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ポスト・トランプ時代にQAnonは生き残れるのか!?―なぜアメリカ人は陰謀論に惹かれるのか

中岡望ジャーナリスト
ポスト・トランプの時代、QAnonはどこに行くのだろうか(写真:ロイター/アフロ)

 QAnon運動とは何だったのか

 2月8日、Abema Primeの番組に出演した。テーマは陰謀論信奉者QAnonについてであった。コメンテーターは筆者を含めて7名。ゲストは、自称QAnon信奉者の日本人男性二人と、かつて陰謀論を信じていたが、現在は離脱したという女性一人である。出演に当たって番組担当者と何度も打ち合わせをし、彼らを攻撃しないという約束で出演を承諾した。

 だが結果的には彼らに陰謀論の根拠を問い詰める内容になってしまった。もともと陰謀論には根拠はない。その根拠を問い詰めても、答えられるはずはない。コメンテーターからの相次ぐ質問に彼らは答えに窮した。「陰謀論では地球は平だといっているけど、本当に信じているの」という質問に、答えようがないのは自明である。筆者には、彼らはまるで晒し者になっているように見えた。

 一人の男性は「世の中、変なことばかりじゃん。子供は飢え、戦争は起こり、気候変動も起こっている。自分たちだって一生懸命働いても先がみえない。どうしてこうなったか考えていたら、QAnonの主張に出会った。自分たちが知らないところにエリートたちの影の国家があり、彼らが裏で世界を操っている。僕たちを奴隷にしようとしていることが分かった」とQAnonに関心を抱き始めた理由を語った(発言は筆者の記憶に基づいたもので、一語一句正確ではない)。

 帰宅後、筆者の息子は「番組は報道番組ではなく、ワイドショーだったね」と感想を述べていた。筆者は番組の中であまり発言する機会がなく、「QAnonはアメリカの社会的、政治的、経済的な観点から分析する必要がある。QAnon信奉者のかなりの部分はミレニアル世代の人々である。彼らはリーマンショック後に社会に出た世代で、一番割を食った世代だ。彼らは社会を変えたいと思っている」という主旨の発言をするのが精一杯だった。

 筆者はQAnonに関する記事を書いてきた。ヤフーには「FBIが『民主主義の脅威』と名指した陰謀論グループ『QAnon』の実態」や「陰謀論者のグリーン議員と大統領弾劾支持のチェイニー議員を巡る内部抗争」を書いている。Abema Primeの番組に出演して、それらの記事は十分な情報と分析を提供していなかったと痛感した。そうした思いから、本記事を書こうと思うようになった。

 QAnonが忠誠心を示すのはトランプ個人ではない

 筆者が、QAnonがプロテスタントの影響を受けていると感じたのは、彼らが「Great Awakening(大覚醒)」という言葉を使っていたからだ。彼らは「Great Awakening」をリベラル支配に対する「反革命」と位置付けている。もっと具体的に言えば、「ディープ・ステート(影の国家)」を打倒する意味で使われている。トランプ前大統領の号令で人々が蜂起し、影の国家を倒すというのがQAnonの“ファンタジー”である。

 まず確認しておかなければならないことは、QAnonはトランプ前大統領に誘発された面もあるが、同時にイデオロギー運動としても存在しているということだ。マクギル大学のMugambi Jouet助教授は「トランプ主義に対するカルト的忠誠は一人の人間に対する忠誠ではなく、同時に長年にわたって存在しているイデオロギーに対する忠誠を反映している。この忠誠はアメリカ社会の構造に根差している」と書いている(“The Trump Cult is Loyal to an Ideology, not the Man”,『The New Republic』2020年6月26日)。QAnonが本当に忠誠心を示すのは、トランプ前大統領個人ではなく、保守的、宗教的、伝統的イデオロギーである。

