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幾度もの災害を乗り越え400年以上続く「垂玉温泉(熊本)」。守り続ける人々の想い

今村ゆきこライター/エディター
「垂玉温泉 瀧日和」山口雄也さん(筆者撮影)

源泉数1,327(※)、全国5位の源泉数を誇る温泉大国・熊本。車を30分も走らせれば温泉にたどり着くことができるほど、温泉好きには恵まれた地域だ。数多くある温泉の中でも、長い歴史の中、幾度もの災害にあいながらも、その都度復活を遂げてきた歴史を持つ温泉がある。それが、南阿蘇にある垂玉温泉「瀧日和」だ。湯けむり立ち上る谷あいの温泉。熊本地震からの復活を遂げ、温泉を守り続ける8代目・山口雄也さんにお話を伺った。

※令和2年度温泉利用状況/環境省

「何を残していくべきか」。宿からのシフトチェンジで見事、復活!

災害直後の垂玉温泉(「垂玉温泉」提供)
災害直後の垂玉温泉(「垂玉温泉」提供)

2016年の熊本地震は、復旧・復興の歩みと共に、徐々に過去のものとなってきている。垂玉温泉「瀧日和」もまた、災害を感じさせないほど見事に生まれ変わり、令和3年4月16日より、新たな一歩を歩み始めた。

それまで、温泉宿「山口旅館」として多くのお客を迎えてきたが、地震により、泉源の埋没、建物の大規模損害など大きな被害を受ける。絶体絶命の状況ながら、山口さんたちの背中を押したのは、これまで語り継がれてきた歴史と先人たちの想いだった。

「1500年代後半から利用されてきたと言われている垂玉温泉ですが、これまで、山崩れや水害など、何度も壊滅的な被害を受けてきました。しかしながら、その都度、先人たちが復旧を決意し、多くの人々に支えられ復活しています。状況は違えど、同じような過程を経ていることを改めて考え、“何を残していくべきか”の決断をしました」。「瀧日和」のホームページには、その歴史が年表に綴られている。たった1行だが、先人たちの想い、重みがあると、山口さんは語る。

「金龍の滝」(写真左)と建物内の被害も甚大(「垂玉温泉」提供)
「金龍の滝」(写真左)と建物内の被害も甚大(「垂玉温泉」提供)

「瀧日和」の泉源は、垂玉温泉の由来にもなっている垂玉川の源流にある「金龍の滝」の滝壺にある。地震前は、この滝を眺めながらの湯浴みができる露天風呂が宿の名物として愛されてきたが、大規模な被害を受け、諦めざるを得なかったという。

「何を残していくべきか…。400年以上、湯治場から宿となり、多くの人に親しんでいただいた温泉が無事だったことが背中を押し、元のカタチにこだわらず、この温泉を守り続けることを決断。日帰り利用の施設として再開することにしました」。そうして、地震から5年を迎えた令和3年4月16日。「瀧日和」として、新たな一歩を踏み出したのだ。

谷あいの自然に包まれて過ごすプチ湯治が、心に潤いをもたらす

新緑に包まれた「垂玉温泉 瀧日和」(「垂玉温泉」提供)
新緑に包まれた「垂玉温泉 瀧日和」(「垂玉温泉」提供)

新阿蘇大橋から車で約15分。山道を走らせ、左手に「金龍の滝」が見えてきたら「瀧日和」に到着だ。勢いよく上る湯けむりに迎えられれば、一気に心のスイッチが切り替わるはず。

日帰り施設として生まれ変わった「瀧日和」は、大浴場と貸切湯、カフェ、休憩所を備え、多くの温泉ファンを魅了している。被害の少なかった内湯はそのままに、露天風呂を点在させた大浴場「燈の湯」は、窓から四季の移ろいを楽しめ、源泉かけ流しの湯が湛えられている。女性用露天風呂「かじかの湯」は、一人で楽しめる陶器風呂や深さ125センチの立ち湯、岩風呂があり、男性用露天風呂「天の湯」は、開放感抜群なロケーションの中、岩風呂や寝湯が備えられている。「大浴場だけでも結構な時間を楽しまれますよ」と山口さん。大浴場で温まり、露天風呂を巡っているだけでも、時間はあっという間に過ぎるということ。

