迫られる「ガス料金か、食事か」 ガス、電気、水道が止まる貧困世帯の実態とは?
現在、世界的なインフレと燃料価格の高騰が起きており、多くの人々の生活を苦しめている。総務省が10月21日に発表した日本の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は、9月、変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が102.9となり、前年同月比で3.0%上昇したという。
参考:9月消費者物価3.0%上昇 31年ぶり3%台、円安響く 日経新聞2022年10月21日
食料品やエネルギーといった生活に欠かせない品目の値上がりが続いており、エネルギー関連は16.9%、生鮮食品を除く食料は4.6%も上昇しており、多くの世帯に影響が出ている。
このような状況に対して、各国が様々に対策を行う中、イギリスでは政権の対応を批判する大規模なデモが起きており、また一部では電気料金を支払わないというストライキも実施されている。
日本の貧困支援の現場でも、「ガス料金か、食事か」を選ばざるを得ないような切迫した状況が広がっている。
貧困が広がる現状、電気代などを滞納する人の増加
仙台で生活困窮者に食糧支援を行うフードバンク仙台には、インフレによる貧困問題をかかえる相談が増えているという。
フードバンク仙台には、2022年4月から9月までの6か月間で、延べ1556件の支援依頼が寄せられている。そのうち働いている人が約47%を占めている。昨今の物価高は、働いていても食糧支援を必要とする状態にある人々の増加を招いているのである。
また、依頼者のうち家賃の支払いを滞納している割合は19%に上っており、家賃が支払えずホームレスになる一歩手前の人からの相談も多いという。ここに追い打ちをかけているのがエネルギー価格の上昇である。電気料金は約28%、ガスは約27%、水道は約22%の依頼者が滞納している。ライフラインのいずれかが止まったことがあるという相談者も少なくないという。
具体的な事例を見ていくと、次のようなものだ。子供三人を抱えるシングルマザーの30代女性は事務の仕事をしているが、収入10万に対して支出10〜11万で、うちライフラインは約4万円。物価上昇やエネルギー料金高騰で更に困窮しており、食費を節約しているという。昼間は暖房をなるべくつけないようにしている。
また、妻と子供二人と暮らす50代男性は、過去にガスが止められたことがあり、冷水でシャワーを浴びていた時もあった。今はガスの滞納分は支払っており、使用できるが、水道は2カ月滞納し、電気は半年以上も滞納している。月の手取りは18万円で、ライフラインの支払いか食費の選択を迫られている状況だという。現在はフードバンク仙台から配給される食料や、安いときに買いだめた冷凍食品、そしてカップラーメンでしのいでいる。
妻と子ども2人と暮らす40代男性も、物価高騰を受けて、電気代をおさえるため暖房はエアコンだけにし寒さに耐えて生活している。食費はこれまでの3割ほどにおさえており、量を減らさないために炭水化物・カロリーの多いものばかりになってしまった。
さらに、生活保護の受給世帯であっても生活が困難になっている。生活保護を受給する50代女性の世帯では、すでにガスが止まっている。電気は2カ月滞納しており、今月払わないとこれも止まってしまう。水道は家賃とセットになっており、家賃とともに1カ月滞納中だ。困窮のきっかけは引っ越しの際に、家具や家電にお金がかかったことだが、収入が増えるわけでもないため、毎月滞納分を払うと今月分を滞納してしまう。何とか公共料金を捻出するために1日2食にしているという。
全体的な物価上昇、エネルギー価格のさらなる高騰は、ますます困窮する世帯を追い詰めている。現代の貧困は致死的な水準にあり、ライフラインと「食料」を十分に確保することすら困難な世帯が珍しくはなくなっているのである。
イギリスでは電気・ガスの料金が8割も値上げ報道も
公共料金の値上げが、日本より深刻な値上げ幅になっているのがイギリスである。イギリスでは、10月から家庭での電気・ガスの料金がなんと8割値上げされると報道された。一般的な家庭で年間3549ポンド=日本円でおよそ57万5000円となり、毎月4万8000円の電気・ガス代を支払うことになるというのだ。また、来年1月にはさらに大幅に悪化する可能性があるされた。
参考:テレビ朝日 2022年8月27日 イギリス家庭の光熱費高騰 10月から8割値上げ
イギリスでは今年9月の消費者物価指数が前の年の同じ月と比べて10.1%上昇するなど記録的なインフレが続いており、光熱費や食料品が大きく値上がりしている。そのため、同国でもフードバンクへの支援依頼が急増しており、イギリス最大のフードバンクのネットワークを誇る慈善団体トラッセル・トラスト(Trussell Trust)では、需要が80%以上伸びたという。まさに、「暖房か食事か」を選ばなければならない状況が広がっている。
参考:食べ物か暖房か… イギリスではこの冬、多くの人々が厳しい選択を迫られることに —— 利用者が急増するフードバンクを取材した BUSINESS INSIDER 2022年10月13日
不満の爆発。エネルギー料金に対するストライキも企画される
このような状況に対し、イギリスの市民は不満を爆発させている。11月5日には、ロンドンで、政府は無策だとして、早期の総選挙を求める大規模なデモが行われているが、すべての人にエネルギーの適正価格を要求するために、エネルギー料金のストライキも企画された。
この取り組みを企画しているのは、Don’t Payという草の根運動を展開する団体だ。イギリス紙『ガーディアン』等にも寄稿する政治理論家のキア・ミルバーンによれば、この運動は次のようなものだという。
