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FBIが「民主主義の脅威」と名指した陰謀論グループ「QAnon」の実態に迫る

中岡望ジャーナリスト
トランプ大統領の政治集会に姿を現したQAnon、掲げる旗には「Q」が描かれている(写真:ロイター/アフロ)

■  アメリカの歴史は陰謀論の歴史である

 アメリカの社会や政治を見ていると、小説や映画が表現する様々な陰謀が事実ではないかという気がする。映画で描かれる大統領などの要人の暗殺や暗殺未遂、政治家の権力を巡る権謀術策の数々、スパイの暗躍、大企業の欺瞞などがフィクションの世界の話ではなく、現実の世界の話ではないかと思うことがある。これから説明する「QAnon」も、そうしたフィクションを超えるノンフィクションの世界の話である。

 アメリカの歴史は陰謀論の歴史でもある。最初の陰謀論は1850年代に登場する。当時、カトリック教徒の移民が急速に増えたが、アメリカの陰謀論者は、これはローマ・カトリックがカトリック教徒を計画的にアメリカに移民させ、アメリカ大陸からプロテスタントを放逐する隠れた目的があると主張した。それに伴いカトリック教徒の排斥と弾圧が始まり、それを支持する政党「ノー・ノッシング」が結成された。

 トランプ大統領の誕生はアメリカ社会の暗部に隠れていた様々な妖怪を呼び戻した。リベラル派が主張する“Identity Politics(人種や性別に基づく政治)”や、差別的発言を禁止する“Political Correctness”のもとで、沈黙を強いられてきた白人至上主義者が公然と自己主張を始めた。もはや歴史の教科書でしか名を聞くことがないと思われていた人種差別主義者集団のKKKの指導者も公共の場に姿を現し、トランプ大統領を礼賛し始めた。さらにSNSのオンライン上にQAnonと呼ばれる現代の妖怪が誕生した。

■  QAnonの敵は”Deep State(影の国家)”

 QAnonは、リベラル派の政治家や官僚、国際主義者が「Deep State(影の国家)」を形成し、アメリカだけでなく世界を陰で支配し、操っていると主張する。気候変動やコロナウイルス感染、主要メディアのフェイク・ニュースの報道はすべてDeep Stateの陰謀であるという。Deep Stateを支配するエリートたちは、少女を誘拐し、その血を飲んでいると荒唐無稽な陰謀論を展開している。

 コロナウイルス感染もDeep Stateが仕組んだトランプ大統領追い落としの陰謀だと主張する。G5陰謀説、反ユダヤ主義、反移民主義などを唱えている。QAnonは基本的にネオ・ナチであり、女性の基本的な人権を否定する。QAnonは、自分たちの目的はDeep Stateを操るエリートに対する反革命を行うことだと主張する。こうした主張は保守派の主張と共鳴し、保守勢力の中で一定の政治的影響力を持ち始めている。

■  姿を見せ始めたQAnonの狙いは何か

 QAnonは、トランプ大統領は国家の最高機密を知る立場にある諜報・軍事関係の人物「Q」に選ばれ、Deep Stateを破壊する使命を与えられているという。QAnonは、Qの信奉者や追随者を意味する。QAnonは、オンライン上でQから“暗号(code)”を受け取り、それを仲間内で議論し、解釈し、行動するグループである。

 2019年5月30日にアメリカのヤフー・ニュースがスクープしたFBIのレポートは「政府高官と思われるQがDeep Stateの関係者や、子供を性目的で誘拐する幼児性愛者の国際組織に加担するエリートによる陰謀を排除するために、トランプ大統領が密かに行っている努力を明らかにするためにオンライン上に機密情報を掲示している」と、QAnonの目的の目的を明らかにしている。

 QAnonはオンライン上のやり取りに留まらず、オンラインの闇から姿を現し、オフラインで「QAnon運動」を展開するまでになっている。今年の夏以降、QAnonは、トランプ大統領の政治集会で「Q」と大きく書かれたプラカードや「We are Q」と書かれた横断幕を掲げ、胸に「Q」と印刷されたシャツを着て、存在を誇示する行動を取り始めた。さらに新たな政治活動として、共和党の連邦議会候補の予備選挙で同調者を推薦し、政治に直接的な影響力を与える動きを見せ始めた。