「燈の湯」内湯。泉質は「単純温泉」、加水・加温なし、源泉かけ流し(「垂玉温泉」提供)
「燈の湯」内湯。泉質は「単純温泉」、加水・加温なし、源泉かけ流し(「垂玉温泉」提供)

女性用露天風呂「かじかの湯」の立ち湯(筆写撮影)
女性用露天風呂「かじかの湯」の立ち湯(筆写撮影)

蒸気を利用した蒸し場体験を楽しむこともできる。カフェで蒸し野菜や卵などの入ったセットを注文後、自分で蒸すセルフスタイル。気軽に蒸し場体験ができるとあって、温泉とランチをセットで楽しむ人も多い。

地元産の季節野菜や卵などがセットになったランチメニュー。注文後、自分で蒸す体験型ランチ(「垂玉温泉」提供)
地元産の季節野菜や卵などがセットになったランチメニュー。注文後、自分で蒸す体験型ランチ(「垂玉温泉」提供)

「宿泊はできませんが、ゆっくり過ごしていただけるよう休憩所として“住箱”をご用意しています」。グランピングなどで馴染み深い「snowpeak」の“住箱”が3棟あり、ここでは、湯上りにのんびり過ごしたり、蒸し料理を楽しんだり…と人目を気にせず、思い思いの時間を過ごすことができるのだ。まさに、温泉・食事・休憩をセットに、日帰りプチ湯治が楽しめるというわけ。これが、垂玉温泉の新しいカタチだ。

原点は湯治場。ぶれない芯と柔軟な考えで未来へ受け継ぐ

「垂玉温泉の原点は湯治場です。これは、人が気軽に行き交う場だと考え、こんな時代だからこそ、ふっとのんびりできる場所が必要だと考えたんです。新しい試みをすることで、これまでは少なかった新しい世代のお客様にも足を運んでいただけています」と山口さん。

災害を経験したからこそ、時代のニーズに沿った施設へと生まれ変わった「瀧日和」。400年以上前からわき続ける温泉、100年以上の歴史を持つ石垣といった長く重ねてきた歴史に、新たな魅力が加わったのだ。

女性用露天風呂「かじかの湯」一人用の陶器風呂(筆者撮影)
女性用露天風呂「かじかの湯」一人用の陶器風呂(筆者撮影)

「阿蘇というと広い景色をイメージすると思いますが、うちは谷あいにある温泉。見えるのは木々と空です。でも、時間によって日の差し方が変わったり、霧に包まれたり、木々の輝きや色合いもどんどん変わっていくんです。何もないところですが、何もしない贅沢を味わって欲しいと思っています」。湯につかりながら、食事を楽しみながら…、ぼーっと眺めているだけで、みるみる変わっていく景色。宿を営んでいる時には、この谷あいだからこその魅力に、山口さん自身も気づかなかったという。

自然に馴染む風合いの「住箱」(「垂玉温泉」提供)
自然に馴染む風合いの「住箱」(「垂玉温泉」提供)

「実は、住箱は災害時のシェルターにもなるんです」。災害を経験したからこその備え。万が一を考えながら、訪れる人がほっと肩の力を抜く場所に。自らも肩の力を抜きながら、「瀧日和で過ごす時間が、いい日和になった…と思っていただけたら幸いです」。そう、山口さんが優しい笑顔で話してくれた。

垂玉温泉 瀧日和(たるたまおんせん たきびより)

熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽2331

TEL0967-67-0006

公式ホームページ

ライター/エディター

1979年熊本県生まれ。地元タウン誌に約15年勤め独立。フリーランスのライター&エディターとして、「熊本のファンを増やす」ことを目的に、熊本の魅力的なヒト・モノ・コトを各メディアで発信。熊本第一号の温泉ソムリエ・温泉ソムリエアンバサダーとして、温泉の魅力発信も行う。趣味は温泉・キャンプ・DIYなど。現在は、保護センターから老犬を引き取り、タイニーハウスで田舎暮らしを満喫中。

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