外国人労災の死傷者数は過去最多 コストと天秤にかけられる技能実習生の命
外国人労働者死傷者数は過去最多
先月23日、厚生労働省は2022年に起こった労働災害の状況を発表した(厚生労働省「2022年 労働災害発生状況」)。これによれば、2022年1月から12月までの1年間で仕事中に亡くなった人は774人と前年比4人減だったが、労災によって4日以上休業した人の数は13万2355人となり、2002年以降過去最多を記録している。
一方、日本で働く外国人労働者の労災発生状況については、外国人労働者の労災発生割合は日本人を含めた全労働者よりも高く、また外国人労働者の労災発生件数が毎年過去最多を記録した。
背景には、ほとんど安全策をとらず、文字通り外国人を「使い捨て」にする職場が後を絶たないことがある。また、そうした「使い捨て」を行っても企業側は「痛み」を感じないですむ構図が作り出されてしまっている。
本記事では、具体的な相談事例をみていきながら、外国人労働者が直面する危険な職場の実態や、頻発する労災事故を解決するために必要な支援の在り方について紹介していきたい。
参考:労災の死傷者数が「過去20年で最多」に増加の背景と対処法を紹介する
技能実習生の労災発生率は労働者全体の1.6倍
まず、厚生労働省が発表した統計データを詳しくみていこう。
2022年の外国人労働者の休日4日以上の死傷者数は、4808人(新型コロナウイルス感染症のり患による人数を除いた数)となっている。2021年の死傷者数は4577人(新型コロナウイルス感染症へのり患を除いた数)であったため、2022年は前年比でみたときに231人(+5%)の増加となっている。以下のグラフからもわかるように、外国人労働者の労災事故は増加傾向にあり、過去10年で2倍にまで増えている。
さらに、実数でなく労働災害発生率で比較すると、外国人労働者が職場で事故に遭う「確率」が高いこともわかる。昨年の外国人労働者数は1,822,725人で、労災事故発生率(千人率)は2.64だったが、これは全労働者(56,990,000人のうちの死傷者数132,355人)の発生率である2.32を上回っている。
また業種別でみると、製造業が約半分(2,466人)を占めており、事故内容では「はさまれ・巻き込まれ」が多い。後に見るように、POSSEの相談窓口にも「機械に指を挟まれて指を何本か切断した」などといった相談が多数寄せられている。
実は外国人労働者の中でも在留資格ごとに労災発生率にはグラデーションがある。発生率がもっとも低いのは「資格外活動」の在留資格で働く人であるが(0.70)、これは資格外活動というのは主に日本語学校などの留学生によるコンビニや飲食店、スーパーなどでのアルバイトが多いため、それほど高い水準ではないと考えられる。
一方で、最も労災発生率が高いのは、「技能実習」の3.79であり、労働者全体の1.6倍、外国人全体の1.4倍もの数値となっている。人手不足が叫ばれるなかで、多くの技能実習生が建設現場や製造業で働くようになっているが、まさにここで労災事故が頻発していることがわかる。
そこで以下では具体的な事例を踏まえて、なぜ労災事故が発生するのか、またその後の会社の対応について考えていきたい。
機械に服が巻き込まれ肩と手首を骨折 増加する技能実習生の労災事故
私が代表をつとめるNPO法人POSSEの相談窓口には、メールやSNSを通じて、技能実習生を含めた外国人労働者からの労災事故の相談が急速に増加している。対応する窓口が少ない中で、SNSなどを通じて私たちの情報が広がっていると思われる。
ここでは寄せられた相談うちの2件を見ていきたい。
(1)旧式の機械に挟まれ、全治6ヶ月の重症を負ったベトナム人技能実習生
中部地方にある工場で機械加工に従事していた20歳代のベトナム人技能実習生Aさん(男性)は、ボール盤と呼ばれる金属などに穴を開ける機械の操作中に、機械に自身の作業服が巻き込まれ、肩と手首を骨折し、左半身をボルトで固定しなければならないほどの大怪我(全治6ヶ月)を負った。いまも怪我をしていない片腕しか動かすことができないという。
Aさんは、この作業を始めたときに会社からこの機械の正確な使い方について教えてもらっておらず、また機械が旧式で作業スペースが限られていたため、怪我が起こりやすい配置になっていたという。この工場では過去にも何人ものベトナム人技能実習生が労災事故にあっている。