 トランプ大統領はQAnonの期待に反して敵前逃亡をした。議会を襲ったQAnon信奉者はトランプ大統領の“大号令”を待っていた。だが土壇場でトランプ前大統領は「暴動は自分の責任ではない」と自己弁護し始めた。弾劾裁判で弁護側は、トランプ大統領は暴動を扇動していないことを立証しようと躍起になっていた。おそらくトランプ前大統領はQAnonを政治の手段と考え、その主張を額面通り信じてはいなかったのだろう。トランプ前大統領は、QAnonが主張する“大義に殉ずる殉教者”にはなれなかったし、その気もなかったのだろう。

■ QAnonが主張する「大覚醒(The Great Awakening)」とは何か

 話を「大覚醒」に戻す。これは宗教的、精神的な意味合いを持っている。アメリカの歴史を見ると2度、大覚醒運動が起こっている。「第一次大覚醒(the First Great Awakening)」は1730年代から1740年代に起こった宗教復興運動である。「第二次大覚醒」は1800年代から1830年代にかけて起こった宗教復興運動である。この二つの大覚醒運動の背後にはプロテスタントの衰退があった。この文脈から言えば、QAnonの「大覚醒」は「第三次大覚醒」を意味する。

 「第三次大覚醒」も過去の2回の大覚醒運動と同様に宗教復興の意味合いを含んでいる。リベラル派の支配する社会で起こっていることは、宗教の「世俗化」である。キリスト教原理主義者のエバンジェリカルは、リベラル派の指導者によってキリスト教倫理が破壊されていると考えている。その典型的な例が、公立学校における聖書輪読会の禁止や中絶や同性婚の合法化である。リベラル派が支配する国家とは、QAnonが主張する「影の国家」である。QAnonは「影の国家」のリベラル派のエリートは“悪魔信仰者”であると非難するのも、キリスト教的な発想である。

 アメリカはキリスト教国家である。だが、近年、無神論者が着実に増え、宗教の「世俗化」が進んでいる。ピュー・リサーチ・センター調査(『In US, Decline of Christianity Continues at Rapid Rate』、2019年10月17日)によれば、2007年の時点で成人人口に占めるキリスト教徒の比率は78%であった(内訳はプロテスタント52%、カトリック教徒24%、その他2%)。だが2019年には65%にまで低下している(プロテスタント43%、カトリック教徒20%、その他2%)。アメリカ社会の白人支配の構造が崩れつつあるのと同じように、キリスト教国家の基盤も空洞化が進んでいる。エバンジェリカルが「新たな大覚醒=宗教復興」を夢見たとしても不思議ではない。

 筆者は、QAnon信奉者の多くがエバンジェリカルと重なっているのではないかと思っている。以下で、その根拠を説明する。

■ なぜ白人エバンジェリカルは陰謀論を信じるのか

 まずプロテスタント教会が陰謀論やQAnonをどう評価しているのか見てみる。ジャーナリストのKatelyn Beatyは「1980年代と90年代のエバンジェリカルは、人々が(聖書で語られている)絶対的価値観を放棄したら何が起こるか警告していた」と指摘し、キリスト教的価値観の復興を求めていたと書いている。現在でも、多くのエバンジェリカルは同じ懸念を抱いており、その結果、「エバンジェリカルはQAnonの恰好の標的となった」と書いている(”The alternative religion that’s coming to your church”, 『Religion News Service』、2020年8月17日)。

 エバンジェリカルがQAnonの“標的”になったのではなく、「エバンジェリカルとQAnonは一体化した存在である」という指摘もある(Aden Cotterill, “When it comes to conspiracy theories, is Christianity part of the problem or part of the solution”, 『NBC Religion and Ethics』2020年12月21日)。

 プロテスタントが陰謀論を受け入れるという現象は過去にも幾度か見られた。プロテスタントは伝統的に陰謀論の影響を受け入れやすい体質を持っている。アメリカ政治に大きな影響を与えたプロテスタントによる陰謀論に、“ローマ教皇陰謀論”がある。1830年代から60年代にかけドイツやアイルランドから大量のカトリック教徒がアメリカに移民してきた。プロテスタントは、それはローマ教皇がカトリック教徒を大量にアメリカに移民させ、アメリカをカトリック教国にしようとしているという陰謀論を主張した。彼らは反カトリック教の秘密結社を作り、カトリック教徒の排斥と移民規制を訴えた。この動きは、アメリカの最初の本格的な移民規制の始まりとなる。この反カトリック教徒運動は、やがて「アメリカ党」の結成に至る。陰謀論と政治が結びついた典型的な例である。

