食が豊かだからこそ生まれた「熊本ガストロリジョン」。「(熊本)花小町」本田広之さん
熊本市の北に位置する「植木町」は、日本一のスイカの産地として知られる農業の町。温泉もあり、自然豊かな静かな地域。そんな植木町には、中心市街地から離れているにもかかわらず、全国からお客が足を運ぶレストランがある。それが「花小町」だ。
「わざわざ訪れたくなる店」には、それなりの理由があるだろう。なぜ、「花小町」が注目されているのか。オーナーシェフの本田広之さんにお話を伺った。
「出会いと経験」。20年間、進化を続ける一人の料理人
熊本や東京で積み上げたフランス料理の基本に、帰熊後の経験が重なり、オープンから20年間、本田さんの料理は進化を続けている。
オープン当初、記憶にあるのは、「ハンバーグのおいしい店」ということ。ランチタイムは仕事の合間に食事を楽しむサラリーマンや、夜は地元客が宴会を開くなど、たくさんの人で賑わっていた。忙しい合間にも、自ら野菜を育てたり、料理人仲間と夜な夜な集まり料理の研究を行ったり、生産者を訪ね歩いたり、それらの出会いと経験が本田さんの料理スタイルを大幅に進化させた。
現在、昼・夜ともに、完全予約制のコースのみを提供する「花小町」。
本田さんの料理を味わった人にはしっくり来る話だろうが、コースの締めに出てくるのは、ご飯とお出汁、そしてお漬物。これはフランス料理なのか? 「本田さんの料理のジャンルは?」と尋ねると、返ってくるのは耳馴染みの少ない言葉だった。
「熊本ガストロリジョン」。これは一体、どういう料理なのか。
本田さんが今、掲げているのは「熊本ガストロリジョン」という新しい解釈の料理スタイル。それについて伺う前に、少し、ご自身のルーツについて尋ねてみた。
「本田家は、祖父母が鶏肉屋、母が喫茶店……と、幼い頃から食が身近だったんです。親戚が集まると食の情報交換会が行われます(笑)。食の道に進むのは当たり前だったんですが、今思うと、キッカケは小学校の頃の経験ですね」。
自分の食事は自分で作る、というのが当たり前だった本田家。ある日、テレビで見た「ステーキの焼き方」を忠実に再現したところ、「すごくおいしかったんです! 料理ってすごいなって思いました。これがキッカケだと思います」。
「肉を常温に戻し、塩をふり、焼き、寝かせる」。本田少年にとって、人生を変える、大きな経験だったのだ。高校を卒業すると、すぐさま料理の現場へ。熊本・東京で修業を積み、熊本に戻ったという。
「26歳でオープンして数年は、近所の飲食店に合わせてリーズナブルな定食を提供したり、馴染みのあるメニューばかりを作っていました。正直、東京に行きたいって頭にありながらの営業でした。時間が経つと、次第に料理人や生産者のみなさんと繋がっていって、以前は自分で野菜を育てたりしていたのですが、熊本には素晴らしい生産者さんがたくさんいるって気づいたんです」。
「私は、生産者のみなさんに『直接お金を払いたい』という考えなので、料理に使う食材は直接、購入させていただき、その食材に合わせて料理を考えるようになりました」。
「時代の変化によって、地産地消や有機・自然栽培、体に良い食が注目されていき、やっと生産者さんたちの取り組みに光が当たるようになったんです。私自身も、『東京から人を呼べる店にしていこう』という考えに変わっていきました。お客さま自らがさまざまな情報を取り入れ、選択し、うちのような店を受け入れてくれるからできることですが、『熊本にこんなレストランがあっても楽しいよね』と思っています」。
お話が、過去から現在に近づくにつれ、本田さんの表情は明るく、言葉数は増していく。苦労を乗り越えてきたからこその今。どれだけの壁を乗り越えてきたのだろう。
オープンから14年。「花小町」は店舗を大幅リニューアルした。熊本を代表する木工作家・上妻氏にデザインを依頼。壁・床・テーブル・チェア……木材を全面に使った、山小屋のような空間。扉を開けると非日常に誘われるようだ。リニューアルを機に、「本当にやりたいスタイル」を実現していき、今、完全予約制、昼・夜ともにコース料理のみのスタイルとなったのだ。「20年かかりました」とポツリと発したひと言から、これまでの苦労が伝わる。
アラカルトや宴会、お弁当などと並行して提供するコース料理は、どうしても一皿のクオリティが下がってしまい、いつも「もう少しできたのに」と後悔が残ったと言う。
「みんなに良い顔はできません。伝えたいことを伝えるためにもコースのみのお店にして、自分たちのベクトルに合うお客さまを精一杯、おもてなししたい。たくさんあるレストラン、いろんなカタチがあっても良いと思っています」。
本当に良いものには遠くからでもお客さんが訪れ、価値のあるものにはその価値に見合った価格が支払われる。これが理想だ。
改めて……、本田さんのお料理のジャンルは?
「なんでしょうね(笑)。当店が掲げている『熊本ガストロリジョン』とは、『ガストロノミー(食)』と『リジョン(地域・土地)』を融合させた造語です。『ガストロ(胃袋)』と『リジョン』で土地の胃袋という土着の食文化のニュアンスも持っています。地産地消の次の段階として、僕の活動の根っことなるひとつの理念になります」。
「まだ、僕自身、構築中です」と話す本田さん。これまでの地産地消よりもさらに進化し、『食と風土は一体となる』を哲学とし、距離が近い食材を使い、料理に昇華。食の物語を伝えていくことを使命としているのだ。
「理想は、朝から生産者さんを回って、その日使う分だけの食材を仕入れていくこと。うちは『熊本』を付けていますが、自分の地域を掲げるお店が増えていけば、熊本はもっと楽しくなると思っています」。
コースの最後に出てきたのは、可愛らしい木箱。人吉・球磨地方に伝わる伝統玩具「花手箱」と、手前は「きじ馬」。蓋を開けると……。食後の一口菓子が!
最初から最後まで、ここで過ごす時間は、熊本づくし。それが、「花小町」であり、本田さんが提供する「熊本ガストロリジョン」なのだ。訪れれば納得する、その世界観を味わっていただきたい。
花小町
熊本県熊本市北区植木町岩野266-22
TEL 096-272-3789