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トランプが勝利した「本当の理由」:支持基盤を拡大するトランプの「ポピュリスト連合」と変わる政治の構造

中岡望ジャーナリスト
トランプの熱狂的支持グループ「MAGA」の人物(写真:ロイター/アフロ)

【目 次】(総字数:約9,500字)

■確実に進むアメリカの政治構造の変化/■ラテン系の票と黒人票が大統領選挙の勝敗を決めた/■なぜラテン系有権者は移民差別論者のトランプを支持したのか/■「公民権運動」を知らない若い黒人たちは共和党支持へ/■出口調査からみたラテン系有権者と黒人有権者の動向/■なぜトランプは共和党を支配できるようになったのか/■トランプ勝利の背後にあるアメリカの深刻な分断と政治再編成/■トランプはポピュリズムを煽った/■共和党の地方組織を支配するエバンジェリカル/■トランプの「トランプ連合」は永続するのか=(文中敬称略)

確実に進むアメリカの政治構造の変化

 大統領選挙でのトランプ勝利は、アメリカ社会の“分断”の深刻さと、強力なトランプ支持層の存在を再確認させる結果となった。「なぜトランプは勝利したのか」を理解しないことには、今後のアメリカの政治動向を予測できないだろう。単に選挙分析をするのではなく、長期的なアメリカ社会と政治の変化を理解する必要がある。トランプ勝利の背景には、アメリカ社会と政治の“構造的な変化”が存在している。

 “構造的な変化”を把握するのは難しい。2016年の大統領選挙以降、確実に構造変化は始まっていた。共和党の戦略家のPatrick Ruffiniは著書『Party of the People-Inside the Multiracial Populist Coalition Remaking the GOP』(2023年刊)の中で、「白人の党」と見られてきた共和党は、労働者やヒスパニック・ラテン系アメリカ人、黒人、農民を支持母体とする「多人種を主体とするポピュリスト連合」に変わってきていると指摘している。労働者や少数民族は長い間、民主党の圧倒的な支持基盤であった。さらに共和党の支持基盤は、低所得層にも広がっているとも指摘している。

 そうした構造変化は2016年の大統領選挙当時から指摘されていたが、2020年の大統領選挙で民主党のバイデンが勝利したことで、人々の意識から抜け落ちていった。2024年の大統領選挙は、共和党の支持構造の変化が現在に至るまで途切れることなく続いていることを明らかにした。そしてラテン系有権者と黒人有権者の一部が民主党から離反し、「激戦州」でトランプに投票したことが、大統領選挙の結果を決めることになった。ハリスは、ペンシルバニア州やオハイオ州、ウィスコンシン州などの7つの激戦州ですべて敗北した。これらの州はヒスパニック系住民の多い州である。彼らの投票が選挙結果を決めた。

■ラテン系の票と黒人票が大統領選挙の勝敗を決めた

 今から振り返って見ると、多くのメディアが選挙前から「大統領選挙を決めるのはラテン系の票と黒人票である」という分析記事を掲載していた。たとえば『Los Angeles Times』は2024年1月19日に「Iowa provides hints to how Latinos are voting in 2024(アイオワ州は2024年の選挙でのラテン系有権者がどう投票するのかヒントを与えている)」と題する記事の中で、ヒスパニック系住民が半数を占めるアイオワ州の小さな農村デニソンの選挙状況を報告している。小さな農村の住民の半分はラテン系住民で、長い間、民主党の強固な地盤であった。だが状況は変わった。2008年と2012年の大統領選挙でオバマに投票したラテン系の女性は「オバマは約束を守らなかった。トランプは約束したことを実行してくれる。民主党候補は雄弁に話すが、行動が伴わない」と、民主党への不満を口にしていた。同記事は「この郡は労働者階級の住む郡であるが、近年、民主党は選挙で苦戦している」と指摘している。2020年の大統領選挙ではトランプが68%の票を獲得している。

 『Financial Times』は8月7日に掲載した記事「The Latino swing voters who could decide the US election」で、ラテン系有権者が大統領選挙の帰趨を決定する可能性があると指摘している。選挙結果は、その分析通りになった。

