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トランプ勝利で勢いずく保守派のリベラル攻撃、次の攻撃目標は「DEI(多様性、公平性、包括性)」政策

中岡望ジャーナリスト
「反DEI」でLGBTQへの圧力が高まるか?ニューヨークのプライドマーチ(写真:REX/アフロ)

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■激化する保守派の“リベラルな制度”への攻撃/■DEIを巡るトランプ大統領とバイデン大統領の思想の違い/■DEIプログラムを中止する大学が着実に増加/■連邦控訴裁、ナスダックの「DEI規定」の導入を却下/■イーロン・マスク氏の判決に対する反応/■功を奏する保守派の反「DEI戦略」/■相次ぐ大手企業のDEIプログラムからの撤退

激化する保守派の“リベラルな制度”への攻撃

 アメリカ社会の分断は危機的な状況にある。まったく異なった社会観と倫理観を持った2つのグループが生存を賭けて争っている。大統領選挙でのトランプ勝利は、その分断をさらに深刻にするのは間違いない。戦後、作り上げられてきた様々なリベラルな制度が保守派の逆襲によって覆されつつある。

 様々な背景を持つ人々の「多様性(Diversity)」を受け入れ、すべての人を「公平(Equity)」に扱い、異なった背景を持つ人を「内包(Inclusiveness)」する社会を作るという試みが行われてきた。こうした目標を達成する試みは3つの単語の頭文字を取って「DEI」と呼ばれている。そうした試みを通して、黒人やマイノリティに対する所得格差や学歴格差、雇用差別の解消が図られてきた。女性差別も確実に改善し、女性の社会進出は進んできた。最高裁は女性の中絶権を認め、同性婚も合法化された。LGBTQも社会的に容認されるようになってきた。様々な意味で人間の「平等」と「自由」と「尊厳」が認められるようになってきた。

 だが、保守派の人々はまったく違った世界を見ている。伝統的な価値観とキリスト教的価値観こそがアメリカ社会の基本であると主張する。白人男性中心の社会や家父長的な家庭を理想と考えている。保守的なキリスト教徒は中絶やLGBTQの存在は神の教えに反すると本気で信じている。そして現在、彼らが攻撃の標的にしているのがDEIである。

 アメリカの人種差別を克服する運動はケネディ大統領とジョンソン大統領の「アファーマティブ・アクション」から始まった。黒人やマイノリティに対する差別解消の運動は、ジェンダー差別解消の運動とLGBTQに対する差別解消の運動へと広がっていった。そうした試みは着実に成果を上げてきた。

 2020年5月に黒人のジョージ・フロイド氏が警察官に殺害された事件を契機に始まった「Black Lives Matter」運動は「DEI運動」として発展し、多くの学校や企業は「DEIプログラム」を取り入れるようになった。

 だが、その一方で黒人差別を廃止する上で大きな成果を上げてきた「アファーマティブ・アクション」は、2023年6月に最高裁判決が大学入試に際して人種を考慮するのは違法であるとの判決を下したことで実質的に否定された。ジェンダーによる差別は現在も厳然として存在している。LGBTQに対する差別、特にトランスジェンダーに対する差別はむしろ激しくなっている。また企業の採用や昇進に関する「DEI」に対する取り組みも急速に後退している。

 女性の中絶権を認めた1973年の最高裁の「ロー対ウエイド判決」は、同じ最高裁が2022年に中絶に関する憲法上の規定はないと実質的に覆し、中絶の是非は州の判断に委ねられるようになった。その結果、保守的な南部の州では中絶は実質的に禁止されるようになった。中には中絶を犯罪として取り締まる州も出てきている。中絶薬や避妊薬の販売を禁止する州もある。そして現在、保守派の攻撃の矛先はDEIに向いている。彼らは、大学や企業に圧力を掛け、入試や採用、昇進でDEIを考慮するプログラムの撤廃を求めている。

DEIを巡るトランプ大統領とバイデン大統領の思想の違い

 トランプ次期大統領はバイデン政権のDEI政策を全否定する方針を明らかにしている。バイデン大統領はDEIに関する2つの大統領令を出している。最初は大統領就任直後の2021年1月20日に出した「連邦政府を通して人種的な平等を促進し、十分なサービスを受けてこなかったコミュニティを支援する大統領令」である。2つ目は2023年2月16日に出された「人種的平等をさらに促進する大統領令」である。

