素朴な疑問。アンパンマンの顔はきれいな「球体」だけど、どうやって焼いたんだろう?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。
マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。
さて、今回の研究レポートは……。
もはや「日本の常識」の域に達していると思うが、アンパンマンの顔はアンパンである。
ジャムおじさんがパン工場で毎日焼いて、新しい顔と取り替えてくれるのだ。
その顔はとても大きい。
アンパンマンの身長を1m60cmと考えて、アニメの描写から推測すると、なんと直径76cm。
しかもその形は、どこから見てもまん丸、すなわちボールのような球形だ。
筆者が市販のアンパンを買ってきて、それを元に計算すると、アンパンマンの顔の重量は、なんと112kgとなった。
現役力士の翠富士の体重が114kgだから、頭の重さだけでお相撲さん並みなのだ!
さらに筆者が気になるのは、その形である。
ボールのような球形というのは、アンパンとしては珍しすぎないだろうか?
アンパンというものは普通、下面は平らで、上面がふっくらとしたドーム型になっている。
パン焼き窯のトレイに接触していた下面は、自重でどうしても平らになるからだ。
そのはずなのに、直径76cm、重さ112kgもある巨大なパンが、下面がツブれることもなく、完全なる球形に焼き上がっている!
これはすごいことだ。
ジャムおじさんは、いったいどうやって、あんな真ん丸いパンを焼いているのだろうか? できるだけ科学的に推理してみよう。
◆どこで焼いたんだろう?
この問題を考えるにあたって、筆者は、買ってきたアンパンをつぶさに観察した。
まず、平らな下面はしわがあったりデコボコしていたりして、焼き色にもムラがある。
これは、焼くときにパンが膨張するのに、底面がトレイに接触しているために、均等に広がるのが邪魔されるからだろう。
一方、側面は白く、徐々に色を濃くしながら、艶やかなキツネ色の上面へと続いている。
この美しい艶は、均等に膨張した結果、生まれたと思われる。
――このように、通常のアンパンは部位によって色が違うのだ。
それに対して、ぼくらのアンパンマンの顔は、どこから見ても一様なキツネ色である。
そうするためにジャムおじさんは、たとえば中華鍋のようなトレイに置いて、ごろごろ転がしながら焼いたのだろうか?
いや、その方法だと、アンパンマンの顔は全面がしわやデコボコだらけになるはずだ。
そのうえ、目鼻や口が押しひしがれてノッペラボーとなり、ただの巨大アンパンになってしまう……。
では、ジャムおじさんはどうやって球体のパンを焼いたのか。
アンパンマンの鼻や頬は光を反射しており、その艶やかさは市販のアンパンの上面にそっくり。後頭部や側頭部にも、しわや焼きムラはない。
こうなる可能性は、筆者が思うに一つしかない。
アンパンマンの顔は何にも触れることなく、宙に浮いた状態で焼かれたのだ!
◆地上でまん丸に焼く方法
宙に浮かせてパンを焼く。
無重力の宇宙空間なら、それも可能だろう。
あるいは、落下中の飛行機の中も無常力状態になるから、そこにパン焼きの窯を持ち込むという手もある。
しかし、宇宙へ物を運ぶには莫大な費用がかかる。
国際宇宙ステーション(ISS)に物資を送る「こうのとり」は、打ち上げ費用85億円をかけて、6tの荷物を運ぶ。1kgあたり142万円という計算になる。
これで112kgのパン生地を運ぶと、それだけで1億5900万円かかる。
アンパンマンが、史上最も高価なパンになってしまう。そんなモノを毎日1個ずつ焼く……!?
また、飛行機による無重力状態は30秒しか続かない。
通常のアンパンは180~190度のオーブンで、11~13分で焼き上がるというから、たった30秒では、とても直径76cmの巨大なパンは焼けないだろう。
そもそも劇中のアンパンマンは、ジャムおじさんのパン工場か、アンパンマンにそっくりな自動車アンパンマン号で焼かれていたのではなかったか。
やはり、地上のパン焼き窯で焼かれたと考えるべきであろう。
地上で物体を浮かせるとしたら、下から猛烈な風を当てるしかない。
たとえば、「吹き上げパイプ」という玩具(すり鉢状の網がついたパイプに息を吹き込んで、小さなボールを浮かばせるもの)があるが、パン焼き釜に、あれと同じような機構をつければ、アンパンの顔を浮かべた状態で焼けるはずである。
その場合、どれほどの風を当てればよいのだろうか。
前述のとおり、アンパンマンの顔は直径76cm、重さ112kgもある。
これほどの球体を浮かせる風を計算してみると、うおっ、風速82m!
これはすごい!
1942年に富士山で観測されたわが国の史上最大風速(10分間の平均)72.5mを上回るモーレツな風だ。
そんな風を一方向だけに当てられたら、パン生地はゆがんでしまう。
風の強弱を場所と時間ごとに変化させ、くるくる回し続けたほうがいいと思う。
また、焼けたパンを冷まさないように、吹きつけるのは熱風でなければならない。
風の通りをよくするために、パン焼き窯を円筒形にする必要もあろう。
――アンパンマンの顔が焼き上がるまでには、こうしたハイテクノロジーが注ぎ込まれたに違いない。
◆アンパンマンは4人いる!?
直径76cmもある球形のパンとなると、焼くのに相当の時間がかかるだろう。
『料理のわざを科学する キッチンは実験室』(ピーター・バラム著/渡辺正・久村典子訳/丸善)によれば、オーブンで焼くのにかかる時間は、同じ食材なら表面から中心までの最短距離の2乗に比例するという。
表面から中心までの最短距離とは、通常のアンマンの場合、厚さの半分。球形のアンパンマンの場合、直径の半分だ。
筆者が買ってきたアンパンは厚さが4.5cmだったから、ここから計算すると、通常のアンパンの焼き時間を12分と仮定した場合、直径76cmの球体アンパンマンが焼けるのにかかる時間は、なんと57時間!
それすなわち、2日と9時間だ!
ジャムおじさんは、アンパンマンの顔を毎日取り替えてあげる。
するとパン工場では、常に2個ないし3個のアンパンマンが、クルクル回りながら焼かれつつある計算になる。
外で活動しているアンパンマンを入れて、その顔は最大4つ!
なんだかギョギョギョだ。
――これらはもちろん、すべて筆者の推測だけど、ジャムおじさんは、これに類する苦労と工夫を重ねて、アンパンマンの顔を焼き続けているに違いない。
ハッキリしているのは、彼は本当に偉大なパン屋さんであるということだ。