スシローぺろぺろ事件について、賠償額は100万円程度??(弁護士が解説)
スシローで、高校生の男性客が卓上の湯呑みや醤油さしを舐め回して元に戻し、また、唾をつけた指でレーン上の寿司に触れるという迷惑行為を撮影した動画が拡散され、問題となっています。
問題を起こした高校生及び保護者がスシローに謝罪に行ったところ、スシロー側はこれを拒否し、刑事民事での法的責任追及といったニュースも出ていますので、どのような法的評価が可能であるかについて解説します。
最初に、以下に述べることについて、読者の中には、思ったよりも問題を起こした高校生らの責任が小さいと思う人がいるかもしれませんが、決して彼らを擁護する趣旨の記事ではありません。十分な反省とペナルティは科せられるべき問題だと思いますが、法的責任と感情論は別に考えなければならないという前提で述べさせていただきます。
感情任せも含めて、徹底的に批判する方向の解説やコメントはすでに世に溢れていますので、本稿では感情論とは離れて、少し違う角度から解説してみたいと思います。
さて、まず刑事責任については、威力業務妨害罪と器物損壊罪が考えられます。
威力業務妨害罪とは、「威力を用いて人の業務を妨害した」場合に成立し、法定刑は三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金と定められています。
器物損壊罪とは、「他人の物を損壊し、又は傷害した」場合に成立し、法定刑は三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金と定められています。
ここで、読者の中には、本件の業務妨害の対象とは、今後の集客を妨害した(売上を減少させた)ことであると考えている人も多いですが、本件の問題動画は、過去の一時点に来店していた際の問題行動が事後的に拡散されたものであって、今後、同様の行為をすることを予告等するものではありません。
過去に一度問題行動を起こしたというだけでは、今後も同じ行為をするとは言えず、将来の集客減少については、直ちに責任を問えないのではないかと思います。
この点で、例えば犯人が特定されていない異物混入のように、今後も問題が起きる可能性を残す行為とは性質が異なります。
もちろん、こういう問題客がいれば、もう回転寿司には行きたくないという客は一定数いると思います。
しかし、今回の動画を見て、もう回転寿司には行けないと思う人は、この高校生が自分がたまたま行った店舗の、同じ時間帯に来店して、同じイタズラをすることを不安に思っているわけではありませんよね。
他にも違う客に同じようなイタズラがされているかもしれないことを不安に思っているだけではないかと思います。
そうであれば、それは回転寿司の仕組み上、元から有り得たリスクが可視化されたに過ぎないのではないかと思います。
想像に過ぎませんが、これまで動画に上げられなかっただけで、これまでも同じような問題客はいたのではないでしょうか。
本件によって、元から有り得たリスクが可視化されたとしても、それによる損害を全て法的責任として負わせることはできず、本件では、今後の集客減少についてまで直接責任を問うのは難しいのではないかと考えます。
そしてこの場合、業務妨害の対象としては、今後の集客ではなく、対象店舗の湯呑み、醤油さし、寿司レーンの清掃や交換といった無駄業務を発生させるような行為自体が直接的には業務妨害に該当するのではないかと思います。
ちなみに、「威力を用いて」という要件については、一般に「相手の意思を制圧する程度の強い威勢を示すこと」と定義されますが、必ずしも有形力の行使を意味するわけではなく、主観的な嫌悪感を根拠に清掃を迫らせるといった形でも成立します。
これは器物損壊罪についても同様です。醤油さしの注ぎ口を舐めただけでは、その醤油ボトルの中身が全て科学的に汚染されたわけではなく、客観的には食品としての性質を失ったわけではありません。
しかし、主観的には食することができない状態ですので、器物損壊に該当すると言えます。
もし、舐められた醤油さしが特定できない場合には、店内にある他の醤油さしについても同様の主観的な嫌悪感は生ずるでしょうから、店内の全ての醤油さしを清掃し、中身を廃棄することについて、器物損壊罪が成立するのではないかと思います。
一方、湯呑みや寿司レーンについては、清掃させることについては因果関係が認められても、交換までは認められないのだろうと思います。清掃すれば、本来の機能を失ったとはいえないからです。