 バイデン大統領は最初の大統領令の中で「機会の平等はアメリカの民主主義の基盤であり、多様性は我が国の最大の強みである。しかし、あまりに多くの人にとってアメリカン・ドリームは依然として手の届かないところにある。法律や公共政策、公的機関と民間機関における固定化された格差により、個人やコミュニティに対する平等な機会はしばしば否定されてきた。正義を求める歴史的な運動は、組織的な人種差別による耐えがたい人的犠牲を浮き彫りにしている。連邦政府は、有色人種や歴史的に十分なサービスを受けられず、社会から疎外され、根強い貧困と不平等による悪影響を受けてきた人々を含む全ての人々の公平性を高めるために包括的なアプローチを追求すべきである」と、DEI政策の必要性を訴えている。

 2つ目の大統領令は「私たちはトランスジェンダーの軍入隊禁止を廃止するなど、LGBTQの完全な平等を推進する歴史的な措置を講じてきた。連邦プログラム全体で性的指向、性的自認、性的特徴に基づく差別を禁止する。同性および異人種間のカップルの権利を維持するために『結婚尊重法』に署名する。私の政権は、性別に関係なく、全ての人々が自分の可能性を最大限に発揮する機会を確実に得ることができるように、ジェンダーに対する公平と平等に関するかつてない国家戦略を実施している」と、DEI政策の取り組み姿勢を強調している。

 実はトランプ大統領も2020年9月22日に、オバマ大統領の大統領令を否定する「反DEI宣言」ともいえる「人種と性的な固定観念と戦う大統領令」を出している。その中でリベラル派の主張する「アイデンティティ・ポリテックス(identity politics)」を批判し、「現在、多くの人は、アメリカは個人の平等な尊厳はなく、社会的、政治的なアイデンティティに基づく階層社会であるという異なった見方を支持している。こうしたイデオロギーは、アメリカは救いがたい人種差別と性差別の国であり、一部の人々は抑圧者であるという信念と、人種的、性的なアイデンティティが、人間としての、またアメリカ人としての共通な地位よりも重要であるという有害で誤った信念に根差している」と書いている。DEI政策はアメリカ社会が差別社会であるという誤解に基づいていると主張している。

 さらにアメリカを人種差別や性差別の国であるというイデオロギーは「アメリカを分裂させ、偉大な我が国が共通の運命を追求するために一つの国民として統合するのを妨げている」と、リベラル派のDEI政策を批判している。連邦政府の職員の待遇に関して、「連邦政府の公務員制度は実力主義に基づいている。すべての公務員は人種や性に関係なく、人事管理のすべての領域で公平かつ平等な扱いを受ける」と、人種や性を根拠にしたDEI政策を批判している。

 保守派は、DEIは「白人に対する差別」であると主張する。ただ、こうした議論には人種差別の歴史に対する理解の欠如がある。公民権法が成立した翌年の1965年にジョンソン大統領が大統領令でアファーマティブ・アクションを導入したとき、「いきなり黒人が白人と平等だと言われても、黒人は100年間にわたって教育や雇用で差別されており、最初から同じ土俵で黒人は白人と同じ条件で競争することはできない」として、大学入試や雇用で黒人に“一定の割り当て”を設定すべきだと主張した。それが民間企業でも女性やマイノリティにも適用されるようになった。さらにDEIへと引き継がれた。

 アファーマティブ・アクションが導入されてから約60年経った。保守派は「格差の問題」は「制度の問題」ではなく、「個人の努力」の問題であり、DEI政策は白人に対する逆差別であり、採用や昇進は個人の能力によって判断されるべきだと主張する。他方、リベラル派は、黒人や女性、マイノリティは依然として社会的に差別されており、制度上の保護が必要だと反論する。

DEIプログラムを中止する大学が着実に増加

 2024年6月12日、上院議員であったバンス次期副大統領は、連邦政府の全てのDEIプログラムの廃止を求める「DEI廃棄法案(the Dismantle DEI Act)」を上院で提案している。法案は「連邦レベルで人種優先政策を実施することは平等というアメリカの前提に反することになる。人種やジェンダーといった要素に関係なく、ポストに最も相応しい人物を採用するのが合理的である」と指摘している。保守派は喝采した。保守派のクレアモント研究所アメリカン・ウエイ・オブ・ライフ・センターのアーサー・ミリク所長は「バンス議員は正しい。DEIは社会正義の皮を被った国家公認の人種差別に過ぎない。DEI解体法は、連邦機関、連邦資金を受け取っている請負企業、連邦補助金の受領者、教育認定機関に適用される」と、法律の狙いを説明している。

