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五輪ボート会場「海の森」整備費 「IOCに虚偽報告」報道を検証

楊井人文弁護士
「海の森水上競技場」完成予想図(東京都五輪準備局提供)

2020年東京五輪のボートなどの競技会場として建設が予定されている「海の森水上競技場」について、毎日新聞は10月18日付朝刊1面トップで「五輪整備費 ボート会場 都、IOCに虚偽報告 251億円を『98億円』」と見出しをつけた記事を掲載した。東京都が2年前、国際オリンピック委員会(IOC)に「本体工事費は98億円」と実際より安い虚偽の建設費を伝え、本体工事費は251億円と明記した都議会への説明と異なると報道。しかし、IOCに提出したとされる英文資料では、そもそも整備費の分類のしかたが都議会への説明と異なり、報道されたように「本体工事費は98億円」と報告していたわけではなかった。「開催運営」に必要な経費は98億円と記されていたが、競技に必要な整備費はそれを大きく超えることがわかる報告になっていた。東京都は「事実と全く異なる」と毎日新聞社に強く抗議。しかし、10月24日現在、訂正はされていない。

毎日新聞2016年10月18日付朝刊1面
毎日新聞2016年10月18日付朝刊1面

「海の森水上競技場」整備費(恒久施設分)については、東京都が2014年12月22日付資料で都議会に報告した際、「本体工事」や「周辺整備」など6つの項目に分類していた(都議会への説明資料)。

一方、都は同時期、IOCに対しても整備費の総額を491億円と報告した際、「大会運営経費」(Expenditures for the Game)と「レガシー経費」(Expenditures for Lagacy Use)に大きく分類し、それぞれ98億円、393億円と記載。「レガシー経費」をさらに3つに分け、「競技としても必要」かつ「多目的な後利用のため」の施設整備費として267億円と記載されていた。

海の森水上競技場の施設整備費の内訳

2014年12月、都議会に提出された資料に記載された内訳

  • 本体工事 251億円
  • 周辺整備 86億円
  • 調査・設計委託費 19億円
  • 建設物価の上昇分 91億円
  • 工事中のセキュリティ経費 21億円
  • 消費増税分 23億円

(合計) 491億円

2014年末ごろ、IOCに提出された資料に記載された内訳(概要)

  • オリンピック経費(競技大会を開催運営するために必要な施設整備費) 98億円
  • レガシー経費(競技として必要だが、多目的な後利用のため) 267億円
  • レガシー経費(本来、海の森公園の一部として整備する予定) 18億円
  • レガシー経費(施設の移設・更新を行うため) 108億円

(合計) 491億円

東京都がIOCに提出したとされる「海の森水上競技場」整備費の資料
東京都がIOCに提出したとされる「海の森水上競技場」整備費の資料

日本報道検証機構は、当時IOCに提出したとされる英文資料を都より入手した(日本語訳資料は、都五輪準備局のホームページの参考資料「海の森水上競技場の施設整備費の区分」)。IOCへの報告資料は、都議会への説明資料と整備費の分類方法が異なっていたうえ、より具体的かつ詳細な情報が記されていた。たとえば、IOCに報告された「レガシー経費」の中には、大会競技に必要不可欠とされる「締切堤」の工費も含まれて、「競技として必要」と明記されていた。この資料を受け取ったIOC側が、大会競技に必要な施設工事費を誤解した可能性は考えにくい。

毎日新聞2016年10月18日付朝刊1面に掲載
毎日新聞2016年10月18日付朝刊1面に掲載

しかし、毎日新聞が掲載した整備費の内訳を記した表には、「東京都の試算」は6項目の金額を記す一方、「IOCに伝えた予算」は「本体工事費 98億円」「周辺整備費 393億円」としか書かれていなかった。記事本文で「海の森での開催を承認したIOCは本体工事費が高額ではないと認識している可能性が出てきた」と指摘し、IOCに「根拠がない数字を伝えた」という匿名の「都幹部」の証言も伝えていた。そのため、IOCに対しては都議会への説明より大雑把で、不正確な情報を提供したとの誤った印象を与える報道だったといえる。

IOCは五輪改革のプラン「アジェンダ2020」で、 大会開催予算を「インフラへの長期的な投資および投資のリターン」(long-term investment in infrastructure and return on such investment)と「大会開催運営予算」(the operational budget)の2つの要素に分けるよう指示(アジェンダ2020の提言2の第4項参照)。都のIOCへの報告もこれに基づいて作成されたものだった。

五輪準備局の花井徹夫・施設担当部長は当機構の取材に対し、「私はIOCへの報告当時は担当者でなかったが、当時の担当者からは、4つに分類した報告内容は東京都が勝手に決めて作ったものではなく、IOC側と打ち合わせ協議しながら最終的にあの形になったと聞いている」と説明している。ただ、「締切堤」など大会競技に必要な整備費が「開催運営経費」に分類されず、「レガシー経費」の一部に分類されたことが分かりにくいのでは、との指摘に対して、花井部長は「開催運営に直接関係があるかどうかで分類したのだと思う」と答えた。

毎日新聞社長室広報担当は、当機構の指摘に対し、FAXで「都議会とIOCに報告した内容が異なっていることを指摘した報道であり、問題ないと思っています」と回答した。

(*) 当初、花井施設担当部長の名前に誤りがあり、訂正しました。お詫びいたします。(2016/10/24 22:40)

(**) 毎日新聞社の回答は改めて得られ次第、追記します。(2016/10/25 11:25)

(***) 毎日新聞社の回答を追記しました。(2016/10/25 15:20)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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