(2)数トンの鉄板に指を挟まれて、人差し指を切断したベトナム人技能実習生
製鋼所で働いていた20歳代のベトナム人技能実習生Bさん(男性)は、巨大な鉄板をクレーンで持ち上げて移動させる際の補助業務を行っていた。本来であれば、Bさんが合図をしてから鉄板を指定の位置に下ろすべきだが、クレーンのオペレーターは合図なしに鉄板をおろしたため、Bさんの指が挟まれて切断することになってしまった。この会社でも過去にベトナム人技能実習生が労災事故に遭い、帰国を余儀なくされたという。
これらのケースはあくまで寄せられた相談の一部であるが、怪我の深刻さだけでなく、そもそもまともな安全対策すら講じられていないことがよくわかる。どちらのケースも現代のテクノロジーでは回避不可能な怪我といった類のものではなく、例えばベトナム語での機械の説明や新型機械の導入、また合図の確認の徹底などというきちんとした安全対策が講じられていれば、容易に防ぐことができたと考えられる。
いま外国人労働者が働く職場では、最低限度の安全対策すら講じられていない職場が少なくないのである。これは厚生労働省の調査からも明らかであり、2021年、技能実習生が働く職場の72.6%で労働基準関係法令違反が確認されたが、その中で最も多かったのは安全基準に対する違反であった。
参考:「技能実習生の実習実施者に対する監督指導、送検等の状況 2021年」
労災の民事賠償を拒否して、在留資格が切れるのを待つ企業
では、特に技能実習生の場合に顕著だが、なぜ外国人労働者が働く職場では安全対策の不備やその結果としての労災事故が頻発しているのだろうか。その背景には、安全対策に係るコストの節約しようとする動機が伺える。
また、労災事故発生後の補償を拒否することで、実際に災害が起こっても、経営者には「痛み」が生じないという構図がある。
まず安全対策についていえば、上記2つのケースでもみられるが、機械の操作方法や安全講習などを外国人労働者の理解できる言語で説明していないという不備をあげることができる。
実際に機械を使う労働者がその内容を理解できなければ十分な安全対策は到底できない。結局、これは通訳を準備するための追加コストをかけたくないという結果だと考えられる。また言語上の問題だけでなく、例えばBさんのケースで合図を待たずに作業が行われたのは、確認のために作業を中断したり、合図を待つとスピードが落ちるがゆえに、労働者の安全よりも作業効率を重視するという働かせ方になっていたものと推察できる。
これらのケース以外にも、例えばプレス機に指を挟まれた技能実習生が事故後に社長から「お前のせいで安全装置を設置しなければならなくなり、15万円かかった」と告げられたという事例もある。この場合には、端的に安全対策とその費用を天秤にかけて「安い」方を選んでいる。
労災発生が経営者の「痛み」にならない
労災事故が発生した後にも、「コストカット」が追及される。企業が労働者に対して本来負うべき賠償責任の回避をしようとし、その結果、労災の発生を「痛み」として経営者は感じていない。どういうことか詳しく見ていこう。
上記2つのケースでは、両者に対して労災保険は適用されていた。労災保険とは職場で怪我や病気になった場合、休んでいる間の給料の一部(60%)や治療費等が国から怪我をした労働者に支給されるという制度である。AさんもBさんも、治療費や休業中の給料の60%は受け取っていた。
しかしこれでは仕事中に怪我をしたのに、給料が4割も減ることになってしまう。また後遺症などが残れば通常であれば(例えば自動車事故を想定してほしい)慰謝料等も発生する。
それら慰謝料等の部分は、労災保険からは支給されないため、労災事故に遭った労働者が会社に対して民事的に請求することが想定されている。ただしAさんもBさんも、技能実習生を支援することが目的になっているはずの監理団体からも勤務先からも「労災保険のみで、追加補償はない」と告げられており、民事賠償がありうることすら「否定」されていた。
労災保険は国から支給され企業からは1円も支払われないため、怪我をさせてしまっても、ほとんど負担なく企業はやり過ごすことができてしまうのだ。
「帰国か労災補償か」の二択を迫られる外国人労働者