 こうした動きは全国に拡大している。教育現場では、教室内で人種やLGBTQに関する議論を制限する「教育緘口令(educational gag order)」が少なくとも46州で出されている。多くの大学では既にDEI部門を廃止している。フロリダ州、テキサス州、アイオワ州、ユタ州では大学内でのDEIプログラムの取り組みを禁止している。フロリダ州では大学でのDEIプログラムを禁止すると同時にDEI関連の仕事をしていた職員を100人以上解雇した。アラバマ州とユタ州では大学だけでなく、幼稚園から高等学校まで全ての学校でDEIプログラムを禁止している。カンザス州では、大学の入学、資金支援、大学での採用を行う際にDEIを考慮することを禁止している。

 企業のDEIへの取り組みを規制する動きもある。テネシー州では銀行や金融機関が顧客を対象にDEI訓練プログラムを提供することを禁止している。「DEI潰し」を画策しているマンハッタン研究所のクリストファー・フーフォ氏は「すべてのアメリカの機関でDEIを廃止することが最終目的である」と書いている。企業は保守派グループに訴訟を起こされることを怖れて、次第にDEI活動を縮小し始めている。アファーマティブ・アクションに続く、リベラル派の後退である。

連邦控訴裁、ナスダックの「多様性規定」の導入を却下

 DEIを巡る法廷闘争でもリベラル派の後退が続いている。2020年3月に店頭市場のナスダックは、同市場に上場している企業約3000社に対して女性、マイノリティ、LGBTQを少なくとも2人取締役に登用することを義務付ける「多様性規定」を導入することを明らかにした。具体的には、最低でも女性は1人、さらにマイノリティかLGBTQから1人を取締役にすることが想定されていた。同規定を満たすことができない企業に対して、その理由を説明することも義務付けている。企業に取締役会の性別と人種別などの構成を公表することも求めた。ナスダックは同規定案を証券取引委員会(SEC)に提出し、許可を得た。

 ナスダックは同規定の導入に関して、取締役会の多様性を高めることで様々な意見や声を取り入れ、従業員や顧客に対する理解を深め、企業の財務実績、株価に良い影響を及ぼすことになると主張していた。さらに取締役会の多様性が進展しない背景に企業がデータを公表していないことがあると考えていた。

 こうした動きに対して保守派は反発した。彼らは「1964年公民権法」の「人種、肌の色、宗教、性別、国籍に基づく雇用差別を禁止」の規定を根拠に、ナスダックの「多様化規定」は、白人やアジア人などを差別し、憲法違反だと主張した。2021年12月にアイオワ州司法長官は、ナスダックの最高経営責任者に書簡を送り、「多様性規定に憲法や法律が規定する差別禁止条項は適用されないのか」とナスダックの主張の正当性に疑問を呈した。また保守派はナスダックの「多様性規定」は企業に大きな負担を課すと反発し、訴訟を起こした。さらにナスダックの申請を承認した証券取引委員会は権限を逸脱していると主張した。

 ニューオリンズの連邦控訴裁判所でナスダックの「多様性規定」の合法性に関する口頭弁論が行われた。2024年12月11日に判決が出された。トランプ勝利が決まった後であり、裁判所がどのような判決を下すか注目されていた。連邦控訴裁はナスダックの主張を棄却する判断を下した。

 判決は「企業にジェンダー、人種、性的指向の多様性を持った取締役会が存在しない理由を説明する義務を負わせるような証券取引上の確立されたルールや慣行は存在しない」、「企業が取締役会の人種、性、LGBTQの構成の公表を拒否することは非倫理的ではない」と述べ、「多様性に関する規則は1934年証券取引法に合致しない」と、保守派の主張を支持している。さらに判決は「証券取引委員会の行動は本来の業務を逸脱し、他の機関の領域に侵入するものである」と、極めて厳しい言葉で証券取引委員会を批判している。

 この判決に対してナスダックは「公開を義務付けるルールは企業と投資家の双方に恩恵をもたらすという立場に変更はない。ただ判決を尊重し、さらに裁判を続ける意図はない」という声明を出した。企業の取締役会の多様性を確立しようというナスダックの野心的な試みは頓挫した。証券取引委員会も「判決内容を精査しており、次に取るべき適切な対応を決定することになる」との声明を出した。この問題を取り扱った連邦控訴裁の判事の多くは、トランプ氏が指名した判事であった。

