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大統領選でアメリカの外交・安全保障政策はどう変わるか:「多角的安全保障」と「一国主義」の分岐点になる

中岡望ジャーナリスト
大統領選挙でトランプ前大統領が勝利すれば世界の外交・安全保障政策は大きく変わる(写真:ロイター/アフロ)

大統領選挙の結果、世界の安全保障の枠組みが変わる

 11月5日にアメリカ大統領選挙が行われる。ハリス陣営とトランプ陣営は激しい選挙戦を展開している。選挙は接戦で、いずれの候補者が勝利するか予測しがたい状況にある。

 7月にバイデン大統領が選挙からの撤退を発表し、急遽、民主党の大統領候補に指名されたカマラ・ハリス副大統領は、8月の民主党全国大会後、世論調査でドナルド・トランプ前大統領をリードする局面があった。しかし10月に入ってトランプ前大統領の激しい追い上げに遭い、世論調査では拮抗した状態になっている。ハリス副大統領はバイデン大統領との政策の違いを打ち出すことができず、新たな「ハリス・ブーム」を巻き起こすことができなかった。他方、トランプ前大統領は熱狂的なトランプ支持派MAGAグループの支持を固め、攻勢に転じている。トランプ氏のメディアへの登場もハリス氏を大きく上回っている。ハリス副大統領は独自色を打ち出せない状況が続いている。

 どちらの候補が勝利するかによって、アメリカの国内政治だけでなく、国際政治の将来も大きく変わってくるだろう。今回の選挙は、アメリカのみならず、世界にとっても従来以上に重要な意味を持っている。

 もしトランプ前大統領が勝利すれば、戦後の世界政治の基本的な枠組みである開かれた「リベラルな体制」が崩壊する可能性もある。戦後の国際秩序はアメリカを中心とするNATO(北大西洋条約機構)などの多角的な集団安全保障体制をベースに構築されてきた。冷戦終結後、集団安全保障体制はかつてのような重要性を持たなくなった。トランプ前大統領は第1期政権の時にNATOの存在に批判的で、「アメリカ・ファースト」や「孤立主義」の政策を主張し、NATOからの脱退さえほのめかしていた。

 だが、ロシアや中国などの権威国家の台頭やウクライナ戦争の勃発で、西側諸国において改めて集団安全保障体制の必要性が認識されるようになった。バイデン政権は、伝統的なアメリカの外交政策を踏襲し、ウクライナ戦争の支援とロシアに対抗するためにNATOの強化を進めてきた。同時に中国を牽制するためにアジア太平洋の安全保障の枠組みとして2021年にオーストラリア、イギリス、アメリカの3国による「AUKUS」(オーカス)を発足させている。

 冷戦時代には安全保障問題は「共産主義対資本主義」の枠組みで議論された。だがバイデン政権は「民主主義対権威主義」の枠組みの中で安全保障問題を議論している。国内でも「トランプは反民主主義である」という議論を展開している。ハリス副大統領はバイデン路線を踏襲している。ただ一部の外交専門家は、ハリス氏はバイデン流の「“善玉対悪玉”といった狭い観点から外交政策を離脱させる可能性もある」と指摘している。

 2024年2月に開催された「ミュンヘン安全保障会議」に出席したハリス副大統領は「アメリカ政府は様々な同盟を作り上げ、維持してきた。その同盟がアメリカを地球上でもっとも強力で豊かな国にした。同盟は戦争を阻止し、自由を守り、欧州からインド太平洋に至る地域の安定を維持してきた」と演説し、集団安全保障体制の重要性を指摘している。ハリス副大統領が大統領に就任しても、こうした国際安全保障政策が維持されることは間違いない。

 他方、トランプ前大統領の安全保障政策は、伝統的なアメリカの外交政策とは違ったものになるだろう。トランプ前大統領の基本政策は、「孤立主義」と「一国主義」である。アメリカの短期的な国益を優先し、長期的な安全保障政策のグランド・デザインは存在しない。

 トランプ前大統領がNATOを批判した最大の理由は、NATO加盟国がGDP(国内総生産)の2%の軍事支出を実施するという約束を履行していないということであった。アメリカが他国の安全保障の費用を負担する必要はないというのが基本的な考えである。トランプ前大統領やアメリカの保守主義者は、多角的な国際協定を信用していない。多角的な国際協定はアメリカにとって不利だと考える傾向が強く、2国間協定を優先する傾向がある。その方がアメリカの利益をより強く主張できるからである。たとえば、第1期トランプ政権は、アメリカとカナダとメキシコの3か国による多角的通商協定である「NAFTA(北米自由貿易協定)」を破棄し、カナダとメキシコとの、それぞれ2国間協定に作り変えている。

 さらに言えば、アメリカの保守主義者は国際政治はジャングルのような無秩序の世界であり、条約や同盟関係は無力であると考えている。そうした発想の元では、常にアメリカの利益を守ることが最優先される。