■ 子供時代から陰謀論を聞かされてきた

 白人エバンジェリカルで作家のD.L. Mayfieldは、白人エバンジェリカルと陰謀論について次のように書いている(”Why American evangelicals are so tempted by the easy assurance of conspiracy theories”、『Religion News Service』2020年6月5日)。「昔を振り返ると、白人エバンジェリカルの世界は陰謀論的な考えが溢れていた」と子供時代を回顧する。そして、「民主党が無神論者を大統領に選んで世界政府が樹立されると、世界が終わり、イエスが戻ってくる」と信じていたと告白する。「現在、ソーシャル・メディア中で陰謀論が噴出していて、そうした陰謀論の多くは保守的なキリスト教徒に共有されている」、「こうした陰謀論は心理的に理解できる。私達の頭は危険を察知しようと神経過敏になっており、簡単な回答を求め、複雑さを最低限にしようとしている」と、立証抜きの陰謀論に惹かれている理由を説明する。

 要するに複雑な社会問題や政治問題に直面しても、「面倒な事は考えたくない」のである。多くの白人エバンジェリカルは、気候変動をリベラル派の陰謀だと言い張り、ワクチンは効果がないと信じ切っている。新型コロナワクチンを拒否するのも、マスク着用を拒否するのも、こうした白人エバンジェリカル達である。それは、彼らにとって“科学の問題”ではなく、“宗教の問題”なのである。

■ アメリカ社会の底にある「反知性主義」と「反科学主義」

 そこにあるのは、エバンジェリカルの科学に対する不信である。彼らは、進化論を否定する。聖書は歴史的事実だと主張する。神が人間を最初から人間の形で創造したのであり、進化論は聖書の教えと矛盾するとして、進化論を否定する。2019年にピュー・リサーチが行った進化論に関する調査では、進化論を信じるという回答は全体で62%であった。信じないという比率が39%近くあるというのは、日本人にとって驚きである。信じるという回答の内訳は、自然の過程を経て進化したが33%、何か“崇高な存在”に導かれて進化したが25%であった。後者は進化を否定しないが、それは神の意思に基づいたものだと考えている。要するに、常識的に考えられている進化論を信じていない割合は59%に達している。白人エバンジェリカルを対象に調査すれば、ほぼ100%が進化論を否定するだろう。蛇足であるが、主流派プロテスタントとエバンジェリカルが決別した理由は。進化論を巡る争いが原因であった。

 エバンジェリカルは、聖書に書かれていることは、奇跡も含め、すべて事実だと信じている。こうした「反知性主義(anti-intellectualism)」や「反科学主義」はアメリカ社会の際立った特徴のひとつである。それは「反権威主義」や「反リベラル制度」へと繋がっていく。そうしたメンタリティは、容易に陰謀論を信じる基盤になっている。

■ QAnonとポピュリズムとの間にある密接な関係

 トランプ大統領はポピュリズムを訴えることで、新しい支持層を開拓した。白人労働者である。彼らは低学歴で、政治的関心も低く、経済的にも、社会的にも厳しい状況に置かれていた。政府から忘れられた存在であった。アメリカの製造業を復活させ、雇用を取り戻すというトランプ候補の訴えは、彼らの心に響いた。トランプ前大統領は彼らを“忘れられた人々”と呼び、投票所に引っ張り出すのに成功した。それが大統領選挙の勝利の要因となった。

 トランプ大統領はポピュリズムを訴えたのである。ポピュリズムの主張のポイントは2つある。「反エリート主義」と「反移民」である。ポピュリズムの発想の根底には、エリート層が労働者を搾取し、栄華を楽しんでいるという反発がある。白人労働者にはQAnonの「影の国家」批判を受け入れる素地があった。

