痴漢容疑者が線路内に逃走して死亡するという事件が発生ー痴漢事件について弁護士が考察
最近、痴漢を疑われた男性が線路内に逃走したという事件が複数起きていましたが、ついに逃走男性が電車にひかれて死亡するという事故にまで発展してしまいました。
痴漢をなくすにはどうしたら良いかという被害者保護の議論が引き続き必要であることはもちろん、冤罪を疑われた場合の対抗手段の議論等も以前から話題となっていますので、痴漢事件について全般的に考察してみたいと思います。
そもそも痴漢とは何罪にあたるのか?
一言で痴漢といってもその程度により一般的には2種類の犯罪に分類されます。
1つは、各都道府県の迷惑防止条例違反です。
例えば、東京都の場合だと「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」違反となり、刑罰は6月以下の懲役又は50万円以下の罰金と規定されています。
そして、もう1つは刑法の強制わいせつ罪で、刑罰は6月以上10年以下の懲役となっており、どちらが適用されるかによって、罪の重さには大きな開きがあります。
迷惑防止条例違反と強制わいせつ罪違反の線引きは?
このように、痴漢は、悪質性や態様によって、迷惑防止条例違反か刑法の強制わいせつ罪違反で処罰されるのが一般的ですが、その線引きはなかなか難しいところです。
ただ、以前僕が痴漢犯罪の弁護を担当した際に、大量の痴漢事件を確認していったところ、1つの傾向がありました(あくまでも僕が感じた一般的な傾向なので個別事件の判断とは異なることもあります)。
それは、下半身への痴漢行為の場合、パンツの中にまで手を入れていたら強制わいせつ罪で、パンツの上までであれば迷惑防止条例で処罰するという傾向です(他にも胸を触っている場合には、それだけ人目につきやすい大胆な犯行であるため悪質性・常習性が顕著で重く処罰するという傾向がありました)。
ちなみに犯罪を処罰するには2つの視点があり、それは被害者を酷い目に遭わせたという「結果」に着目して処罰しようという視点と、加害者の「行為」の犯罪性に着目して処罰しようという視点です。
このような2つの視点を踏まえて、上記の傾向を考えてみますと、パンツの中にまで手を入れていれば、結果に着目すればそれだけ被害者への侵害の程度は大きいし、また、行為に着目してもそこまでする加害者の悪質性は大きいため、強制わいせつ罪という比較的重い罪で処罰しようという方向に傾くわけです。
ここで、実際に裁判になった事件で、加害者が被害者のパンツの中にまで手を入れたものの、そのパンツは毛糸のパンツで、さらに中にもう一枚パンツを履いていたため直接体には触れられなかったという事件がありました。
このような事件では、結果に着目すると、被害者は直接体に触れられていない分、直接触れられたケースよりは侵害の程度は低いものの、加害者の行為態様に着目するとパンツの中にまで手を入れるという大胆な犯行であることに変わりはありません。
この事件の結論としては、強制わいせつ罪で処罰されていたので、先ほどの考え方では、加害行為の犯罪性への視点を重視したのかもしれません。
痴漢事件で処罰されるリスク
痴漢事件については、上記の2つの犯罪が適用される可能性がありますが、初犯の場合、懲役刑でも執行猶予がつきやすく、特に迷惑防止条例違反の場合は自認していれば罰金刑に留まることも多いです(犯行態様等を総合的に評価して量刑が決まります)。
罰金刑であっても前科がつくことに変わりはありませんが、数多くある犯罪類型の中では刑罰だけを考えるとかなり軽い方の罪です(だからといって犯してもいいわけではありません)。
しかし、痴漢事件で処罰される場合には、一般的には刑罰の重さ以上に社会的な非難が大きく、仮に冤罪事件であっても、痴漢を指摘されれば何が何でも逃げようとしてしまう人がいるのかもしれません(本件が冤罪だったのかどうかは全く不明ですが)。
また、改めて言うまでもありませんが、特に冤罪事件で被疑者が否認している場合に問題になりやすいのが逮捕・勾留されることによるリスクです。
一般的な逮捕・勾留の流れは、警察官が被疑者を逮捕してから48時間以内に検察官に引き渡し、検察官は24時間以内に勾留するかどうかを決めます。勾留が認められると最大で10日間勾留され、さらに最大で10日間の勾留の延長が可能となっています(これらの合計が最大で23日)。
23日間も身柄を拘束されてしまえば、その後に釈放されようが無罪となろうが、社会的にかなりの不利益を被るのが通常でしょうから、仮に冤罪であってもとっとと自認して、数十万円程度の罰金あるいは示談金を支払ってしまう方が合理的だと考える人もいるかもしれません(このような状況を人質司法と呼ぶことがあります)。
どうして痴漢事件には冤罪が起こりやすいか
いずれにしましても冤罪事件は起きてはなりませんが、痴漢事件には冤罪が起きやすい性質があることに注意が必要です。
