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タレント・井上晴美が熊本地震で受けた誹謗中傷 震災の記憶、SNSとの向き合い方 #今つらいあなたへ

今村ゆきこフリー・ライター&エディター

誰しもが気軽に情報発信ができるインターネットやSNS。その反面、簡単に知らない相手と繋がることができるがゆえに、相手への配慮にかける発言や読むに耐えない言葉が飛び交っているのも現実だ。新型コロナの影響も続く中、一方的な攻撃に悩み、孤立を深める人も多い。

1990年代にアイドルとしてデビュー、映画『フリーズ・ミー』ドラマ『ナースのお仕事』などに出演し、俳優・タレントとして活躍する井上晴美さんも、その怖さを経験した一人。子育てをキッカケに、2011 年ふるさと・熊本へ家族で移り住み、2016年4月の熊本地震で被災した経験を、ブログを通して発信する中、数多くの誹謗中傷を受けた。

それから6年、井上さんに、当時の想い、そして今を聞いた。

「今でも乗り越えられていません」。ダメージに耐えられず、SNSを完全に遮断した過去

熊本地震発災時、井上さんは家族と共に阿蘇郡西原村で暮らしていた。熊本の中でも被害が大きかった地域で、前震の際に震度6弱、本震では震度7を観測し、村の半数以上が全半壊の被害を受けた。村を通る橋は崩れ、インフラが遮断され、多くの人々が避難所に身を寄せた。

当時、多くの人々がその時の状況や、求めている支援物資についてSNSで発信をしており、井上さんも、同じように西原村の状況など、自身が体験していることを呼びかけた。そこで誹謗中傷の的になってしまった。

「その時受けたダメージは大きく、今でも乗り越えられていません。ブログでは、発災後の自分が体験したことをリアルに発信していたんです。テント泊や車中泊、暖を取るために焚き火をしていることなど、記録のように書き記していました。でも、それが『自分のことばかり』『一方的だ』と非難されて……。そんなつもりで発信したわけではないし、理解ができなくて、結果的に全てのSNSをシャットアウトしたんです」

余震が続く中、焚き火で暖をとった(公式ブログより)
余震が続く中、焚き火で暖をとった(公式ブログより)

現在は、SNSを通して元気な姿を発信している。ただ、6年が経とうとしている今も、その心には、当時のダメージが残り続けている。それだけ、匿名の他者から受ける誹謗中傷の破壊力が強いということが窺える。

心理学に関心を持ち、当時の自分を振り返ることで見えてきた新しい考え

誹謗中傷を受けるという経験をしたことで、心理学への関心が高まっていった。本を読んだりして学んでいくうちに、当時の自分の状況を少しずつ分析できるようになった。

「私たちの仕事は、演技への評価など、やったことに対して評価されるものです。だから、当時の私は、ブログを通して、みんなにどう思われるだろうってことにフォーカスしすぎていたんです。SNSは、どう思われるか、どう思われたいか、を考えるとマッチしないんです。それよりも大事なことは『目的』。自分の目的を見失い、相手にフォーカスしすぎてダメージを受けたんだって気づきました」

「100のポジティブなコメントがあっても、1のネガティブなコメントがあると、100が消えてしまう。それくらい悪いコメントは破壊力が強いんです。なんでそんなこと言うの?この人は一体誰?って、私自身、戦闘態勢になってしまっていたところもありました。そして、私が何をしたんだろうと自分に原因を探したり……。でも、理由をどんなに考えても理解できないし、その時間がもったいない。だって、そういう人って、相手より優位に立ちたいという心理が働いているから、発言の内容に意味がなかったり、目的がないことがほとんど。だから、SNSの誹謗中傷は『見ない』方がいい。その人の為に発信をしているわけではないから」

2020年にはインスタグラムをスタートした。こうした答えにたどり着けてからは、ネガティブコメントを削除や、ブロック出来るようになった。

「ブロックしたら相手にバレる、とか考えていたけれど、自分軸で考えてみたんです。目的達成のためには、備えられた機能は使った方がいい。SNSは受信ではなく、発信でいいと思っています。とはいっても、嫌なコメントがあって、全てのコメントをブロックしたこともあるし、でも寂しくなって、やっぱりコメントを見たりするし。そんなことの繰り返し。探り探りです。『辞める』という選択肢があるのも、気持ちが落ち着きます」

