「プライバシー丸裸」はいいの? 日本の「貧困対策」に立ち向かうZ世代たち
この年末年始も、各地で様々な貧困支援の活動が行われた。行政の窓口が閉まってしまうという特有の事情に加え、コロナ禍で貧困の拡大が深刻化しているためだ。
私が代表を務めるPOSSEでも、Z世代のボランティアを中心に大宮駅周辺でのアウトリーチ活動と相談会を行う「家あってあたりまえでしょプロジェクト」を展開した。駅周辺の路上や公園、マクドナルドなどのファストフード店、ネットカフェ、さらにはSNS上などで宣伝活動を行い、10代から80代におよぶ幅広いホームレスの当事者を支援し、ビジネスホテルなどの宿泊場所の確保や生活保護の申請につなげていった。
参考:「家あってあたりまえでしょ!」 Z世代の若者がホームレス支援 「凍死」や「親子共倒れ」も
今回の活動をプロジェクトのメンバーがSNSで発信している中で、あるツイートが注目を集めている。
ここで批判されている「生活ノート」とは一体何なのだろうか? 何が問題なのだろうか? こうした点について、今回は解説していきたい。なお、「生活ノート」の詳細については、現物の資料とプロジェクトのメンバーからの証言に基づいている。
生活保護受給者を管理する「生活ノート」
さいたま市の大宮区役所で生活保護申請者に渡されているこの「生活ノート」は、曰く「居宅(アパート)生活ができるかどうか」を確認するための資料として用いられているようだ。
1日24時間をどのように過ごしたのかを円グラフに書き出したり、お金の管理、健康管理、入浴、洗濯、食事について、毎日「生活ノート」に記し、提出することが求められている。
人によっては、「生活ノート」への記入だけでなく、毎日役所で面談することを求められる場合もあったようだ。
もちろん、生活援助の観点から、生活の実態を聞き取る必要はあるだろう。とはいえ、あらゆる生活上のプライバシーを役所に全面的に開示させることには、人権上の問題があると言わざるを得ない。
そもそも、このような「プライバシー全面開示」を要求することは、相談援助技術としても不適切である。「あなたにプライバシーなどない」と言わんばかりの管理方法では、生活保護受給者が信頼感を抱くことができないからだ。
社会福祉学においては、信頼関係を形成し、生活上の相談が実際に可能になるような援助方法が重視されてきた。そうしなければ、支援者が一方的な支配関係に陥ってしまうだけではなく、重大な支援上の課題を見逃してしまい、最悪の場合被支援者の命にもかかわってしまうこともある。
では、今回のような人権上も援助技術上も問題のある行為を、なぜ生活保護の窓口では行ってしまうのだろうか。
アパート生活を制限する生活保護制度
その背景の一つに、生活保護制度そのものの問題が挙げられる。
生活保護法第30条においては、居宅保護の原則が明記されている。つまり、生活保護はアパートに暮らしながら利用するのが原則というわけだ。同時に、施設での保護は例外であり、強制できないとも記されている。
しかしながら、法律の具体的な運用方法を定める厚労省の通達では、この原則が歪められてしまっている。というのも、ホームレスの人たちに対して生活保護から敷金等を支給するのは、「居宅生活ができると認められる場合」だとしているからである。例えば、生活費の金銭管理、服薬等の健康管理、炊事・洗濯、人とのコミュニケーションなどを自分の能力でできるかどうかが求められている。
つまり、アパート暮らしが原則だとしながら、現実にはアパート暮らしができることを生活保護受給者が積極的に立証し、それを役所が認定しなければアパート暮らしはできない。
現場の相談の実感から言えば、役所がホームレスの人たちに対し、すぐにアパート暮らしを認めることはほとんどない。その少なくない理由として、アパート入居のための初期費用は10〜20万円にも及ぶことから、財政削減の観点から認めたくないのではないかということが指摘されてきた。
こうして、ホームレスの人たちはアパート暮らしを認められず、例外であったはずの施設への入所を迫られるのが現実だ。このように、行政が過剰に生活実態の申告を求める背景に、施設への入所を促す意図があると考えるのは、果たして邪推だろうか。
「貧困ビジネス」施設への収容
では、アパート暮らしが認められなかった人たちが入所する施設とはどのような場所なのか。その多くはNPO法人や株式会社が設立・運営する無料低額宿泊所と呼ばれる施設だ。
POSSEの相談窓口に過去に寄せられた無料低額宿泊所の実態は、驚くほど似たようなものばかりだ。個室がないことがほとんどで、6畳ワンルームの真ん中をベニヤ板で仕切って3畳の「部屋」に2人が住まわされたり、あるいは複数の2段ベッドの場合もある。
食事は非常に質素なもので、ご飯とレトルト食品ばかりだったり、365日同じ食事だったという証言もある。また、米は強い古米臭がし、黒ずんでいたりする。衛生環境も悪く、南京虫が湧いている施設もある。
このように劣悪な居住環境にもかかわらず、生活保護費のほとんどを施設側に徴収されてしまう。手元に残るのは1〜2万円程度ということも珍しくない。もちろん、生活保護費の大半を徴収すれば、このような劣悪な施設ではなく、もっとまともな環境の施設を運営することができる。
貧困者を囲い込んで生活保護費を搾取することから、こうした施設は「貧困ビジネス」と呼ばれて久しい。過去の相談では、「常時監視がついていて、電話も掛けられない。病院に行くこともできず、死にそうな高齢者もいる」というものも寄せられている。
「貧困ビジネス」の業者が問題であることは言うまでもないが、深刻なのはこれらの施設を行政自身が積極的に「活用」しているということである。「施設に入らないと申請(あるいは受給)できない」などの文句でホームレスの人たちのほとんどを無料低額宿泊所に「収容」していく。
行政はなぜ「貧困ビジネス」を活用するのか?