 『The Free Press』は選挙後の11月13日に「The Latino Democrats Who Flipped for Trump: A Report from the Border(トランプに寝返ったラテン系民主党員)」と題する記事を掲載している。メキシコ国境に接するテキサス州スター郡のアルベルト・オリパレス市は、長い間、民主党の支持基盤であった。小さな市の有権者が、何を考え、誰に投票したかを報告している。

 54歳のヒスパニック系の男性は「自分は民主党員だったが、それは家族が全員民主党員なので、家族と違った立場に立つのが嫌だったからだ」と述べ、オバマ政権の移民政策が嫌いで民主党を離れたという。そう決断したとき、「まるで家族と訣別しなければならないような気持になった」と語る。彼は郡保安官選挙に立候補した。1880年代以降、最初の共和党員の立候補である。今回の大統領選挙でスター郡では約58%がトランプに投票した。同郡が共和党の大統領候補に投票したのは1892年のベンジャミン・ハリソン候補以来である。男性は「リオグランデ―・バレーで政治の地殻変動が進んでいる。これは全国的に起こっている状況を反映している」と語り、「共和党は昔の民主党だ」と付け加えた。「昔の民主党」とは、労働者や少数民族を支持基盤としていた頃という意味である。だが、現在は共和党が低学歴の労働者を支持層とする「労働者の党」に変わっているのである。

 それでも疑問が残る。トランプはラテン系アメリカ人を強姦犯や殺人者、麻薬の売人と呼び、多くのラテン系アメリカ人を強制送還すると語っている。それにもかかわらず、ラテン系有権者の46%、ラテン系の男性有権者の55%がトランプに投票している。2020年の36%から大幅に増加している。ラテン系有権者の多い選挙区では、全国平均でトランプが獲得した票は10ポイント増えている。

■なぜラテン系有権者は移民差別論者のトランプを支持したのか

 なぜ、今回、そうした変化が起こったのか。ひとつは、世代交代が進んでいることだ。若い世代は「ラテン系アメリカ人は民主党支持」という固定した考えを持っていない。たとえばテキサス州ではラテン系アメリカ人は有権者の3分の1を占めており、ラテン系有権者の4分の1は初めて大統領選挙で投票する新有権者である。彼らはイデオロギーよりも経済的な実利を重視する。多くのラテン系アメリカ人は、リベラル派が主張する人種問題や女性問題に力点を置く「identity politics」に欺瞞性を感じるようになっている。

 ジャーナリストのゾチル・ゴンザレスは「ラテン系アメリカ人は性差別、宗教的保守主義、人種差別などの問題(あるいは白人に同化したいという願望)でトランプに投票した。もっと単純な解答がある。それはトランプが繁栄を象徴していることだ。アメリカでは経済的に繁栄できるし、それがアメリカのすべてである」と、ラテン系アメリカ人のトランプ支持の心情を説明している(『The Atlantic』2024年11月9日、「Why Did Latinos Vote for Trump?」)。

 『The Guardian』も「白人男性がトランプに魅力を感じているのなら、ラテン系の男性がトランプに魅力を感じても不思議ではない」、「右翼のレトリックは恐ろしいものだったが、民主党のレトリックは多くのラテン系アメリカ人を失望させた。彼らは多くを約束したが、ほとんど実現しなかった」というラテン系住民の声を紹介している。そして少数民族は民主党支持であるべきだという民主党の傲慢さがラテン系有権者の離反を招いたと分析している(2024年11月9日、「How Trump won over Latino and Hispanic voters in historic number」)。

 『New York Times』は興味深い指摘をしている(2024年10月13日、「Why is Trump Gaining with Black and Hispanic Voters?」)。同記事は「トランプの中核的なポピュリズム的、保守的なメッセージは、黒人やヒスパニック系の有権者のかなりの部分に共鳴するものがたくさんある」として、黒人有権者の約40%、ヒスパニック系有権者の43%がメキシコ国境に壁を建設することに賛成し、それぞれ45%と41%が不法移民の強制送還を支持していると書いている。黒人有権者の47%、ヒスパニック系有権者の約50%が都市部の犯罪が問題だと考えている。これは共和党支持者とほとんど変わりがない。