結果、刑事責任としては、特定店舗の湯呑み、醤油さし、寿司レーンの清掃業務を行わせることで正常業務を妨害した威力業務妨害罪と、醤油さし中身を廃棄させることになった器物損壊罪が成立しうるのではないかと思います。
決して許されない犯罪ですが、到底実刑になるような犯罪行為ではないでしょう。
なお、偽計業務妨害罪が成立しうるという見解もあるようですが、本件動画によって、店や客に何か事実認識を誤った状態が発生するわけではなく、動画のとおりに認識した結果、業務が妨害されるので、威力業務妨害罪の方が妥当するのかなと考えます。
次は民事責任についてです。
メディアによっては、スシローの運営会社の株価が下がり、時価総額100億円以上の損害が出ており、これが請求対象になるのではといった報道もあります。
しかし、株価下落による損害は、株主の損害ですので、会社の損害ではないのはもちろん(会社も自社株を持っていれば、それは株主の立場としての損害となります)、果たして、本件の問題行動と株価下落の間に因果関係が立証できるかと言えば、かなりハードルは高いと思います。
なぜなら、スシローの運営会社の株価の動きを見ますと、昨年の9月初め頃には、株価は2000円程度でした。それが今では2900円前後まで上がっています。
つまり、6カ月で1.5倍近くなっており、同社の株価は元々大きく増減している状態だからです。
これに対して、本件問題動画が出回った直後、株価は数十円から100円前後下げたのは事実ですが、上記のとおり、元から増減のある株価が、この程度下げたからといって、果たしてどこまで本件動画拡散との因果関係があるのかはわかりません。
仮に問題動画による影響で株価を下げたとすれば、それは今後の回転寿司業界に対する不安だと思いますが、動画拡散後、株価は一度下がったものの、次は上昇を見せてもいます。
これは日々の株価の値動きからすれば当たり前のことではありますが、いずれにしても、株価の動きから、本件動画公開の影響を特定抽出して立証するのはかなりハードルが高いと思います。
また、上述したように、今後の集客減少による売上減少の損害についても、問題を起こした高校生が今後も同様の問題を起こすとは言えないにもかかわらず、集客が減ってしまったとすれば、客が回転寿司とはイタズラに弱い事業モデルなのだと気付いただけに他なりません。
そのため、本件動画拡散と、売上減少の因果関係の立証もなかなかハードルは高いのだろうと思います。
また、同様に、仮に今後、寿司レーンを改善して新たな設備導入を行ったとしても、それは元々リスクのあった寿司レーンのリスク解消を図ったに過ぎず、本件問題動画との因果関係の立証はやはり難しいだろうと思います。
実際、コロナの影響もあり、元々回転寿司業界は従来の寿司レーンを取り換えている業者もあり、このような事態は元から回転寿司の事業モデルが有していたリスクなのだろうと思います。
結果、賠償責任として比較的認められやすいのは、当該店舗の湯呑み、醤油さし、寿司レーンの清掃費用と、醤油さしの中身の廃棄交換費用、また、これらの対応したことを広報する費用等に限られる可能性は十分あるなと考えます。
とすると、賠償額は、数十万円から、せいぜい100万円程度に収まってしまう可能性もあります。
個人的には、本件問題動画は全く許せず、徹底して反省してペナルティが科せられるべきと思いますが、それは感情論であって、司法判断としてはまた別の評価がされてしまうのではないかと思います。
なお、上記について、撮影者、投稿者や同伴者も共犯や共同不法行為として法的責任を負う可能性は十分あると思います。
逆に、高校生が未成年であっても、基本的に保護者が未成年の責任を肩代わりすることはありません。未成年者が事理弁識能力(物事の善悪を一定程度理解できる能力)を欠く場合に、保護者が責任を負うこととなっていますが、これは一般に12歳前後までと評価されています。
最後に、別の観点への意見ですが、本件について、100億円の賠償などと述べているメディアやコメンテーターが散見されるのが非常に気になりました。
問題を起こした高校生や、その保護者にそんな大金の賠償額を支払えるはずもなく、そこまで多額の賠償請求の可能性を示唆する意味は全くありません。
仮に裁判をするとなれば、100億円もの請求をすると、印紙代だけで1000万円以上かかりますから、全く現実的ではありません。