無料低額宿泊所の多くが劣悪な居住環境であることは行政側も当然認知している。それではなぜ、これらの施設を活用するのか。
その理由の一つは、「管理コストの削減」だ。社会福祉法では、生活保護を受給する80世帯に対し、1人のケースワーカーの配置を標準数としている。しかし、現実にはケースワーカー1人が担当する生活保護受給世帯はもっと多く、100世帯を超えることは珍しくない。厚労省の調査によれば、指定市・東京23区・県庁所在地・中核市の全国107市区のうち、配置標準を満たしていない自治体は約7割にのぼるという。
こうしたケースワーカーの人員不足を背景に、ホームレスの人たちが1カ所にまとまり、かつ管理もしてくれる無料低額宿泊所が「重宝」されてしまっている。普段の生活を施設の管理人が管理(決して支援ではない)してくれて、家庭訪問も1軒ずつ回る手間も省けるというわけだ。
本来は配置標準を踏まえて財政措置をとり、ケースワーカーを増員すべきところを、受給者の人権を犠牲にして「解決」しているのだ。いうまでもなくこれは憲法の理念に反し、法律の運用が捻じ曲げられているということをも意味している。
さらに、行政が意図しているかどうかはともかく、「貧困ビジネス」の活用は人々を生活保護から遠ざける効果を持っている。現実に、無料低額宿泊所の環境が嫌で生活保護を辞退し、路上生活の方がマシだという当事者は少なくない。
これを歴史的に考えると、1834年にイギリスで制定された新救貧法における「劣等処遇の原則」そのものである。新救貧法では、被救済貧民の状態は一般の労働者の生活水準以下でなければならないとし、労役場(ワークハウス)に収容し、選挙権も剥奪して個人の自由を徹底的に奪った。
なぜなら、貧困は個人の道徳的責任であり、福祉を供与することは「怠惰と悪徳への奨励金」になると考えられたからである。そして、劣悪な処遇は人々が救済を受けることから遠ざけた。
日本でも戦前の救護法では劣等処遇の原則が採用されていたが、戦後に制定された現行の生活保護法で理念的には否定されている。しかしながら、現実には劣等処遇の原則が生きていると言わざるを得ないのではないだろうか。
ルールは闘って変えられる
日本では、貧困者が「安心・安全な住まいを得る権利」は全く保障されていない。特に生活保護制度においては、ホームレスの人たちがアパート暮らしをするためには、行政が設定する条件やルールに従うことが要求され、多くの人たちが劣悪な貧困ビジネスの被害に遭っている。
冒頭で紹介した「家あってあたりまえでしょプロジェクト」は、こうした現状に疑問を抱いたZ世代のボランティアたちの発案で発足した。同プロジェクトでは、住居を失った当事者にアウトリーチし、さいたま市がホームレス向けの一時宿泊場所として用意したビジネスホテルの利用につなげていくとともに、行政が用意した10部屋では到底足りないとして、ホームレスの人たちとともに行政に増室を求め、それを実現した。
さらに年明けには、年末に支援して生活保護を申請した人たちが無料低額宿泊所に入れられないよう、行政と交渉し、全ての人たちを継続してビジネスホテルで生活できるようにした。
このように、Z世代が当事者とともに闘うことで、行政が作った(憲法や人権の理念に反した)「ルール」を変えさせ、より多くの人たちが「安全・安心な住まい」を手に入れることを実現した。彼らが立ち上がった背景には、若い世代の人権感覚の高まりや、同世代の生活・住居確保の困難の実感があるだろう。
参考:「家賃を何とかしてほしい!」 若者の訴えは政治にとどくのか?
もちろん、今回のケースはまだ小さな一歩であり、「生活ノート」や生活保護上のアパート転宅の制限などもなくしていき、誰もが人権を侵されずに住居を保障される社会を作っていかなければならないと思う。
そのためにも、多くの当事者が立ち上がり、また彼らとともに一緒に権利主張を行う支援者が必要だ。新型コロナで注目されているように、私たちを含む、いくつもの貧困支援団体が活躍している。ぜひ多くの方に関心をもっていただきたい。
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