Don’t PayのHPによれば、同団体は3つの要求を掲げている。エネルギー価格の上限を2021年4月以前の水準に戻すこと、前払い式メーターの廃止(前払い式メーター設置世帯は、利用者がエネルギー料金を払えなかったら自動的に電力供給が停止される仕組みとなっている。多くの世帯が、泊められないために高い料金の支払いを強いられている)、緊急の社会的エネルギー料金制度の創設である。
また、Don’t Payはこれらの緊急事態に対応した要求だけでなく、エネルギー危機の恒久的な解決策を求めている。そもそも、価格上昇の以前からエネルギー価格の上限がすでに多くの人にとって手の届かないものであり、エネルギーを恒久的に手の届くものにするためにはエネルギー部門を変革する必要があると主張している。
そしてそれらの要求を実現するために、エネルギー料金を支払わないというストライキを実施したのだ。こうした取り組みが背景にあり、現状では政府の支援策によってエネルギー料金は平均世帯で27%程度の上昇に抑えられている。
座していても状況は悪化する
Don’t Payは要求を行う理由を述べる中で、システムの不公正さを指摘している。多くの人々が「エネルギーか食料か」を迫られる一方で、エネルギー企業の金儲けが優先されているからだ。
エネルギー企業のシェル(82億ポンド)とBP(71億ポンド)は、今年の7月から9月にかけて、合計で150億ポンド以上の利益を上げたという。値上げされた料金が、エネルギー企業の利益になっているというのだ。
それにもかかわらず、政府は有効な手段をとっていないと彼らは主張している。本来であればこうした利益に課税し、対策の費用に充てるべきだろう。このような不公正に対抗するために、Don't Payは12月1日からエネルギー料金の一斉ストを呼びかけているというわけだ。
参考:BP profit jump sparks calls for bigger windfall tax BBC 2022年11月1日
Don’t Payの取り組みからくみとれることは、もはや議会政治に任せているだけでは自らの生存を守るためには不十分だということだろう。実際に、イギリス政府は負担の軽減で大幅な減税の提案をしていたが、市場からの反発などで撤回に追いやられた経緯がある。
この点について、前出のミルバーンによれば、近年のイギリス政治においては貧困層の政治的主張の受け皿になってきた労働党が保守化しており、貧しい人々の政治的な主張の受け皿が国会から消滅したことで、大規模ストライキなど大衆的な行動が活発化しているのだという。
「料金を支払わない」という大衆的な直接行動は、生活が脅かされエネルギー料金にすら苦しむ大勢の人たちが、不公正なシステムに対抗する手段とみるべきだろう。
Don’t Payの取り組み以外にも、イギリスでは冒頭に紹介したように政権批判の大規模デモが起きていたり、エネルギー貧困の広がりに抗議して国会を占拠しようとした活動家の取り組みもある。民主主義の機能不全と貧困の深刻化が、より直接的な行動へと人々を駆り立てているのだ。
日本に必要とされる「想像力」
公共料金を支払わないという直接行動は「やりすぎだ」と思う向きが日本では強いかもしれない。しかし、日本社会においても貧困や社会問題を直接的な行動で解決に導いた事例は少なくない。
例えば、2008年のリーマンショックでは数百万人もの人が職を失い、特に社員寮から追い出された派遣労働者たちは住まいさえ失い路上にあふれ出ることになった。彼ら住居を失った貧困者の生活を支援しようと、社会運動家たちは「年越し派遣村」を組織。厚生労働省前の日比谷公園に仮設のテント村を建設した。入村者は約500名、ボランティアとしての参加者もおよそ1700名に達した。この様子は連日報道され、政府の貧困対策を進める決定的な要因となった。
近年は、若い世代を含め、貧困に対する直接的な活動の広がりもみられる。コロナ禍以来、全国的に炊き出しの支援活動や、子供支援に限られない「大人食堂」の取り組みが広がっている。先のフードバンク仙台にも、地域の大学生のボランティアが多数参加しているという。彼らは、生活困窮者の増加を食い止めるべく仙台市にライフラインの支払いの負担軽減を求める署名活動を行っている。
また、昨年末には、Z世代の若者たちが「家あってあたりまえでしょプロジェクト」という取り組みを立ち上げている。同プロジェクトでは、住居を失い路上にいるホームレスの人々に声をかけ、さいたま市がホームレス向けの一時宿泊場所として用意したビジネスホテルの利用につなげていった。
その結果、行政が用意した10部屋では到底足りず、ホームレスの人たちとともに行政に増室を求め、それを実現した。さらに年明けには、年末に支援して生活保護を申請した人たちが無料低額宿泊所(劣悪な環境が問題視されている)に入れられないよう、行政と交渉し、全ての人たちを継続してビジネスホテルで生活できるようになった。直接的な支援活動が福祉の不足を明らかにし、これを拡大させたのだ。
参考:「プライバシー丸裸」はいいの? 日本の「貧困対策」に立ち向かうZ世代たち
日本社会では苦しい状況になっても「耐えること」「諦めること」「適応すること」以外に選択肢が見当たらない。いまよりもよい社会を「想像」さえしがたくなっている。しかし、このまま貧困が蔓延していけば、それでは済まない状況になっていく。
海外においても日本の歴史においても、何かしらの行動をし始めることで社会を変えてきた伝統がある。諦めずに行動していく勇気が今こそ必要なのではないだろうか。
参考・署名活動:仙台市に対して、誰もが生きるために必要なライフラインの負担軽減・無償化を求めます!
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*筆者が代表を務めるNPO法人。社会福祉士を中心としたスタッフが福祉制度の活用を支援します。また、訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。
活動日 (月)・(木)・(金) 10:00~16:00
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