労働災害を防ぐためには、何よりも企業側が適切な安全対策を講じることが重要だ。しかし、外国人を雇う企業でははじめから災害の防止を軽視している企業が少なくないことはすでにみた通りだ。
そこで、怪我が起こったときに被災した労働者がきちんと企業に賠償を求め、二度とこのようなことが発生しないような対策を採用するよう要求することが必要になってくる。賠償金が請求されるとなれば、企業側も真剣に対応せざるを得ないというわけだ。
しかし一般の労働者でも、そもそも企業に対して賠償金を請求することができることを理解してなかったり、請求のための資料を準備することや適切な相談先がわからないことも少なくない。
とりわけ外国人労働者、特に技能実習生はよりそのハードルが高くなる。例えば、労災申請一つとっても、その書類は日本語で記入することが求められフリガナもふられていない。
もし会社が労災の手続きすらしない場合に、自分で労災申請しなければ労災保険を受けることすらできないが、言語上のハードルや制度理解からそれができない外国人労働者は少なくない。つまりそもそも、労災事故の統計に表れている数字ですら氷山の一角にとどまり、その背景には膨大な「労災かくし」がある。
そのうえで、企業に対して民事的な賠償を求めるにあたっては、費用の問題に加え、期間の問題も生じてくる。というのも、日本に在留する外国籍住民には基本的には在留期間が定められており、技能実習生の場合、6ヶ月や1年更新というケースが多いからだ。
そして基本的には勤務先の会社が更新の手続きを行うことになるため、労災の賠償を求めると会社が在留資格の更新手続きを行ってくれずに帰国を余儀なくされるおそれがある。技能実習生は転職が原則認められていないため、勤め先の企業が手続きを怠ると、日本国内の別の企業に再就職することはかなり難しい。その結果、「帰国を余儀なくされるなら、日本に居続けるために賠償請求を諦めよう」と泣き寝入りしているケースが多いのだ。
もちろん、労災事故の補償を請求してきたから在留資格更新手続きを拒否するという行為は不当である。しかし、この状況は事実上放置されており、市民団体などの支援がなければ解決不能であるのが現実なのだ。
全ての労働者の権利を保障していくために
このような「使い捨て」が蔓延している状況では、日本全体の労働条件がますます引き下がっていくだろう。労災の放置は「外国人」の問題にとどまらず、日本の産業社会の安全意識が低下することをも意味する。企業への賠償請求が特に難しい外国人労働者の支援は急務である。
すでに日本各地のコミュニティーユニオンが、近年外国人労働者の支援に乗り出している。NPO法人POSSEでも、SNSやメール等で相談を受け付けて、労災申請のサポートや民事賠償を請求するための労働組合の紹介などといった支援を行っているが、その結果、労組に加入して交渉できたベトナム人技能実習生も多数おり、在留資格を更新しながら生活を安定させることもできている。
一つ解決事例を紹介すると、宮城県の水産加工工場のケースでは、労働組合に加入した技能実習生が会社と交渉し、数百万円の補償を受け取っている。
参考:指を切断しても「使い捨て」? 技能実習生の請求で賠償額が「5倍」に
同じ職場で働くひとのサポートも重要だ。怪我をした人に対して相談先を紹介したり、怪我の状況を支援団体や労働基準監督署などに説明したりすることで、きちんとした補償が受けられるようになる可能性が高くなる。
同じ職場でなくとも、友人や知り合いで労災事故に遭った人に対して相談先を案内するだけでもその後の展開は大きく異なってくるだろう。このような民間レベルの取り組みを通じて、埋もれた被害が回復され、日本の職場の安全対策を進めていくことが重要ではないだろうか。
イベント:あなたの隣で差別される外国人労働者 〜中絶・指切断・強制帰国させられる人が当たり前にいる社会でいいの?〜
開催日時:2023年6月25日(日)14時~
場所:北沢タウンホール(小田急・京王下北沢駅徒歩5分)
無料労働相談窓口
メール:supportcenter@npoposse.jp
※「外国人」労働者からの相談を、やさしい日本語、英語、中国語、タガログ語などで受け付けています。
ボランティア希望者連絡先
volunteer@npoposse.jp
03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。