韓国「安倍糾弾デモ」のメカニズム(写真17枚)
27日土曜日午後、ソウル市内の光化門広場で「安倍糾弾デモ」と銘打った市民集会が行われた。この日の様子を写真と共に振り返ると共に、そのメカニズムを探った。
●目立つ「民族自主」派
集会の正式名称は「安倍糾弾 第2次キャンドル文化祭」。主催は「安倍糾弾市民行動」という596の市民団体やNGO(非政府組織)による連合体だ。
ここには約100万人の加盟者を持つ韓国最大の労組連盟「全国民主労働組合総連盟(民主労総)」をはじめ、やはり韓国最大の農民団体「全国農民会総連合(全農)」やキリスト教団体の「韓国YMCA全国連盟」、植民地時代に端を発する市民啓蒙組織の「興士団」、2000年の6.15宣言に則り南北の和解協力を目指す「6.15共同宣言実現南側委員会」など韓国の主要団体が名を連ねている。
いわば韓国市民団体の「オールスター」とも言える組織がデモを主催している訳だが、この布陣は、2016年10月末から2017年3月にかけて当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領を弾劾に追い込んだ「キャンドルデモ」と同様だ。力の入った運動主体といえる。
中でも、この日特に存在感を発揮していたのが「自主派」と区分される政党・市民団体の旗だ。「民衆党」や「祖国統一汎民族連合(汎民連)」、「民主主義自主統一大学生代表者協議会(民大協)」など、民族主義を強く打ち出すNL(民族解放)系列の組織が勢揃いしていた。
実際、壇上に立って行うスピーチの基調は「自主統一に向かう道を日本の極右と親日残滓勢力が蠢動して邪魔をしている」、「自由韓国党や外部勢力をかきわけ、民族が団結しなければ」、「民族の運命は私たち自らが決める」といった内容で占められた。
これについては少し噛み砕いた説明がいるだろう。17年5月に文在寅政権が発足し北朝鮮政府との無条件での対話路線を掲げて以降、18年4月の南北「板門店宣言」、同6月の米朝「シンガポール宣言」、さらに同9月の南北「平壌宣言」など非核化と平和を交換する枠組みでの合意が相次いだ。
しかし、北朝鮮への強硬路線を取る韓国の第一野党で保守政党の自由韓国党はこれを「ウソの平和」と批判し、南北合意に基づく予算を国会で通さないなど文政権と全面的な対立を続けている。「民族宥和」を至上価値とする自主派の人々にとっては相容れない存在となる。
また、彼らは日本の安倍政権に対しても大きな不満を持つ。トランプ大統領の判断により18年5月末に史上初の米朝対話が「お流れ」になりかけた際、世界で唯一トランプ大統領を支持する立場を発表した点などから「日本政府は南北宥和を望んでいない」と受け止め、批判を強めている。
さらに韓国の自由韓国党と安倍政権は「親日」という点で結びつく。
植民地時代に大日本帝国に積極的に協力することで権勢をふるい、1945年の解放後や48年の大韓民国政府樹立後にもそれを維持し、さらに「日韓癒着」を重ねてきたいわゆる「親日派」と、日本の「再武装」を掲げる安倍政権の「戦前回帰イメージ」が重なり、強い不満となって表れているのだ。
つまり、「安倍政権=韓国保守派=南北宥和の敵」という論理だ。これは今回の「安倍糾弾デモ」をセッティングした、いわば主催者側の主張といえる。安倍政権を糾弾しつつ、韓国の保守派も攻撃するという二重の目的を持った集会ということだ。
●異なる市民の声も
この日の集会は韓国の各メディアで5000人あまりの市民が参加したと報じられたものの、実際は3000人程度だったと筆者は見る。だが、参加した市民たちが皆、前述したような市民団体や労組に所属していた訳ではない。
SNSでこの日のデモを知ったというパク・ジョングォンさん(49)は、「日本社会全体に反感を抱いているのではない。(自分の)海外生活の経験から見ても、世界で最も親しくなれるのは日本人」と切り出した。不買運動について尋ねると「服や生活用品などを主に切り替えた」と明かした。