 第1期トランプ政権で多くの保守的な連邦判事が誕生し、最高裁の9名の判事のうち6名が保守派で、そのうちの3名はトランプ大統領が指名した判事である。トランプ大統領は最高裁だけでなく、連邦地方裁、連邦控訴裁の判事の多くを指名している。保守化する連邦裁判所を考えれば、今後、DEIを巡る訴訟でリベラル派は劣勢に立たされる可能性が強い。

イーロン・マスク氏の判決に対する反応

 連邦控訴裁の判決を受け、トランプ政権で新たに設置される「政府効率省(Department of Government Efficiency)」の責任者に就任が決まっているイーロン・マスク氏とヴィベク・ラマスワミ氏は、証券取引委員会を批判する声明を「X」に投稿している。ちなみに新組織は「省」と称しているが、行政法上の法的な権限を持つ「省」ではなく、実質的に諮問委員会である。

 マスク氏は「証券取引委員会は政治的に汚いことをする兵器化された機関である。証券取引委員会は信用できない“独立委員会”である」と投稿し、ラマスワミ氏は「証券取引委員会のような機関が法律を無視して、繰り返し連邦裁判所で恥をかかされれば、法の執行機関として信頼を失う」と投稿し、DEIを促進する証券取引委員会への批判を展開している。

 トランプ次期大統領は11月に次期証券取引委員会の委員長を更迭し、新たに保守派の委員長を指名すると発表している。現委員長は2024年3月に「上場企業に気候変動に関する情報開示のルール」を提案し、共和党議員など保守派の批判を浴びていたリベラル派の委員長である。

 トランプ次期大統領を筆頭に保守派のDEI攻撃は強まるのは間違いない。保守派のシンクタンクが作成した政策集「Project 2025」にもDEI廃止が盛り込まれている。トランプ次期大統領は就任初日目に「多様性、公平性、包括性を促進するプログラムを廃止する」大統領令を準備しているという報道もある。それに伴い、連邦政府のDEI雇用政策を廃止し、政府との取引関係にある企業にも同様な措置を取ると予想される。

■功を奏する保守派の企業に対する「反DEI戦略」

 大統領令が適用されるのは連邦政府機関と政府と取引のある企業だけで、民間企業を対象とすることはできない。だが保守派グループは、トランプ2期政権の政策を受け、DEIプログラムを実施している企業に対して訴訟を起こし、圧力を掛ける戦略を取ってくるだろう。保守派は「株主はDEIプログラムが本当に経済的、社会的に正当化できるかどうか問う権利を持っている。なぜならDEIはひとつの形の差別を別の差別に置き換えたにすぎないからだ」と主張している。特定のグループを優遇することは、別のグループを差別することになっているという理屈である。また「多様化政策に基づく採用政策は、優秀な人材確保を阻害し、DEIプログラムは職場での規制の一貫性を乱している」と批判している。

 トランプ勝利の貢献者であるマスク氏は2024年1月4日に「X」に「人種やジェンダーなど多くの要因に基づくDEIは単に非道徳的であるだけでなく、違法である」と投稿している。ヘッジファンドのマネジャーで億万長者のビル・アックマン氏は「DEIは抑圧された人々のために活動することを目的としているが、その実施に際して本質的に人種差別かつ違法な運動である」と語っている。

 企業は訴訟を怖れ、DEIプログラムを見直す動きが出ている。コンサルティング会社パラダイム・ストラテジーのジョエル・エマーソンCEOは「保守派の戦略は功を奏しており、企業ではDEI批判が主流になっている」と語っている。こうした動きを『Daily Caller』誌は「企業は多様化政策から静かに後退している(Corporations are quietly walking back from their Diversity policies)」と表現している。

 大手企業団体のコンファレンス・ボードの幹部は「割り当てのような制度はこれ以上受け入れられない」と、DEIプログラムを批判している。大手投資会社のブラックストーンは「人種的多様性ではなく、社会経済的な多様性」に焦点を当て、社内ではDEIに代わり「福祉と内包性(Wellbeing and Inclusion)」という言葉を使っている。

