Yahoo!ニュース

デモ混乱の香港を巡るきな臭い?動き

宮崎紀秀ジャーナリスト
混乱が続く香港。警察に拘束されたデモ参加者(2019年11月18日)(写真:ロイター/アフロ)

 香港ではデモをめぐり、今月に入り2人の死者が出るなど、暴力と混乱が激化している。その変化に応じた中国本土の動きが怪しい。

 警官隊との衝突現場付近で、高所から転落したとみられる大学生が、後に死亡。8日のことだった。こうした事態を受け、デモ隊と警察側の衝突はエスカレートし、11日には、デモ隊の男性が警官から発砲を受け、重体となった。

共産党組織が発砲を擁護

 香港のデモ隊は、当然、警官の行為を非難したが、中国側は、発砲を正当化した。中国共産党の司法や治安維持を主管する中央政法委員会が、「香港の警官は毅然として発砲した。これは暴徒に対する国際基準だ」と題する論評を発表したのだ。こう主張している。

「香港の暴徒が警察を攻撃し、銃を奪おうとした。この時に、発砲しなければ、銃は何のためにあり、警察は何のためにあるのか」

 さらに今度は、デモ隊の行為によって、死者が出た。14日、デモ隊の投げたレンガを頭部に受けた70歳の清掃員の男性が死亡した。

習主席が国際会議で香港言及。なぜ?

 習近平国家主席は同日、異例にも、国際会議の場で、「国内」問題であるはずの香港情勢について態度を表明した。ブラジルで開かれたBRICS(新興5か国)の首脳会議である。

「香港で続いている激しい暴力犯罪行為は、一国二制度の原則のボトムラインへの重大な挑戦」とした上で、「暴力と混乱を止め、秩序の回復が香港の目下の緊急の任務だ」と述べた。

 習主席は、香港の問題の本質は、一国二制度への挑戦、という理屈で、こう決意を示している。

「中国政府が一国二制度を貫徹する決意は確固不動であり、いかなる外部勢力の香港への干渉に反対する決意も確固不動である」

なぜ人民解放軍が「ボランティア」?

 その2日後の16日午後、香港に駐留している人民解放軍は、駐屯地を出て、瓦礫の撤去など、道路の清掃作業をした。人民解放軍の初の「出動」が「掃除」とは意表をついたが、更に人民解放軍側は、この清掃活動を「ボランィア」と説明。

 だが、この「ボランティア」は、日本でも盛んになった市民らが被災地で、復興作業を無償で手伝うなどの「ボランティア活動」とは訳が違ったようだ。

 香港基本法に従えば、人民解放軍は、香港政府の要請によって、治安維持や災害救助などを手伝う。だが、今回の「出動」は、香港政府の要請を受けていない。

 香港基本法は、中国本土との関係において、一国二制度を規定している根幹であり、高度な自治を守るための、言わば「憲法」である。その基本法を無視した今回の出動は、一国二制度の違反になる。人民解放軍側は、それを十分認識していたから、要請を受けていない「ボランティア」出動だったのだろう。

 中国メディアには、「制服を着用しないボランティア行動なので、基本法違反には当たらない」などの「解説」が出ているが、その時の写真や、映像を見るかぎり、確かに制服は着ていないものの、Tシャツと半ズボン姿で、数十人が隊列を組んで走り、無線機を使って作業している様子は、個人が個人の資格で参加した自発活動には見えない。

 その目的は、人民解放軍の存在を示してデモ隊を威圧すると同時に、来るべきに日に備えて、同軍に対する市民の抵抗感のハードルを下げる目的もあったのかもしれない。

デモ隊と中国の「一国二制度」は違う?

 いずれにせよ、制服を着ているか否かは本質的な問題ではなく、この人民解放軍の行動は、香港側には一国二制度が守られていないと映る。 

 デモで香港の人々が訴えているのは、中国政府の認めた行政長官しか選べない、逃亡犯条例の改正で中国の司法制度が適用される、といった事態に直面し、端的に言えば、中国は「一国二制度を壊すな」である。

 一方、今の事態に対し、中国側も「一国二制度を壊すのは許さない」と主張している。この対立する二者が、不可思議にも同じ主張をしているワケは、香港のデモ隊にとって、一国二制度は、「二制度」が重要なのだが、中国にとっては「一国」が大事だからである。

 共産党の機関紙「人民日報」は、本日付の一面で「いかなる者も一国二制度の原則のボトムラインに挑戦することは絶対に許さない」という評論を掲げた。

 その中で、一国二制度は「『一国』が根であり、根が深くしてこそ、葉が茂ることができる。『一国』が根元であり、根元がしっかりしてこそ、枝が栄えることができる」と説いている。

絶対に触れてはいけない3本の線

 さらに一国二制度の絶対触れてはいけない3つのボトムライン、なるものを挙げた。その3つとは、(1)国家主権と安全に危害を与える (2)中央権力と香港基本法の権威に挑戦する (3)香港を利用して中国本土に破壊活動を浸透させる。いかなる者、勢力も中国政府と全国人民の国家主権、安全、統一を守り、香港の繁栄と安定を維持する強い意志を見くびってはいけない。

 評論は、デモ隊の一部が、香港独立を鼓舞し、国旗や国章を侮辱した行為などにも触れ、香港を独立あるいは半独立の政治体にし、最終的には一国二制度を有名無実化しようとしている、と非難した。

 警官の発砲の正当化、習近平国家主席の国際会議での香港情勢の鎮静化への意思、人民解放軍のボランティア出動、一国二制度の「一国」の重要性の強調…。こうした事実が並ぶと、どことなくきな臭さが漂ってくる。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

宮崎紀秀の最近の記事