■「公民権運動」を知らない若い黒人たちは共和党支持へ

 ギャラップ社は2024年2月7日に「Democrats Lose Ground with Black and Hispanic Adults(民主党は黒人とヒスパニック系の地盤を失っている)」と題する調査報告を発表している。民主党が黒人の支持率で共和党を圧倒的にリードしているが、「現在の47ポイントのリードは1999年以降ギャラップが世論調査の記録で最も低い。2020年の66ポイントから19ポイント減少している。2023年のヒスパニック系成人の支持率で民主党が共和党を12ポイントの差をつけているが、これは2011年以降最低である」と指摘している。

 『NPR(National Public Radio)』は2024年8月14日に「Young Black voters are becoming more conservative than their parents. Here’s why(若い黒人は親よりも保守的になっている)」と題する記事を掲載している。黒人は民主党の最大の支持者である。1960年代に「公民権法」や「投票法」を成立させ、黒人差別を撤廃させたのは民主党であった。2020年の大統領選挙ではバイデンに投票した黒人は92%、トランプに投票したのは8%に過ぎなかった。しかし、同記事は「ここ数年、黒人有権者の中に大きな変化がみられる」と、50歳以上の黒人の7%が共和党支持だが、50歳未満では17%に増えていると指摘している。

 特徴的なのは、「公民権運動」を知らない若い黒人たちの間で共和党支持者が増えていることである。ある専門家は「若い黒人たちは公民権運動世代から何度も排除され、公民権運動を過去の歴史と受け止め、自分たちのアイデンティティを形成している。既存の政治制度にも不信感を抱き、トランプや共和党を支持する傾向が強くなっている」と語っている。若い世代の黒人にとって民主党支持は前提ではない。黒人の若者にとって民主党は“現状維持派”であり、トランプは“現状打破派”と映っている。11月の選挙ではZ世代の4000万人が新有権者になった。その半分が有色人種で、600万人が黒人の若者である。保守化する黒人の若者が選挙に大きな影響を与えたことは間違いない。

 民主党は大統領選挙、上院選挙、下院選挙のすべてで敗北を喫した。さらに一般投票でも20年ぶりに共和党が民主党を上回った。民主党と共和党の支持基盤はほぼ均衡している。限界的であれラテン系有権者や黒人有権者の一部が共和党支持に動けば、政治的な均衡は一気に崩れる。今回の選挙で、まさにそうした事態が起こったのである。

■出口調査からみたラテン系有権者と黒人有権者の動向

 アメリカの大統領選挙は州をベースに行われる。全投票の過半数を獲得した候補者が大統領に就任するわけではない。アメリカの政治の特徴は、政党に対する忠誠心が強いことだ。簡単には支持する政党を変えない。ただ、最近は、「無党派(independent)」が増えている。大統領選挙で勝利するには、50州をすべての州で勝利する必要はない。選挙のたびに違った政党の候補者に投票する「激戦州(battleground states/swing states)」で勝利すれば、大統領選挙で勝てる。今年の大統領選挙では7つの州が激戦州であると見られ、それらの州の勝敗が選挙結果を決めた。7つの州はトランプ候補がすべて勝利した。その勝利を決定づけたのがラテン系の票と黒人票である。

 大統領選挙は接戦であった。数ポイントの票の動きが選挙結果に決定的な影響を及ぼす。では実際にヒスパニック系アメリカ人や黒人のトランプ支持がどれだけ増えたのだろうか。CNNが2016年と2020年、2024年の3回の大統領選挙の出口調査を比較している(「Anatomy of three Trump elections: How Americans shifted in 2024 vs. 2020 and 2016」)。

 まずラテン系の票をみてみる。同分析は「ラテン系有権者、特に男性は、2016年以降、トランプ支持に傾いている。今年は初めてラテン系の男性有権者のトランプ支持がハリス支持を上回った」と指摘している。2016年の大統領選挙では、ラテン系の男性有権者ではクリントンがトランプを31ポイント上回った。2020年の大統領選挙では、バイデンがトランプより23ポイント上回った。だが2024年の選挙では逆転してトランプがハリスより12ポイント上回ったのである。ラテン系の女性の場合、依然として民主党支持が多いが、それでも長期的には減少している。民主党大統領候補に対するラテン系女性有権者の投票率は、2016年が共和党候補者より44ポイント多かったが、2020年には39ポイント、2024年には22ポイントと趨勢的に下がっている。男女とも共和党支持が増えている。