 9月28日の『ニューヨーク・タイムズ』にコラムニストのケヴィン・ローズ氏は「QAnonとは何か。トランプ支持派のウイルス性の陰謀論か」と題する記事を寄稿している。同氏は、その記事の中でQAnonは一過性のウイルス現象なのか、それとも今後もアメリカの政治に永続的な影響を与える存在になるのかを問うている。そして「QAnonは今まで取るに足らない瑣末な現象であった。真面目な大半の人々は無視していた」と書く。ローズ氏は8月13日付けの同紙にも「QAnonは瑣末な存在か。かつてTea Partyもそうした存在であった」という題する記事を寄稿している。2つの記事を読み合わせてみると、同氏は、QAnon現象は一過性のものではないと考えているようだ。

■  Tea Party運動とQAnon運動の共通性

 Tea Party運動とは、反オバマ運動として始まった財政保守派の運動である。2009年2月にシカゴの先物市場のひとりのトレーダーがオバマ大統領を批判するコメントをSNS上に掲載したとき、ほとんどの人は気にもかけなかった。だが、そのコメントは燎原の火のように全国に広がり、草の根のTea Party運動へと発展していく。民主党は言うに及ばず、共和党の穏健派も、そうした動きをまったく意に介さなかった。だが、現在、下院共和党の中に100名を超すTea Party議員団が結成されるまでになり、彼らは共和党内の穏健派議員放逐の急先鋒に立っている。

 QAnon運動は、政治の舞台で脇役ではあるが、無視できない役を勝ち取りつつある。ローズ氏は「Twitter、Facebookなどのソーシャル・ネットワークには、コロナウイルス感染やBlack Lives Matterの抗議活動、2020年の選挙に関してQAnonが発信した虚偽情報で溢れるようになっている」と、QAnon運動の急激な盛り上がりを指摘している。こうしたQAnonの動きに対して、現在、主流派メディアは当惑しながら「QAnonは何か」と自問し始めている。

 『Mother Jones』誌は8月20日に「QAnonが主流になった夏」と題する記事を掲載し、トランプ大統領の政治集会で存在感を示したQAnonの姿を報じている。同記事は、QAnonの追随者は「根拠や証拠もなく、トランプ大統領がリベラル派のロリコンの陰謀集団を打ち倒すためにDeep Stateの官僚たちとの戦いに取り組んでいる」、「3月の段階までQAnonはまったく瑣末な存在であった。MAGA(Make America Great Again=アメリカを再び偉大に)の運動の一部として知られていたにすぎない。QAnonは、主流派の人々にとって触れば火傷をするような存在だった」と、QAnonの保守陣営の中に占める位置を説明している。

■  トランプ政権の関係者も公然とQAnon支持を表明

 7月4日、トランプ大統領の国家安全保障担当補佐官を務め、ロシア疑惑で辞任したマイケル・フリン氏がビデオをオンライン上に掲示し、その中に「Where we go one, we go all」というQAnonのモットーを掲げ、QAnon運動を支持する姿勢を明らかにした。7月18日にニューヨーク市警察官組合の幹部がフォックス・ニュースに登場した際、QAnonと書かれたマグカップを持っているシーンがツイッターで流された。ツイッターを紹介した記事には、次のような文章が書かれていた。「フリン一人ではない。トランプ大統領の外交政策顧問のカーター・ペイジもQAnonのモットーをSNSに掲示している。今月、大統領の息子のエリックも、Qの発したコンテントを掲示した(すぐに削除したが)」と。トランプ政権内部からも公然とQAnonを支持するようなコメントが相次いで出てきた。

 『ブルームバーグ』は8月22日に「QAnon:アメリカの政治に忍び込む陰謀論」と題する記事を掲載し、QAnon運動を分析している。『ニューヨーク・タイムズ』も8月4日付けの紙面に「QAnonは21世紀の最も危険な陰謀論か」という非常に長い記事を掲載。軍事関係の専門紙『ディフェンス・ワン』は8月31日に「QAnonがすべての人々の問題になった週」と題する記事を掲載している。先に指摘した『マザー・ジョーンズ』誌の記事は「インターネット・トラフィック・データを見れば、QAnonが主流派の一角に足を踏み入れたことは確かだ」と、その存在がもはや無視できなくなったことを認めている。

■  トランプ大統領とQAnonの奇妙な共生関係

 トランプ大統領は、この奇妙な陰謀論を支持している。QAnonについて記者に質問されたとき、トランプ大統領は「私はQAnon運動についてあまり知らないが、彼らが私を非常に愛していることは知っている。大いに感謝している。彼らは我が国を愛する人々である」と答えている。この答えはQAnonが待ち望んでいた答えである。QAnonは、白人労働者、エバンジェリカルと並ぶトランプ大統領の強力な支持者になっている。QAnonは、トランプ大統領はこの世界に善性(goodness)を取り戻すために選ばれた人物であると信じている。またトランプ大統領が“下品な人物”のように行動し、多くの失敗をしたように見せかけているのは、敵にトランプ大統領がいかに天才であるかを悟らせないためであるとも主張している。いささか子供じみた主張であるが、それだけQAnonのトランプ大統領に対する信頼は厚い。

 ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンは8月24日に『ニューヨーク・タイムズ』に「QAnonはトランプの最後で、最善のチャンス」という記事を寄稿している。その中で「QAnonのような陰謀論は、ここ数十年、ずっと見られた。QAnonは、自分の失敗をすべてソーシャル・メディアと“Deep State”の策謀のせいにするトランプ大統領のおかげで人々の目に留まるようになった」と指摘。トランプ大統領は恐怖を煽ることで、国民の支持を得ようとしている。その危機意識を増幅させる役割を担っているのが、QAnonである。トランプ大統領はQAnonの陰謀論を取り込む戦略に基づいて行動しているというのが、クルーグマン教授の分析である。

 2016年の大統領選挙で劣勢が予想されたトランプ候補は、極右で陰謀論を主張するオルトライト(Altright)の指導者スティーブン・バノンを選挙参謀に迎え、ヒラリー・クリントン候補を攻撃する陰謀論を展開し、形勢を一気に逆転した。オルトライトは、Facebookを使い、ヒラリー・クリントン候補を中傷するフェイク情報を大量に発信し、選挙結果に影響を与えた。同じようにQAnonもSNS上でトランプ大統領に有利な根拠のない陰謀情報を流し続けている。そうした情報が一部の有権者に大きな影響を与えることは十分にありえる。その意味で、クルーグマン教授が指摘するように、QAnonは大統領にとって最善のチャンスになるかもしれない。QAnonのリベラル派のエリート批判は、ポピュリズムに通じる考え方である。トランプ大統領はポピュリズムを背景に権力を得た人物である。

■  アメリカ社会におけるQAnonの認知度

 世論調査法人ピュー・リサーチ・センターは、2020年3月30日に「QAnonの陰謀理論がアメリカの政治に徐々に浸透しているが、ほとんどの人は、それが何か知らない(QAnon’s Conspiracy Theories have seeped into U.S. politics, but most don’t know what it is)」と題する報告書を出している。2月から3月にかけて行われた調査では、QAnonを知っているかという問いに対して回答者の76%がまったく知らないと答えている。少し知っているは20%、良く知っているはわずか3%に過ぎなかった。アメリカ国民にとってQAnonは未知の存在といえる。QAnonの持つ危険性に気づいていないのである。

 しかし、ニュースのウエブサイトで誰でも記入できる電子掲示板の一種であるRedditの利用者の47%がQAnonを知っており、Twitterの利用者の38%、YouTube利用者の32%、Linkedinの利用者の27%、Facebookの利用者の22%が、QAnonを良く知っていると答えている。QAnonは、従来とはまったく違った場所で陰謀情報を拡散しているのである。QAnonを知っている層は、既存メディアに不信感を抱いている層でもある。彼らは、主流派メディアがフェイク・ニュースを流していると主張するトランプ大統領に共感を覚える層でもある。

■  QAnonを支えるソーシャル・メディアの存在

 FBIのフェニックス支局の捜査員から提出された報告書は、「陰謀理論に基づく国内の極右勢力の脅威が増大している」と指摘し、QAnonを「民主主義の脅威」と明確に規定している。さらに「こうした陰謀論が登場し、拡散し、現代の情報マーケットで進化し、時には極右的なグループや個人を犯罪行為や暴力行為に駆り立てる可能性がある」と、その危険性を指摘している。QAnon運動は、国内テロの危険性を孕んでいるのである。そして「こうした陰謀論が2020年の大統領選挙期間中に増加する可能性がある」と指摘しており、その予想通り、2020年に入ってQAnonは著しい増加を示している。

 FBI報告は、陰謀論はアメリカの歴史では特に珍しいものではないが、陰謀論を巡る状況は以前よりも悪化していると分析。その理由として、「インターネットとソーシャル・メディアの誕生で、陰謀論の推進者がオンライン・プラットフォームを通じて、多くの情報の消費者が迅速かつ容易にアクセスできる膨大な量の情報を提供し、共有することができるようになった」からだと分析している。

