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56号ホームランボールを取得したら課税されるか等、ホームランボールにまつわる法律問題―弁護士が考察

福永活也福永法律事務所 代表弁護士
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

つい数日前に、プロ野球は全日程を終えましたが、今季のセリーグはヤクルトが圧勝し、主砲の村上選手が三冠王を獲得し、さらに最終戦で日本人選手歴代最多となる56号ホームランを打ったことが大きな話題となりました。

そして、記念すべき56号のホームランボールは、中学三年生が拾い、球団を通じて村上選手に渡されたとのことです。

私も20年以上前に高校球児でしたので、今季もプロ野球界を盛り上げてくれた村上選手ほか選手、コーチ、監督、ファンその他関係者の皆さまには一方的に感謝申し上げます。

しかし、せっかく私も弁護士ですので、ここでホームランボールに関する法律問題を考察してみたいと思います。あくまでもエンタメとしての冗談交じりの解説になりますので、面白半分に読んでいただければ幸いです。

①ホームランボールの所有権は誰にある?

さて、まず村上選手が打ったホームランボールの所有権は、いったい誰にあったと言えるのでしょうか?

おそらく試合中のボールは、各球団、球場、プロ野球機構等のいずれかに所有権が帰属しているはずです。少なくともファンのものではないでしょう。

それが、ホームランボールやファールボールについては、取得したファンが持ち帰っても良いというルールがありますが、この法的根拠ははっきりしません。

ちなみに、56号ホームランが出た神宮球場では、過去の記事で、イベント時のホームランボールについて、「すべてお持ち帰りしていただけることとなりました」との記載を見かけました。

いずれにしても、多くのケースでは、ホームランボールは取得したファンが持ち帰っても良いと考えられているように思います。

とすると、その法的根拠ですが、

1,ホームランとなった瞬間に、当該ボールは元の所有者(球団等)の所有権から離脱し、無主物(所有者が所有権放棄の意思の下で放置した物)となり、取得した人が所有権を取得するという見解(民法239条1項:所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する)

2,ファンがホームランを取得した時点で、元の所有者からファンに対して、贈与が生じ、当該ボールの所有権の移転が成立するという見解

等が考えられます。

いずれにしても、ファンがホームランボールを取得した時点では、当該ボールは取得したファンの所有物になったと考えられると思われます。

②ホームランボールを取得した際の課税関係は?

この論点は、2007年にバリーボンズ選手が通算756号ホームランを放ち、50万ドル(当時で約6000万円)の値が付くと予想され、結果、競売で約75万ドル(約9000万円)で落札されたというニュースが流れた時、税法界では議論となったようです(浅妻章如教授の立教法学75号119頁の論文や著書までも存在しています)。

このように、記念となるホームランボールを取得した場合、転売等により現金化も可能ですし、一定の経済的価値が認められるため、課税関係が生じる可能性があります。

これは先ほどのホームランボールの所有権を取得する根拠がどちらの見解でも結論は同じです。

まず、無主物として所有権を取得すると考える場合、経済的価値のある物を拾うという一時の所得によるものですから、一時所得に該当します(所得税法34条)。

他方、球団等の元の所有者から贈与を受けたと考える場合にも、法人から個人への贈与に贈与税は発生しませんが(相続税法21条の3 1項1号)、やはり一時所得に該当します(所得税基本通達 34-1 (5))。

そして、一時所得の課税の計算方法は、一時所得に係る総収入金額から50万円を控除し、残額の2分の1を所得金額とします(所得税法22条2項2号、34条3項)。

例えば、バリーボンズ選手の通算756号ホームランの例では、取得したホームランボールの経済的価値は、約6000万円ですから、(6000万-50万)×50%=2975万円の所得となります。

各種控除を考えず、その他所得を0円として税額を計算しますと、約910万円もの所得税が課せられることになります(実際には復興特別所得税も課せられます)。

③ホームランボールを取得したファンが村上選手にボールを返した際の法律問題は?

上記のとおり、村上選手の56号ホームランボールを取得したのは中学3年生だったようです。

となると、大きな経済的価値が認められる可能性のあるホームランボールを、中学3年生が村上選手に返すことは法的に問題がないのでしょうか。

なぜなら、一度所有権を取得したホームランボールを、村上選手に返す行為は、当該ファンから村上選手への贈与と認定される可能性があるからです。

その場合、当該ファンは中学三年生という未成年ですので、贈与契約に際して、法定代理人であるご両親の同意が必要です(民法5条1項)。

未成年者の保護の観点からしますと、相手がいくらホームランを打った村上選手ご本人であっても、もしかすると何千万円もの経済的価値があるかもしれない所有物たるホームランボールを贈与するかどうかという判断を確定的にすることはできません。

そして、仮にご両親の同意なく、ホームランボールを村上選手に返したのであれば、取り消すことが可能かもしれません(民法5条2項)。

さらに、本来数千万円もの経済的価値を有するホームランボールを村上選手が同等の対価もなく受け取ったのであれば、村上選手に贈与税が発生する可能性があります(個人から個人の贈与なので、非課税ではありません)。

贈与税は所得税よりも税率が高いですので、先ほどの例で約6000万円もの経済的価値を有するホームランボールの贈与を受けたとすれば、なんと2900万円もの贈与税が課せられてしまいます。

このように、仮に約6000万円もの経済的価値を有するホームランボールが、球団等の法人⇒ファン⇒村上選手と転々と贈与等されていくと、なんと合計で3800万円以上の税金が課税される可能性もあるわけです。

こんな考察をしていくと、下手に記念すべきホームランボールを取得してしまうと、とんでもない課税関係に巻き込まれてしまうリスクがあるかもなんて思われてしまうかもしれません。

しかし、実際には、日本では、ホームランボールを競売にかけるといった習慣もなく、相場があるわけではありませんので、村上選手の56号ホームランボールの経済的価値や取得したことによる課税関係が上記のように算定されるわけではないのでしょうし、法律構成についても上記のように転々と贈与等がされたわけではないとの解釈をするのだろうと思われます。

以上、村上選手の56号ホームランボールにまつわる法律問題を考察してみました。

福永法律事務所 代表弁護士

著書【日本一稼ぐ弁護士の仕事術】Amazon書籍総合ランキング1位獲得。1980年生まれ。工業大学卒業後、バックパッカー等をしながら2年間をフリーターとして過ごした後、父の死をきっかけに勉強に目覚め、弁護士となる。現在自宅を持たず、ホテル暮らしで生活をしている。プライベートでは海外登山に挑戦しており、2018年5月には弁護士2人目となるエベレスト登頂も果たしている。MENSA会員

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