それにもかかわらず、100億円もの賠償金といった見出しをつけて発表しているメディアやコメンテーターを見ると、まるで現実的ではないのに、一般読者の目を引くことを殊更に煽っているに過ぎないのではないかと思ってしまいます。
このような、あるべき姿を無視して、極端なワードで注目を集めようとする幼稚で安易な精神性は、この問題行動を起こした高校生と本質的に大差ないのではないかとさえ思ってしまいます。
もちろん、高校生が結果的にイタズラで注目を集めようとしたのに対し、メディア等は大人で利口ですから、あたかももっともらしい理由をつけてはいますが、実態を乖離してでも注目を集めることを重視するかのような文化を生んできた人達にも、本件問題動画が拡散されるようになった背景として遠因はあるのではないかと、個人的には思います。
【追記:2023年2月3日】
賠償額が100万円程度であれば、抑止力にならないという意見がありますが、そもそも上記の説明は、行為者の行為と売上減少や株価暴落との間の因果関係を立証するハードルはかなり高いという趣旨に過ぎず、立証ができれば当然さらに大きな賠償責任を負います。
ただ、一般に1回の動画投稿で数十万円から100万円もの賠償責任を負うとすれば、十分な抑止力ではないでしょうか。誰がいきなり100万円を支払っても平気なのでしょうか。
100億円とは言わないまでも、何千万円といった、ともかく多額の賠償金を払わないと許さないという過激な論調も見かけますが、それは回転寿司業界や社会正義のためではなく、行為者を追い詰めること自体が目的になっていないでしょうか。
さらに、株価操作や意図的なライバル企業の妨害に利用されるといった意見もありますが、それは株価操作等をするという別の犯罪に関する論点であって、そのような動機のないイタズラ行為自体の違法性とは直接関係がありません。
大前提として、法的責任は、行為者の行為に見合った範囲の責任でなければなりません。そのため、基本的には行為時点において、その行為がどの程度違法性を有する行為であったか、どの程度の損害を発生させることが予見可能であったかが評価されます。行為後に、全く予期していない事情によって、損害が拡大したとしても、行為者が直ちにそこまでの責任を負うことはありません。
本件では、高校生の動画投稿と、投稿後の多数の人の拡散行為と、いずれもが不可欠の要素として起きてしまった事件です。彼の動画投稿だけでは、全くの無風で何の騒ぎにもならない行為です(多数の人の動画拡散行為が違法だと言っているわけではありません)。
ただ、野次馬となってしまった一般国民の一部の人は、スシローや回転寿司業界を守るためだと言いつつ、結果的に自分達がスシローや回転寿司業界に損害を与える不可欠の要素になっていることを考え直しても良いのではないかと思います。
本件の高校生は、おそらく身内の友達何人かに対してふざけた動画を発信する
程度のつもりで動画撮影し、公開したのでしょう。もちろんインターネット上での動画投稿ですから、それが全世界に拡散される可能性はいつだって抽象的にあった行為です。
そして、これだけ注目を浴びて批判に値する行為をした彼が一番責められるべきなのは当然です。
他方、いくらイタズラ動画であっても、インターネット上のイタズラに関する発信が全て本件のように多数の人に拡散されるわけではありません。
法的責任として、いくら抽象的には拡散可能性があったとして、実際に行為後に多数の人が意図的に拡散させたことについて、直ちに全て予見可能であったとして責任を負うわけではありません。どこまで予見可能性が認められるかは非常に難しい問題であり、法的な因果関係を立証するのは容易ではなさそうです。
【追記:2月6日】
スシローを運営する株式会社FOOD & LIFE COMPANIESの株価がイタズラ前の3000円台に一時回復しました。こうなってきますと、株価下落を損害と主張するには、本来もっと上がっていたと主張していくことになりますが、さらに立証は難しくなりそうです。
そもそも、イタズラにより株価が下落したとすれば、それは今後の集客減少や回転寿司業界へのイメージ悪化を懸念してものだと思いますが、そうであればわずか数日で株価が下落以前の値に回復したことの説明がつきません。
これはやはり株価とは様々な要素により成立するからであって、特定要因による上下を抽出することは極めて難しいからだろうと思います。