 筆者はポピュリズムで触発された白人労働者は、QAnonの有力な支持層だと考えている。QAnonとエバンジェリカルが重なり合う存在であると指摘した。白人労働者もQAnonと重なってくる。白人労働者は低学歴でアルコール依存症や失業など多くの問題を抱えているが、毎週欠かさず教会に礼拝に通う敬虔なエバンジェリカルでもある。そこで「QAnon≒エバンジェリカル≒白人労働者」という関係が成立すると考えている。その三者に共通するのは反エリート主義である。

■ オルトライトからQAnonへ

 リベラル派のエリート批判の先鋒となったのが“オルトライト(altright)”と呼ばれる極右陰謀論グループである。その中心人物にスティーブン・バノンやスティーブン・ミラー、スティーブン・ゴルカなどがいる。彼らはインテリで、白人至上主義、反ユダヤ主義、右派ポピュリズム、排外主義を唱えた。バノンはトランプ選挙本部の責任者に就任すると、ヒラリー・クリントン候補を追い落とすために様々な陰謀論を流す。そうした陰謀論は奏功し、トランプ候補は勝利を収めた。バノンなどオルトライトはトランプ政権のスタッフとなる。だがトランプ大統領と対立し、ほとんどのオルトライトは解任される。最後までホワイトハウスに残ったのは強硬な移民政策で知られるミラー一人だった。

 オルトライトが追放された後、その空隙を埋めるように登場したのがQAnonである。2017年10月28日に4ChanにQが初めて登場する。オルトライトのインテリの陰謀論グループは大衆的かつ匿名集団のQAnonに取って替わられた。QAnonはトランプ大統領の最大の支持層となる。ただオルトライトと決定的に違うのは、QAnonは大衆組織ではあるが、政策集団ではないことだ。QAnonはリベラル派のエリートを批判し、破壊することを主張しても、オルトライトのように政策を立案し、ホワイトハウスのスタッフになり、影響力を直接的に行使することはなかった。

 QAnonの最大の支持者は“敗者”である

 QAnon、エバンジェリカル、白人労働者には、もうひとつの共通点がある。その多くが社会的、経済的に「敗者」であることだ。自分たちを支配している「影の国家」を打破する共通の夢をみている。自分たちを取り巻いている不条理な世界を革命的に変えたいと願っているのである。ただ明確な“革命論”を持っているわけではない。“ストーム”という騒乱状況を起こし、トランプ大統領が騒乱罪を適用し、軍隊を派遣し、アメリカ社会を戒厳令のもとにおく。QAnonは大統領の号令を待ち、一斉に蜂起するという子供じみた戦略である。トランプ大統領は2度、騒乱罪の適用と軍の出動を命令しようとするが、軍幹部やホワイトハウスのスタッフの反対にあい断念している。

 QAnonを最も支持している層はミレニアル世代(1981年から1996年に生まれた世代)である。世論調査によれば、この世代の34%がQAnonに好感を抱いている(Morning Consult調査、2021年1月30日)。この調査は暴徒の議事堂突入後に行われている。それでも、高い支持率を示している。この世代はリーマンショック後の経済不況に直撃された世代である。就職も思うに任せず、就職しても所得の増加は見込めず、大学を卒業するために借りた学生ローンの返済に窮している世代である。同時に目の前で貧富の格差が拡大していくのを目撃し、もはや“アメリカン・ドリーム”は存在しないと悟った世代でもある。形勢が一気に逆転する夢を抱いたとしても不思議ではない。

 議事堂に乱入し、逮捕された多くの人は敗者であった。『ニューヨーク・タイムズ』は議事堂に乱入し、逮捕された一人の女性を紹介している(”A Majority of the people arrested for Capital riot had a history of financial trouble”, 2021年2月10日)。その女性は「自由のために戦う」と叫びながら議事堂に突入した。彼女は逮捕されたとき、3万7000ドルの連邦税を滞納していた。自宅も差し押さええられていた。2012年に自己破産を申告している。同紙は、逮捕された約60%が金銭問題を抱えていると指摘している。逮捕された人の18%は自己破産している。その多くは専門職に就いており、犯罪歴はない。同紙によれば、「その女性はすべてを失っていた」。逮捕された40%は自営業者と白人労働者であった。9%が失業者であった。QAnonは、そうした人生に絶望した人の支持を得ていたのである。