 『NBC News』の出口調査でも、トランプに投票したラテン系有権者は、2020年には31%の得票率だったのが、2024年には45%に増えている。

 黒人票も同様な動きがみられる。2016年の選挙ではクリントンは黒人男性票でトランプを69ポイント上回ったが、2020年ではバイデンはトランプより60ポイント、2024年ではハリスはトランプより56ポイントと上回ったが、差は縮小している。黒人女性の民主党支持は圧倒的に高く、2016年は90ポイント、2020年は81ポイント、2024年は84ポイントであった。

なぜトランプは共和党を支配できるようになったのか

 アメリカ社会の保守化もトランプ再選の背景にある。2024年9月24日にギャラップ社は「2024 Election Environment Favorable to GOP(2024年の選挙情勢は共和党に有利)」と題する調査を発表している。その中で、「わが社のすべての指標で共和党の方が民主党より有利になっている。成人の多くは共和党員か共和党支持者であり、共和党のほうが民主党よりも国が直面する重要な問題を上手く処理できると信じている」、「30年ぶりに共和党支持者が民主党支持者を上回った」と指摘している。アメリカ社会は確実に変化しているのである。

 多くのアメリカ人が「リベラルの過剰」を感じ始めている。今回の民主党の敗北の原因を過剰な「identity politics」に求める分析もある。1980年以降、リベラル派はジェンダー(性別)や人種、すなわち「アイデンティティ」に基づく政治を展開してきた。女性解放、女性の中絶権の確立、人種差別撤廃、トランスジェンダーの権利を政治の主題にしてきた。そうした主張をベースに「political correctness」が主張され、差別用語が激しく糾弾された。

 保守派だけでなく、一般国民も、リベラル派の主張する「identity politics」や「political correctness」にうんざりし始めている。そうした社会的な雰囲気の変化がトランプという存在を生み出した。保守派は、平気で差別用語を使い、批判に一向に動じないトランプに喝采を送った。保守派にとって、トランプは社会倫理を巡る保守派とリベラル派の「文化戦争」での保守派の「英雄」であり、キリスト教倫理の復興を目指す保守派のキリスト教徒エバンジェリカル(福音派)にとって、「神が遣わした人物」であった。トランプが暗殺を逃れた時、エバンジェリカルは「神がトランプを救った」と、本気で語っていた。

 トランプはエバンジェリカルと取引することで、彼らの支持を得た。その取引とは、女性の中絶権やトランスジェンダーの権利を否定し、キリスト教倫理や家父長的な家族観に基づいてアメリカ社会を再構築することである。エバンジェリカルは、共和党の支部を支配し、選挙で最も活発な選挙活動の先兵となった。

■トランプ勝利の背後にあるアメリカの深刻な分断

 重要なのは、その変化が一時的ではなく、長期的かつ構造的に起こっているということである。そうした構造変化に合わせて、私たちは、アメリカ政治に対する理解を変えていく必要がある。アメリカ社会と政治に何が起こっており、それがどのような構造変化を引き起こしているのだろうか。

 まずアメリカの政治的、社会的な分断が単純な「イデオロギーの分断」から「教育の分断」に移っている。「イデオロギーの分断」は「リベラル派」と「保守派」の分断であった。リベラル派は、政府は積極的な役割を果たし、社会的なセーフティ・ネットを提供し、富裕層への課税を通して所得再配分を進め、労働者や低所得者を守る必要性を説いた。他方、保守派は政府の社会や経済への介入を避け、財政均衡を達成し、市場競争を促進する。さらに国民の自助努力の必要性を説いた。「大きな政府対小さな政府」「低所得層対富裕層」「福祉対自助努力」「市場規制対自由競争」などの表現に示される分断である。さらに1970年代以降、「中絶の合法化」を巡って始まった宗教的倫理観や社会的価値観の違いによる「文化戦争」が現在に至るまで続き、さらに激しいものになっている。アメリカの分断の根は深い。

 だが、現在の分断の根源は「教育による二極化(education polarization)」で分断が起こっていることにある。高学歴者は高所得を享受し、その多くは都市に住んでいる。国際化の恩恵を受けた層である。これに対して低学歴者は低所得で、生涯、生まれた地方に住んでいる。その結果、都市と地方の「地域の分断」が起こっている。高学歴者は東海岸と西海岸に住む。高学歴者はリベラル派が多く、これらの地域は民主党の地盤である。だが内陸部の州では低学歴者が多く、中小企業や農業従事者が多い。所得水準も低い。地方の州でも、高学歴者は州都や大都市圏に住み、民主党支持者が圧倒的に多い。田舎には低学歴で、低所得の人々が住む。