まず冤罪事件といっても、そもそも犯罪事実が起きていないのに架空の犯罪をでっちあげるような場合と、実際に犯罪事実は発生しているものの犯人を取り違える場合とがあります。
ネット記事等では、示談金目的で架空の痴漢事件をでっちあげる事例について指摘されることも多いように思いますが、実際にはそのような事案は少ないのではないかと思います。なぜなら、よほど熟練した演技者でなければ、裁判所の法定で架空の痴漢事件を演じ続けることは極めて難しいからです。
ただ、冤罪事件としては余計にややこしいのが犯人の取り違えです。
この場合、被害者は実際に被害を体験している以上、被害意識もありますし、本当に被疑者を犯人と誤解した上で、具体的に被害の実態を供述するので迫真性もあります。
特に痴漢事件の場合、短時間の犯行で、その行為態様も被害者の身体の一部を触るという単純で日常的にイメージしやすいものであって、多少の想像や誇張を織り交ぜながらも矛盾のない合理的な説明がしやすく、さらに加害者と被害者の間に特別な関係性も必要ないため、たまたまその場に居合わせた人であれば誰を犯人と取り違えても一連の被害体験が矛盾なく供述できてしまうという特徴があります(しかも、裁判の前には検察官側と念入りな練習が行われて供述が磨かれます)。
これが例えば逆に殺人未遂事件であれば、加害者と被害者の間に特別な人間関係があったり、加害者側に何か特別な動機があったりした上で、さらに被害者にとっても非日常的で実際に体験しなければ絶対に語れない被害体験を供述することになるため、犯人の取り違えが起きにくいです。
また、痴漢事件では決定的な客観的証拠も得られにくく、例えば繊維鑑定やDNA鑑定についても明確な白黒の結論に結びつくことはあまりありません。
このように、痴漢事件そのものが犯人の取り違えが非常に起きやすい犯罪類型であるため、冤罪事件が起こりやすいのです。
実際に冤罪事件に巻き込まれた場合にどう対応するか?
近年、裁判所は、以上のような痴漢事件の実態をきちんと理解した上、単に抽象的に被害者の供述を信用するのではなく、一層慎重に判断しなければならないと考える傾向にあり、また、勾留についても否認事件であっても認めないケースも増えてきました。
とはいえ、まだまだ人質司法の状態が解消されたわけではなく、万が一、冤罪に巻き込まれた場合にはどのように対応すべきかが問題となります。
以前からよく言われているのは、本件のように、その場から逃走してしまうという方法です。
真犯人であっても冤罪に巻き込まれた人であっても、自ら逃走すること自体は別の罪を構成するわけではありませんし、現行犯逮捕がされてしまうと最大23日間の身柄拘束という著しい不利益が待っている以上、ひとまず現場を離れて現行犯逮捕から逃れることにはメリットがあります。一度現行犯逮捕から逃れると、基本的にはその後は裁判所に令状を請求した上での通常逮捕をすることとなるため、誤認逮捕の可能性が減ります。
他方、本件のように線路内に降りてまで逃走するのは別の罪を犯すことになるので論外ですし、逃走する際に仮に相手側に怪我を負わせてしまえば、最悪強制わいせつ致傷罪という無期刑又は3年以上の懲役刑しかない重罪に当たってしまうリスクさえあります。
また、最近ではせっかく身柄拘束を認めるのは慎重にすべきという考えが浸透しつつあり、逮捕・勾留が認められる割合が減っているにもかかわらず、一度逃走してしまうと、今後も逃亡のおそれありということで逆に逮捕・勾留が認められるリスクが高まることもあります。
個人的には、結論としては、ケースバイケースながらも、名刺等を置いて任意の事情聴取には応じる意思を示した上で、新たな罪を犯さずに現場を離れられるのであれば、それに越したことはないかなと考えています。
他方、すでに腕等をしっかりと掴まれている状況であれば、無理やりに解こうとすると相手を怪我させてしまう恐れもあるので(過去に、襟を掴まれていたのを無理やり解こうとしたところ、相手の指が襟の中に巻き込まれてしまい指を骨折させてしまった事件がありました)、相手に従いつつすぐに弁護士を呼ぶのが良いかと思います。そんな場合に備えて、携帯電話には知人の弁護士や、自宅・職場等の近くにある法律事務所の電話番号を登録しておくと良いかもしれません。
また、言うまでもなくそもそも冤罪に巻き込まれにくいように、改札や階段近くの混雑している車両を避けることも大切です(逆に痴漢の真犯人の供述を聞くと、わざと改札や階段近くの車両を狙っています)。
逆に、被害者の方にとっては、犯人の取り違いが起きないように、体を触られていたら、触っている瞬間に現に触っている加害者の手を掴み、離さないようにすると良いかと思います(触られている手を掴んだつもりが、すぐ横にある別の人の手を掴んでしまわないように注意)。
※本事は分かりやすさを優先しているため、法律的な厳密さを欠いている部分があります。また、法律家により多少の意見の相違はあり得ます。