井上さんは、3人の子どもの母親でもある。子どもたちのSNS環境についても、よく話し合う。

「SNSは、子どもから大人まで、全ての世代に関わる問題でもあると思います。我が家では、携帯は夫1台、私1台。そして、子どもたちに1台で、週末だけ使って良いとしています。そんな中、クラスで行われるLINEグループのことで、子どもと話し合うこともあります。夜の間にやりとりされた件数は100件以上。子どもは、その内容を読んでから学校に向かい、会話の続きをしたいと訴えます。既読スルーについても、私は良いと考えていますが、子どもはNGと言います。周囲は、子どもでも1人1台、何かしらのメディアを持っていることが多いので、どうしても比べられてしまいますが、よそはよそ、うちはうち、と話します。それに、この1人1台は、本当に親が子どもの小さな変化にも気づいてあげないと危険。悲しい結果になる可能性があると思うんです」

熊本地震から6年。地震について学んだこと、知ったことを風化させないのが大事

熊本では、別の集落のように綺麗になった住宅街や、新しく開通した阿蘇新大橋、美しく生まれ変わった熊本城の天守閣など、災害の爪痕がほとんど見られなくなってきた。それと共に、地震の記憶も風化していっている。そのことについて尋ねると、少し沈黙が続いた。

「子どもたちは3人とも、地震の揺れを覚えていないって言うんですよ。記憶を消しているのかも。私たちでもたまに地震があるとフラッシュバックするほどなので、子どもたちにとってトラウマにならず、本当に良かったと思っています。だからこそ思うのですが、何もかも風化させてはいけないっていう考えよりも、熊本地震の恐怖体験は忘れて、いつ起きても大丈夫なように、経験を活かして備えることを風化させないようにしないといけないと思うんです。どんなことが起きるか分かったから、じゃあ、未来のことを考えて、学んだこと、知ったことを、どう活かすかが大事」

井上さん一家は、以前から防災意識が高く、非常食を家に備え、車には衣服や食糧などを備え、季節ごとに入れ替えたりしていた。それでも、次に活かす学びは大きかった。

「家は全壊だし、車は瓦礫に埋まってしまって、使えなかったんです。ああ、分散しなきゃいけないなって思いました。それに、雨も降ったので、防水バッグに入れなきゃいけないことも学びました。それと、『代用』するサバイバルスキルが必要だって気づいたんです。トイレが使えない!生理用品がない!どうしよう……ではなく、代わりになるものを考える。これはこれ!と固執せず、想像して枝分かれして考えられると、災害時に強いんです」

「こういった機会があると必ずお話ししているのですが、避難所の運営についても、行政の人が運営するのが当たり前と思われているけれど、それは違うということ。場所があるだけで、避難した人たちで運営していかないといけないんです。あれがない!これをどうにかしろ!と行政の人に罵声を浴びせる人がいるけれど、それも固定観念。思い込みなんです」。

熊本地震を通し学んだ「思い込み」の恐ろしさ。それは、井上さんが経験した誹謗中傷でも同じことが言えると、話を続けた。

「このことは、SNSにも通じています。『SNSでの発信は、見ている人を喜ばせるもの。見ている人によく思われたいからコメントに真摯に向き合わなければいけない…』という固定観念・思い込み。これが、1のネガティブコメントにフォーカスしてしまう要因になります。『私はSNSを通して何をしたいのか』を考え、目的をしっかり持ち、誹謗中傷は『見ない』という選択をする。何にでも打ち勝てる、乗り越えられるほど強くなる必要はないと思っています」。

「今でも乗り越えられていません」開口一番、井上さんから出た言葉に衝撃を受けた。災害時にも大きな力を発揮し、小さな声でも発言できる場として、世界中に浸透しているSNS。一方、一部の身勝手な人による発言で傷つく人がいることも避けられない。もしもあなたが傷つきそうになったら……。この井上さんのインタビューでのメッセージを思い出し、前に進む勇気に変えてもらいたい。

井上晴美

俳優・タレント。1974年9月23日生まれ。熊本県出身。16歳でデビューし、数々のドラマや映画、舞台などで活動。家族で熊本に移住し、2016年の熊本地震で被災。現在は、子育ての傍ら、畑仕事や陶芸などを行う。

公式Instagram

衣装協力 jun okamoto

ヘアメイク 巣山尚美

撮影 内村友造

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです。】

フリー・ライター&エディター

1979年熊本県生まれ。地元タウン誌に約15年勤め独立。フリーのライター&エディターとして、「熊本のファンを増やす」ことを目標に、熊本の魅力的なヒト・モノ・コトを各メディアで発信。熊本第一号の温泉ソムリエとして、温泉の魅力発信も行う。趣味は温泉・キャンプ・DIYなど。スポーツと農業で地域をデザインする会社「スポ農Lab」役員も務める。温泉ソムリエアンバサダー。

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