 極右グループやヘイト・グループ、フェイク情報を流すグループのオンライン活動を追跡しているシンクタンクISDが、QAnonの活動に関する報告書を出している(The Genesis of Conspiracy Theory: Key Trends in QAnon activity since 2017)。同研究所は、「QAnonは、幼児性愛者のエリート・グループが何十年に渡って世界を支配していると主張し、トランプ大統領はこのグループを裁きの場に引き出す秘密の計画を持っていると信じている広範な陰謀理論のグループである」と定義。幼児性愛者というエリート集団の存在というのは奇妙な理屈ではあるが、実際には子供が性的な目的で誘拐されているという主張を聞き、過剰反応を示す母親は少なくない。アメリカ社会には、そうした奇妙な主張を受け入れる素地が確実にある。

■  国際的な広がりを見せるQAnon運動

 同研究所は2017年からFacebook、Instagram、TwitterとInstagramの4つのフラットフォームでQAnonの活動を追跡し、「この4つのプラットフォームが、この危険な理論を拡散するうえで重要な役割を果たしている」と指摘している。さらに「2020年に入って、同陰謀論はさらに多くの参加者を獲得している」と書く。その理由として、コロナウイルスの蔓延で家庭に閉じ込められた人々が、プラットフォームに頻繁にアクセスするようになったことを指摘している。さらにQAnonの活動の目的は「トランプ大統領の政治的な敵を誹謗中傷し、トランプ大統領の支持者を偶像化することである」としている。さらに注目すべき指摘は、QAnonの陰謀論がアメリカだけでなく、イギリス、カナダ、オーストラリアでも確実に拡散しているという事実である。

 同研究所によれば、2017年10月27日から2020年6月17日の間にQAnonはTwitterで694億7545万件ツイートされている。Facebookには48万7310件が掲載され、Instagramでは28万1554件のQAnon関係のハッシュ・タグが作成されている。最も多くQAnonが登場するのはTwitterである(2020年3月~5月:1202万件)が、伸び率が多いのはFacebookである(同18万8855件)。

 もうひとつ別の報告書を紹介する。陸軍士官学校のコンバッティング・テロリズム・センターが発行する『CTC Sentinel』(2020年7月号)は、「The QAnon Conspiracy Theory: A Security Threat in the Making」と題する報告書を掲載している。そこには「QAnonは、将来、国内のテロの脅威により大きな影響を与えるようになり、公共の安全にとって脅威となるだろう。西欧社会でテロリストの暴力が記録的に増加し、QAnonが主流派の政治的議論により大きな影響を与えるようになっていることを考慮すれば、QAnonの脅威は本物である」と指摘している。

■  QAnonの暗号によるコミュニケーション方法

 QAnonの名称の由来を説明しておく必要がある。QAnonは「Q」と「Anonymous (匿名の、無名の)」を結びつけた造語である。諸説あるが、トランプ大統領が「ワシントンを17回訪れた」と繰り返し発言たことを受け、「17」という数字に特別な意味づけをし、アルファベットの17番目の文字である「Q」が使われたという説が一般的である。「Anonymous」は、「匿名」という意味であり、Qを支持する追随者を意味している。

 QAnonのコンセプトが創られたのは2017年10月28日で、4Chan上のチャット・フォーラムに匿名で、IDがQの最初のメッセージが掲載された。「嵐の前の静寂(Calm before the Storm)」というスレッドが「Q Clearance Nationalist」という匿名の人物によって立てられた。「嵐の前の静寂」という表現は、トランプ大統領が2017年10月5日に行った演説の中で使われた言葉である。QAnonは、常にQの発する暗号とトランプ大統領の発言を関連付けている。

 Qは国家機密に近づける諜報機関、安全保障担当部門に所属する人物と思われている。この人物は”Q Clearance”と呼ばれ、機密情報にアクセスする権限が付与されている人物を意味する。QAnonは、QがDeep Stateのエリートに対する反革命のプロットについて少しずつ情報を提供していると信じている。Qが提供する暗号情報の真偽はトランプ大統領の演説のなかに織り込まれた言葉やフレーズによって裏付けられると考えている。QAnonは、リベラル派のエリートに対する反革命を「大覚醒(the Great Awakening)」と呼んでいる。QAnonは、リベラル派の嘘をすべて明らかにする「大覚醒」を「福音的真実(gospel truth)」と捉えている。アメリカの歴史で2度の宗教的な「大覚醒」があったが、それになぞらえた言葉であると思われる。