 ポスト・トランプ時代にQAnonはどこにいくのか

 トランプ前大統領は弾劾裁判で無罪となった。前回の弾劾裁判では共和党議員は一致団結して無罪票を投じた。だが今回は7名の共和党議員が弾劾賛成に回った。『ニューヨーク・タイムズ』は、無罪判決で「トランプ氏は右翼政治の支配的な地位に留まるだろう」、「トランプ氏は自らの政治運動は始まったばかりだと宣言した」と書いている。さらに2年後の中間選挙で自分に逆らった議員には報復すると語っているとも伝えている(”Republican Acquittal of Trump is a Pivotal for the Party”,2021年2月13日)。

 QAnon信奉者のグリーン下院議員を巡る党内紛争、トランプ前大統領の弾劾裁判での内部紛争で共和党内での反トランプ派、反Anon派議員と賛成派の議員の対立が高まっている。2年後の中間選挙では、トランプやQAnon支持者は、反対派議員に対して対立候補を出馬させ、追い落としを図るだろう。共和党はより“純化”され、さらにカルト政党の色彩を強くしていくと予想される。

 弾劾裁判での無罪判決はQAnonにどのような影響を与えるのだろうか。『The New Republic』のMelissa Gira Grant記者は、トランプ前大統領とQAnonの関係を次のように表現している。「トランプはQAnonにとって重要な存在である。前大統領はQAnon現象を作り上げ、その力を引き出したかもしれない。しかし、それはトランプという人物に負うものではなく、既にこの社会に存在するものを反映したにすぎない」と書いている(”QAnon and the Cultification of the American Right”、『TNR Newsletters』, 2021年2月1日』)。要するに、ポスト・トランプの時代では、トランプ前大統領の存在はQAnonにとって不可欠なものではないのである。

 QAnonが現在のような形で存在し続けるかどうかまだ分からない。ただ陰謀論を唱え、反エリート主義を唱える陰謀論グループは間違いなく存在し続ける。それほどアメリカ社会の抱える問題は深刻であるともいえる。

 陰謀論の多くはQAnonが作り出したものではない。アメリカ社会に既に存在する陰謀論を焼き直したにすぎない。たとえばQAnonが唱える陰謀論に「影の政府」のエリートたちが少女を誘拐し、人身売買しているという「ピザゲート」がある。しかし、1980年代から90年代にかけてアメリカでは「悪魔のパニック(Satanic Panic)」と呼ばれる陰謀論が登場し、人々をパニックに陥れた。それは“悪魔のカルト集団”が子供たちを生贄にしているというものである。この陰謀論に多くの市民はパニックに陥った。今後も様々な陰謀論が蒸し返され、政治的な手段として利用されるだろう。

 QAnonが目指すのはリベラル派やリベラル制度の打破である。陰謀論は、そのための手段に過ぎない。アメリカの政治、社会、文化は完全に分断されている。お互いの間でコミュニケーションも成立しなくなっている。お互いが疑心暗鬼に陥っている。そんな隙間に陰謀論が忍び込み、人々が攻撃し合っている。それが現在のアメリカの状況である。宗教の世俗化はさらに進むだろう。白人労働者の生活が改善される見込みもない。エバンジェリカルと白人労働者も民主党を心の底から嫌っている。QAnonは姿を変えて、アメリカ社会に存在し続けるだろう。

 一つの可能性として、かつて一時的な運動と考えられていた「ティー・パーティ運動」が共和党の下部組織に着実に浸透し、現在では共和党内で一大勢力になった例がある。同様に共和党内にはQAnonを支持する党員も多く、共和党下部組織に浸透し、草の根のレベルで影響力を維持し、下院にQAnon支持者を送り込むことも十分に考えられる。

 日本では陰謀論をQAnonによる「マインド・コントロール」の問題であるとか、「インターネット・リテラシー」の問題として議論する識者がいる。それはアメリカ社会の現実を知らないから出来る議論である。陰謀論の背後にあるアメリカ社会の問題は、そんな簡単なものではないのである。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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