 Ruffiniは「大卒者は簡単に高所得を得られるため、『新しい教育の分断』は20世紀に見られた『古典的な分断』を覆してしまった。その結果、共和党は現在では所得配分の下から半分の層の人々の支持を得ている」と、共和党は民主党に代わって低所得層を支持基盤とするようになっていると説明する。かつて民主党の最大の支持基盤であった労働組合も、民主党から離反し始めている。

 これに「文化的な分断」が加わる。低学歴の労働者(主に白人労働者)や商店などの従業員、農民の多くは保守的で敬虔なキリスト教徒でもある。エバンジェリカル(福音派)と呼ばれる保守的なキリスト教徒が熱狂的なトランプ支持派となっている。彼らは、『聖書』は神の言葉であり、『聖書』の言葉に従って生きることで神によって天国に導かれると信じている。また、彼らは、中絶は神の教えに背くことであると、女性の中絶権を否定する。リベラル派が主張する「EDI(平等、多様性、包括性)」という考え方も拒否する。家父長制こそ神が認めた社会の基礎であると信じている。神は「男性と女性という二つの性(binary)」を作ったとして、トランスジェンダーの権利どころか、その存在さえ否定する。そうした人たちが、共和党の支持者になっている。

 かつて地方では共和党は「カントリークラブの党(the party of the country club)」と言われた。週末にカントリークラブでゴルフを楽しむ地方の名士の党であった。だが、現在は「日曜日に礼拝に行く人の党(the party of Sunday service)」になっている。

■トランプはポピュリズムを煽って支持層を拡大

 そうした社会的分断を利用したのがトランプである。彼は人々に「ポピュリズム」を煽った。ポピュリズムの基本は、「排外主義」「反移民」「反エリート」である。

 長い間、白人労働者はワシントンのエリートから忘れ去られていた。トランプは「アメリカを再び偉大な国にする(Make America Great Again=MAGA)」をスローガンにし、国際化で職を失い、ワシントンのエリートに見捨てられたと感じていた多くの白人労働者に誇りを取り戻させた。彼らは、政治に無関心で、選挙で投票することもなかった。「国際化」を批判し、「排外主義」と「反エリート」を唱え、白人労働者にアピールした。トランプは彼らを「忘れられた人々(forgotten people)」と呼び、MAGA運動に動員することで共和党の戦列に巻き込むことに成功した。

 エバンジェリカルもエリートに対する強い反感を抱いていた。インテリは、『聖書』を神の言葉と信じ、神の存在を信じ、進化論を否定するエバンジェリカルに軽蔑の眼差しで見ていた。彼らも根強い「反エリート」意識を持っている。低所得層も高所得の高学歴者に対する強い反感を抱き、政府の福祉政策にも不信感を抱いている。みずからは富裕層で、福祉政策を語る民主党のエリート集団を仲間と感じることはなかった。むしろ自分たちは卑下されていると感じていた。

 トランプは伝統的な保守主義者の党であった共和党を「ポピュリストの党」へ変質させた。さらに党に対する支配力を強め、現在では共和党は「トランプの党」になっている。その過程で穏健派の共和党員は排除され、現在ではエバンジェリカルと白人労働者を最大の支持層とする「カルトの党」と呼ばれるまでになっている。

 共和党は従来の保守層に加え、エバンジェリカルや白人労働者、農民、極右、排外主義者、ヒスパニック、黒人、貧困層を支持層とする「ポピュリズムと多民族の政党」に変わった。Ruffinは「新しい共和党のポピュリスト連合は多民族連合でもある(the new Republican populist coalition is a multiracial one)」と指摘している。

 また多くのアメリカ人は不法移民に脅威を感じていた。トランプは、そうした国民の危機感を利用し、「不法移民は犯罪者である」と訴え、「不法移民の強制送還」を主張した。そして民主党の移民政策は不十分であると批判を繰り返した。アメリカの歴史では、「反移民運動」は繰り返し行われてきた。「移民がアメリカ人の職を奪い、アメリカに犯罪を持ち込んだ」と平然と語るトランプをラテン系アメリカ人でさえ歓迎した。