 QAnonは、このDeep Stateに対する反革命を「善」と「悪」の最終戦争であると主張する。これは『聖書』に書かれた世界終末の最終戦争ハルマゲドン(Armageddon)の考え方に通じる。その過程を経て、トランプ大統領はアメリカを“再び偉大な国家”にするというのが、QAnonの考え方である。ちなみに多くのアメリカ人は、世界を善と悪と戦いの場であると考える傾向が強い。最後の審判であるハルマゲドンが必ず起こること信じているのである。

■  QAnon運動は“オンライン宗教”である

 Qから断片的に提供された情報は「drops」と呼ばれるルートを通して提供される。この情報は暗号化(code)されており、「crumbs(パンくず)」と呼ばれる。このパンくずを集め、分析する解釈者は「baker(パン屋)」と呼ばれる。パンくずを集めたパン屋は、Qが提供した情報に特定の解釈を与える。その解釈を巡って、チャットルームでQAnonは議論を行う。その議論はあたかもインターネット上のゲームのようなもので、参加者は謎解きに加わり、仲間と同志的な共感を得るようになり、次第にQAnon運動に取り込まれている。

 QAnonの増大を、社会学的にどう解釈したらいいのであろうか。QAnonはQが提供した暗号をゲーム感覚で謎解きに興じる。こうしたオンライン上でのやり取りは、QAnonがお互いを癒し合う効果も持つ。QAnon運動は「オンライン宗教」であるとの指摘もある。社会から疎外され、不安を抱く若者が自分の場所を得る場所であり、自己主張できる場所でもある。これは日本の新興宗教にも似た側面がある。

 もうひとつの側面として、QAnonの宗教的発想がある。ジャーナリストのボニー・クリスチャン氏は、QAnon運動は宗教運動に似ており、「QAnonはエバンジェリカルや原理主義キリスト教徒の一部に共通する終末論的な発想に基づいている」と指摘する(「Is QAnon the newest American Religion」、『The Week』2020年5月21日)。したがってチャットボードでの会話に頻繁に『聖書』の言葉が引用される。コンコーディア大学のQAnon研究者マーク・アンドレ・アルゼンチーノ氏も「QAnon運動の一部のグループは、QAnonの陰謀論を通して『聖書』を解釈している」と指摘する(「The Church of QAnon: Will conspiracy theories form the basis of a new religious movement」、『The Conversation』2020年5月18日)。同氏は、QAnonの交流の場になっているサイト”Reddit”はあたかも秘密教団のメンバーが“共通の神”について語り合う教会のような役割を果たしているとも指摘する。これは筆者の推測だが、QAnonに多くのエバンジェリカルに関わっているのではないかと思われる。

■  ポスト・トランプにQAnonはどうなるのか

 QAnonはトランプ大統領をアイコン(偶像)としてきた。大統領選挙でトランプ大統領が再選されれば、QAnon運動はさらに加速化、過激化する可能性がある。だが現状では再選は難しい状況にある。その場合、QAnonはウイルス感染のように一過性の現象として消え去るのであろうか。それとも形を変え、生き延びていくのであろうか。

 QAnonは既に共和党内に一定の支持者を得ている。支持者を連邦議会に送り込む活動も行っている。今回の下院議員選挙でQAnonは14人の候補を推薦し、ジョージア州第4選挙区でQAnon支持を公然と語るマージョリー・グリーン候補が予備選挙で勝利を収めている。また上院議員選挙でも、オレゴン州の共和党はQAnon支持者のジョー・パーキンス氏が予備選挙で勝利し、正式な候補者に指名されている。同候補は「私はトランプ大統領と共にある。私はQAnonと共にある。QAnonに感謝する。一緒に我が共和国を救おうではないか」と演説している。かつてTea Party支持派が共和党地方支部に入り込み、予備選挙で中道派を排除し、連邦議会内で一定の勢力を確保したケースと似たパターンで、QAnonは着実に共和党に浸透しつつある。

 QAnonを支持する一定の層がアメリカ社会には存在する。また陰謀論はアメリカの社会や政治の一部になっている現実もある。どのような形になるにせよ、QAnon運動は生き続ける可能性が強い。QAnonは、FBIが指摘するように、暴力的なテロ行為に走る懸念も否定できない。キリスト教の指導者の中には、世界を救うためにQAnonを評価し、武装訓練の必要性を説いている人物もいる。QAnonが、アメリカの民主主義にとって、潜在的な脅威になっていることは間違いない。QAnonを奇妙なオカルト政治集団として過大に評価するのも問題だが、軽視するのは、それ以上に危険かもしれない。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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