■相次ぐ大手企業のDEIプログラムからの撤退

 大統領選挙でトランプ氏が勝利したことでDEIプログラムを変更する企業が急速に増えている。2100万人の従業員を雇用するスーパーマーケットの最大手ウォールマートは11月25日に従業員向けの「人種差別研修プログラム」を終了すると発表した。さらに2020年のジョージ・フロイド殺害事件を契機に始まった「Black Lives Matter」運動を受け、アフリカ系アメリカ人の差別解消の慈善活動を行う「人種平等センター」を設立したが、同センターの活動も継続しないと発表した。同社は女性やマイノリティ、LGBTQが株式の51%を所有するサプライヤーから優先的に購入する方針を取ってきたが、それも見直しの対象となっている。

 ウォールマートはDEI関連のプログラムで5年間に1億ドルの資金を使っている。DEIプログラムの見直しは、保守派の攻勢と資金的な負担も要因となっている。CNNは「ウォールマートの方針の変更は多様化プログラムを重視する企業で広範な撤退が起こっていることを示す兆候である」と指摘している(2024年11月26日「Walmart rolls back DEI programs after right-wing backlash」)。同社はDEIプログラムだけでなく、気候変動を阻止するプログラムや、LGBTQが行うプライドマーチへの支援などのからも撤収する方針を明らかにしている。

 航空機製造企業のボーイング社もDEI政策の転換を打ち出している。同社ではデイブ・カフルーン前CEOの下で黒人やマイノリティの従業員を積極的に採用してきた。新CEOは10月にDEIプログラムを促進する「グローバルな多様化、公平性、包括性部」を解体したと発表している。同社は「人種的、性的なアイデンティティではなく、真に人々を思いやり、能力に基づいて採用する」と発表している。要するに性別や人種などに基づく採用や昇進は行わないということである。

 自動車会社のフォードもフロイド事件以降、DEI活動への取り組みを積極的に行っていたが、最近になって「LGBTQ擁護団体による年次調査には今後は参加せず、マイノリティが経営する販売店やサプライヤーに対する割り当ても適用しない」と、DEI離れの方針を明かにしている。同社は「安全で包括的な職場の育成に引き続き務める」としながら、「当社の従業員と顧客は幅広い信念を持っており、政治的および社会的な問題に関する外的環境、法的環境が変化しつつあることを念頭に置いている」と、やや持って回った言い方だが、DEIに反対する組織への気配りを見せている。

 こうしたフォードの動きに対して、DEI擁護者は「フォードは圧力に屈し、包括性などの中核的な価値観がもはや職場での優先事項でなくなったことを示唆している」と批判している。

 オートバイ・メーカーのハーレーダビッドソンも8月に「当社は2024年4月以降、DEI活動を停止している」と発表している。さらにLGBTQ擁護団体との関係も解消するとしている。社内研修でも「社会的動機に基づく内容を持ち込まない」と、DEI運動から距離を置く方針を明らかにしている。

 トヨタ自動車も同様な動きを示している。10月に従業員とディーラー宛てに書簡を送り、「DEIプログラムの見直しとLGBTQイベントへのスポンサー契約を打ち切る」と書いている。ホーム・センターの大手ロウズも8月に社内メモが暴露された。メモには、DEI支援プログラムを他の社内プログラムと統合すること、LGBTQによるプライドマーチなど様々なコミュニティ活動への参加を中止することなどが書かれている。

 『Axios』は、DEIプログラムを中止した企業を対象にした上場投信が設定されていると伝えている(2024年12月11日、「Trump’s election win boosts anti-DEI investing」)。新ファンドは「Azoria Meritocracy Fund」と呼ばれ、採用や昇進でDEI割り当てを実施している30社を投資対象から除外している。除外対象の企業は、新規採用の社員の3分の1を黒人、先住民族、有色人種にする方針のBest Buy社、販売管理部門の40%をジェンダーや人種の多様性に基づいて配置する方針を表明しているthe United Rentals社、2025年までに全企業レベルでジェンダーと人種など多様なスタッフを30%にまで増やす目標を掲げているStarbucks社などである(ただStarbucks社は多様性の目標は期限切れで、延長しないとの報道もある)。

 こうしたアメリカの動きは日本にも影響を及ぼすだろう。日本は理論や理屈ではなく、雰囲気で動く社会である。今回のトランプ勝利の背景には、有権者の間に過剰に差別発言を攻撃する「ポリティカル・コレクトニス」に対する反発があったとの指摘もある。トランプ政権下でのアメリカ社会の変化が日本での議論に影響を与えるのは間違いないだろう。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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