして、フィラグリン遺伝子の変化があると、皮膚のバリア機能を反映する「TEWL」が高くなることがわかっています。

▷堀向 健太. 知っておきたい最新のアレルギー・免疫学用語 経皮水分蒸散量.   

TEWL(経皮水分蒸散量)というのは、「皮膚の表面から蒸発していく水分量」のことで、皮膚の乾燥度の指標として使います。

皮膚のバリア機能が低くなると、体の中の水分が蒸発していきやすくなるのは、なんとなく理解していただけるでしょう。

TEWLとは?(筆者作成)
TEWLとは?(筆者作成)

TEWLに関し、アイルランドで生まれた赤ちゃん1,903人を集めて、アトピー性皮膚炎の発症を予測できるかどうかをみた研究があります。

すると、TEWLが上位25%の子ども(=皮膚のバリア機能が低い)、TEWLが下位25%(=バリア機能が高い)より、7.9倍もアトピー性皮膚炎を発症しやすいことがわかったのです。

▷Kelleher M, et al. Skin barrier dysfunction measured by transepidermal   PMID: 25618747

体質的・遺伝的な要因があったら、絶対発症するの? 

では、体質や遺伝といった要因があったら、アレルギーを絶対発症するのでしょうか?

そういう意味ではありません。

デンマークで行われたアトピー性皮膚炎の双子での一致を調べた研究があります。すると、一卵性双生児、すなわち完全に遺伝子が一緒であっても、アトピー性皮膚炎の発症は72%の一致しかありませんでしたし、二卵性では23%に過ぎなかったのです。

▷Larsen FS. Atopic dermatitis: a genetic-epidemiologic study in a population PMID: 8496415

食物アレルギーでも同様です。例えば、ピーナッツアレルギーの発症は一卵性双生児で64%の一致で、二卵性では6.8%しか一致しませんでした。

▷Sicherer SH, Furlong TJ, Maes HH, Desnick RJ, Sampson HA, Gelb BD.  PMID: 10887305

完全に遺伝子が一致している一卵性双生児ても、全員が発症したりはしないのです。

ですので、「乾燥しやすいもともとの体質」をもっていたとしても、アトピー性皮膚炎を発症するとは限りません。

ある研究があります。

生後1週間以内の赤ちゃんのTEWLを測定して、その後のアトピー性皮膚炎の発症との関係のしかたをみた研究があります。その研究では、特に「おでこ」のTEWLが高いとアトピー性皮膚炎を発症する可能性が高いことがわかりました。

大事なのはここからです。

「TEWLが高い(=バリア機能が低い)子ども」でも、毎日保湿剤を塗っていると、「TEWLが低い(=バリア機能が高い)子ども」とアトピー性皮膚炎の発症が変わらなくなったのです。

▷Horimukai K, et al. Transepidermal water loss measurement during     PMID: 26666481

遺伝的な(=体質的な)乾燥しやすい肌という要因は、ハンデにはなるかもしれませんが、覆す余地はあるということですね。

それ以外に 後天的な要因はあるでしょうか? 

写真:アフロ

いきなりすですが、「衛生仮説」という考え方があります。

「衛生仮説」は、もともとは1989年に英国の疫学者ストラカンが提唱した概念です。ストラカンは、1958年のある週に出生した英国の小児17,414人を23年間観察していった結果、生まれたときの上のきょうだいの数が多いほど花粉症や湿疹が少ないことを示しました。

その理由として、

「きょうだいからの感染症が多くなる環境だと

アレルギーが少ないのではないか」

と推測したのです。

▷Strachan DP. Hay fever, hygiene, and household size. Bmj 1989; 299:    PMID: 2513902

これまで「衛生仮説」は、感染症が減ることでアレルギーに関係する細胞(「Th2」といいます)が多い体質に傾きやすくなるという「Th1/Th2バランス説」で説明されていました。

Th1/Th2バランス説はやや古典的な考え方ではありますが、現在でもある程度通用する概念です。

最近、新生児606人を対象とした、びっくりするような研究が実施されました。細菌の成分が含まれた液を生後5週から生後7か月まで飲ませて、アトピー性皮膚炎の発症が少なくなるかをみた研究です。

▷Lau S, et al. Oral application of bacterial lysate in infancy decreases the risk PMID: 22464674

結局、全体としてはアトピー性皮膚炎の発症には差がなかったという結果でした。赤ちゃんに細菌成分を含ませた液を飲ませたことにもびっくりですが、ただ残念ながら、アトピー性皮膚炎の発症予防にはならなかったということですね。

なにか 出産前、妊娠中にできることはあるでしょうか? 

写真:アフロ

食べもので、アレルギーを予防できないかという質問も、外来ではよくあるのですが、 エビデンスは不十分です。

ビタミンDやプロバイオティクス、魚油などで有望な結果がありますが、報告によって結果がまちまちというのが現状なのです。

▷Rueter K, et al. Nutritional approaches for the primary prevention of    PMID: 26135523

基本的には、「バランスよくいろいろなものを食べ、ストレスを減らす」ことができる範囲でアレルギーを減らすことといえるのかな…と、わたしは考えています。

遺伝だけで決まるわけではありません。

まとめましょう。

アレルギーの病気には先天的な要因はたしかにあり、最近さかんに行われるようになった遺伝子とアトピー性皮膚炎の関連を調べた検討では、アトピー性皮膚炎を発症しやすくなる(もしくはしにくくなる)遺伝子が20種類以上特定されています。

しかし、ひとつの遺伝子はせいぜい1割程度のリスクを上げる程度の影響しかありません。

そして、完全に遺伝子が同じ、すなわち一卵性双生児でも6~7割程度しかアトピー性皮膚炎や食物アレルギーの発症が一致しません。遺伝だけでアレルギーの発症につながらないことを裏づけています。

つまり先天的な要因だけで発症を説明することは難しく、後天的な要因も大きいと考えられます。

一方で、皮膚のバリア機能が低い遺伝的な要因をもっていると、大きくアトピー性皮膚炎を発症する確率が高くなることがわかってきました。しかしそのハンデも、しっかり保湿剤を塗っておくと、「乾燥しにくい体質の子どもとアトピー性皮膚炎の発症リスクが変わらなくなる」という報告もあり、ある程度、その乾燥しやすい素因をは覆せる可能性があります。

今回の書籍では、こんなお話をできるだけ丁寧に掘り下げてお答えすることに努めました。

なにかの参考になればと願っています。

医学博士。大学講師。アレルギー学会・小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。大学講師。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療研究センターアレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5600人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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