 保守派や低学歴層は、トランプのぶっきらぼうで、乱暴な発言を喜んだ。過剰ともいえる政治的、社会的な差別用語を排除する「ポリティカル・コレクトニス」にも嫌気していた。トランプ氏の人種差別的な発言に喝采した。それが事実でなくても、トランプ支持派は留飲を下げた。

共和党の地方組織を支配するエバンジェリカル

 この数十年、共和党はエバンジェリカルや白人労働者を動員してグラスルーツの地方組織を作り上げてきた。共和党員は懸命に党の日常活動や選挙活動を行う。これに対して高学歴で頭でっかちの民主党員は泥臭い党活動や選挙運動はしない。共和党の地方組織はエバンジェリカルに支配されるようになる。共和党の地方組織は民主党の組織と比べ物にならないほど強固なものである。地方政治はほぼ完全に共和党の影響下に置かれている。今回の選挙後、知事の数は共和党が27名、民主党が23名、州議会の27は共和党が多数派を占め、民主党は17である。地方政治は共和党が支配する。

トランプの「トランプ連合」は永続するのか

 トランプは、福祉政策の削減を要求し、財政均衡を主張する伝統的な保守主義者とは異なる。高齢者や低所得者の公的医療保険制度の維持を約束し、強硬な保守主義者と一線を画している。大規模な公共事業の必要性を主張している。保守的な財政均衡主義者と違い、財政赤字は意に介していない。エバンジェリカルの主張する連邦法で中絶を禁止する法案に拒否権を発動すると語っている。関税政策で保護主義を打ち出し、自由競争を主張する保守主義的な経済学者とも立場は異なる。「力による平和」を主張し、軍拡(大)も厭わない。富裕層だけでなく、中間層への減税も主張している。政策に一貫性があるとは思われないが、これがトランプのポピュリズムである。

 トランプは男性や大学卒の学位を持たない白人有権者の間で過半数の支持を維持しながらも、ラテン系有権者や中低所得世帯に劇的な浸透を遂げた。トランプは、共和党を多民族の労働者階級の政党に作り変え、所得水準の上限よりも低い層の人々にアピールした。『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニスト・トーマス・B・エドサルは「より広い視点から見ると、あらゆる人種や民族の有権者を含む所得分布の下半分が共和党に、上半分が民主党に支配されるという政治的未来を指し示しており、ニューディール連合の逆転が起こった」と指摘している(2024年11月13日、「How Resilient Is the Emerging Trump Coalition?(トランプ連立政権はどの程度弾力性があるのか?)」。

 さらに「教育と所得を見ると、民主党がエリートの政党になったことがさらに明らかである。民主党と共和党の階級構成は過去30年間で基本的に逆転した」、「民主党のアジェンダ設定を支配する白人の進歩派は、近年、左に動いており、トランプと共和党へのマイノリティの離反がゆっくりと、しかし着実に増加している」との指摘している。

 こうした政治構造の変化を見る限り、しばらくの間、アメリカの政治は共和党が支配権を握る可能性が強い。ただ、「トランプノミクス」でアメリカ経済がどこまで復調するかで、今後を予想する上で重要である。

 トランプは、行政府と下院、上院、最高裁を支配する“強大な大統領”になる。最高裁の判事9名のうち、共和党派は6名である。そのうちの3名はトランプが指名した判事である。今まで最高裁が行政府と立法府をチェックしてきたが、今後はトランプの思いのままになるだろう。ただ2026年の中間選挙までに国民の納得のいく成果を出す必要がある。トランプには原則がない。プラグマチストである。状況によって変わる。彼の常軌を逸した発言に過剰に反応すべきではない。

 民主党は内部分裂状況にあり、選挙の敗戦の責任追及に追われている。態勢を立て直すのに苦労するだろう。今度の選挙で、クリントンとオバマのレガシーは完全に払拭された。政策は左傾化しており、中道に戻す必要がある。労働者の支持を回復しない限り、大統領選挙での勝利は覚束ないだろう。新しい政策課題の設定も必要だが、容易ではない。民主党が新しいビジョンを提出しない限り、「トランプのアメリカ」がしばらく続くことになりそうである

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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