 トランプ前大統領にはアメリカの利益を最優先する「アメリカ・ファースト」以外の外交理念は存在しない。第1期政権の時、トランプ前大統領は4年間のうちに3人の安全保障担当補佐官を更迭している。これでは一貫した外交政策や安全保障政策は展開できない。トランプ前大統領が安全保障政策のスタッフを選ぶ基準は、政策立案能力ではなく、トランプ氏に”忠誠”を示すかどうかであった。外交専門家は「トランプには“政治(politic)”はあるが、“政策(policy)”はない」と指摘する。重要なのは、“自己顕示”であり、“直感”であり、“スタンド・プレー”である。トランプ前大統領の安全保障担当補佐官だったジョン・ボルトン氏は「トランプは国益よりも自分の利益を優先する」と語っている。

■両候補のウクライナ政策はまったく異なっている

 今回の大統領選挙では、ハリス副大統領もトランプ前大統領も外交政策や安全保障政策について包括的なプランを提示していない。個別の問題を断片的に語るだけである。しかし、新政権が誕生すれば、まずウクライナ戦争とイスラエル・ハマス戦争の停戦を実現させなければならない。両候補は、どのような政策を持っているのだろうか。

 まずウクライナ戦争に対する両候補の政策の違いを説明する。ハリス副大統領はバイデン政権の政策を継承し、ウクライナ戦争を権威的国家に対する戦争と位置付け、ロシアの拡張を阻止する共通の目標を持つNATOを強化し、ウクライナへの軍事支援を継続すると繰り返し主張している。さらに「ウクライナはウクライナの将来について発言権がある」と、ウクライナ抜きの休戦協議はあり得ないと主張している。

 これに対してトランプ前大統領は、「大統領に就任すれば、即刻、停戦を実現する」と語っている。それは、ウクライナへの軍事援助を中止して、休戦協議に応じるようにウクライナに圧力をかけ、ロシアが占領しているウクライナの領土をロシアに割譲することを求めることを意味している。トランプ前大統領はウクライナのゼレンスキー大統領に無条件降伏を迫るかもしれない。そうなれば、アメリカとNATOの間の緊張は避けられないだろう。さらに言えば、トランプ前大統領はプーチン大統領と私的に連絡を取り合っている仲であり、権威的な指導者を称賛している。

 イスラエル・ハマス戦争や中東情勢に対する政策にも、両候補の間に違いがある。アメリカはリベラル派と保守派を問わず、基本的に親イスラエルである。バイデン大統領はイスラエルに対する軍事援助を増やし、最近、新たなミサイル・システムの提供を決めている。ハリス副大統領も「私はイスラエルが自衛権を持つことを保証する」と繰り返し主張している。その一方で、ガザ地区のパレスチナ人に対する共感も語り、イスラエルのネタニヤフ首相との電話会談で、「イスラエルのガザ攻撃に対して、私は黙っていない」と批判的な発言をしている。ハリス氏は「ガザ地域の状況は人道的な大惨事であり、即時の休戦を求める」と語っているが、具体的な案を提示しているわけではないが、イスラエルに対する政策は厳しくなると予想される。

 トランプ前大統領もイスラエル支持という点ではハリス副大統領と同じ立場を取っている。具体的なイスラエル政策は語っていないが、選挙運動中、トランプ前大統領のスタッフは「トランプが大統領執務室に戻れば、イスラエルは再び保護され、イランは破産状態に陥り、テロリストは追い詰められ、流血は終わるだろう」と語っている。その意味するところは必ずしも明確ではないが、イスラエルに対する軍事支援をさらに強める可能性がある。力による外交である。中東情勢はさらに緊張する可能性がある。選挙運動中、トランプ前大統領は「自分はガザ地区を訪れたことがある」と嘘を語り、スタッフが慌てて修正する場面があった。どこまで本気で停戦を実現するかどうか疑問もある。トランプ前大統領の本気度が疑られるエピソードである。

■トランプ政権誕生なら、「AUKUS」「QUAD」に変化も

  

 アジア政策の要は台湾問題も含めた対中国政策である。通商問題では両候補に基本的な差はない。トランプ前大統領は中国製品に対する関税引き上げを主張しているが、ハリス副大統領は公開討論会の場で、トランプ前大統領の中国政策は「生ぬるい」と批判している。バイデン政権は「AUKUS」に加え米日豪印で構成される「QUAD」(クアッド)を軸に対中国政策を構築している。ハリス副大統領はバイデン政策を引き継ぐだろう。

 ただトランプ前大統領は既に触れたように集団安全保障体制に懐疑的であり、バイデン政策から距離を取る可能性がある。アジア太平洋の集団安全保障体制に対するトランプ前大統領の熱量は高くはない。「AUKUS」にある3か国間の原子力潜水艦の技術協力などが見直される可能性が高い。

 トランプ前大統領は「台湾を守る」と明言している。バイデン政権は、フィリピンでのミサイル基地建設や中国に遅れを取っている太平洋での海軍力の強化を進めている。こうした政策はトランプ政権になっても継続されるだろう。ただ同盟国に対する費用負担を求めてくることは間違いない。日本に関していえば、いずれの候補者が大統領になっても、岸田前首相の防衛費増額の約束を守るように要求してくるだろう。日本が本気で日米地位協定の見直しを求めることになれば、日米関係が緊張する局面も出てくる可能性がある。

【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサー編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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