さらに「正直言って、安倍政権がなぜ続くのか分からない。この点では日本の市民に不満がある。安倍政権が早く退陣し健全な政権に変わってほしい」と訴えた。その上で、「日本でも韓国でも国家間の争いの前で市民は結局のところ、自国政府の肩を持つしかない。こうなると互いに深い傷が残ることになる」と苦しそうに語った。
また、「特定の政党とは関係なく参加した」というタク・チンバンさん(52)は開口一番、「日本の安倍首相一族の政治的系譜に悪い印象を持っている」と主張した。
そして今回の日本側の「輸出規制(日本政府は輸出管理強化と主張)」措置について、「個人的な感情はない」と前置きしつつ「グローバル貿易のルールを無視したもの。韓国を下に見ている表れだ」と不満をあらわにした。不買運動については「日本旅行をキャンセルした」と述べた。
●「NO安倍」の背景
この日の集会を日本のとある日刊紙が「反日集会」と評したが、これは正確な論評とは言えないだろう。デモの参加者は明確に「日本社会、日本人」と「安倍政権」を区別していたからだ。
この日、主催者側が配ったプラカードには「朝中東 自由韓国党 親日積弊を清算しよう」というものがあった。
朝中東とはそれぞれ「朝鮮日報」「中央日報」「東亜日報」という韓国の代表的な保守紙を指す。前述したような「安倍政権=韓国保守派=南北宥和の敵」という図式だ。「安倍を糾弾する」も同様だろう。
安倍政権と日本人とを区別する意識は、この日のデモに登壇した著名歴史学者チョン・ウヨン氏の発言からも見て取れる。
「私たちは利益のために他人を踏みつける、反人倫的な日本政府に対し正義を語りかけるべきであって、日本人を憎んではならない。普遍的な正義感が海の向こうの日本人たちの心に届いてほしい」
この心理はなかなか日本の読者には理解しがたいかもしれない。筆者もまた別の意味で、つまり安倍政権の対韓国政策を支持する日本人が優に半分を超えている事実からも、この考えが随分とロマンチックなものに思える。
とはいえ、これは裏返せば「過去の植民地支配について、安倍首相をはじめとする保守タカ派政治家はともかく、日本市民はきっと痛切かつ誠実に反省しているであろう」という、韓国市民の日本人そして日本社会に対する信頼の証でもある。
もっとも、この信頼が正確なのか、さらにそう仮定した上で日本社会がこれにどう応えるのかは、日本を離れた筆者には荷が重い問いかけである。
●今後の展開は?
見てきたように、今回の「安倍糾弾デモ」は「南北宥和を推進したい自主派団体」と、「日本の経済制裁措置に反対する市民」という二つの集団により構成されていた。
さらに主催者側は16年の「キャンドルデモ」と同様、今後も毎週土曜日ごとにデモを続け、植民地からの解放を祝う8月15日の「光復節」には大きなデモを企画しているとした。
それでは今後、このデモは過去のキャンドルデモのごとく数十万人単位に広がるのか?
冒頭で紹介したような南北宥和と絡めて考える自主派のロジックは市民権を得ておらず、市民を呼び寄せるには至らない。だが、朴大統領を弾劾に追い込んだデモも、主催者は左派だったが、参加した市民には左右の思想を持つ人が混在していた点は見逃せない。
当時、「国政ろう断」や「民主主義の破壊」といったところで左右陣営がまとまったように、韓国市民の普遍的な問題意識の琴線に触れる場合、参加者は増えるということだ。
これと関連し、数日後に予定されているとされる韓国の「ホワイトリスト(輸出優遇措置国)」除外は一つの起爆剤になり得る。
除外措置に伴い安倍政権周辺からの強硬な発言が出たり、さらに韓国国内に実質的な経済被害が発生する場合には、つまり今はスローガンに過ぎない「経済侵略(経済による報復)」が可視化する場合、デモは必然的に大きく膨れ上がる。
とはいえ、韓国市民のデモにより日本政府が方針転換することは有り得ないだろう。だからこそもう一点指摘しておきたい部分がある。
それは7月8月と日本政府の対韓強硬策が続く場合、「日韓慰安婦合意(15年)」や「徴用工裁判への介入」などを通じ、過去の朴槿恵政権をはじめ国内保守派に分散されていた韓国市民の歴史問題意識が、日本政府へと一本化される可能性があるということだ。こうなると韓国の政治家も身動きが取れなくなり、日韓の溝は決定的となる。