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【ザ・トラベルナース】ついに出た! 異色の医療ドラマで「おじさんナース」中井貴一が快演

碓井広義メディア文化評論家
岡田将生さんの那須田歩と中井貴一さんの九鬼静(第3話より)

この秋、何本もの「医療ドラマ」が登場しました。

しかも共通しているのは、「私、失敗しないので」などと豪語するスーパードクターがいないこと。

中でも異色作と呼びたいのが、岡田将生主演『ザ・トラベルナース』(テレビ朝日系)です。

3つの注目ポイント

物語の舞台は、利益第一主義の院長・天乃(松平健)が君臨する、天乃総合メディカルセンター。

この医療ドラマには、注目点が3つあります。

まず、タイトルにもなっている、世間では余り知られていない「トラベルナース」をテーマとしたことです。

トラベルナースとは、有期契約で仕事をするフリーランスの看護師。

アメリカでは、範囲は限られていますが、高度の資格を持つ看護師による医療行為が可能です。

主人公の那須田歩(岡田)もシカゴの病院から日本に戻ってきました。

次は、ナースとして「男性看護師」を設定したこと。

看護師と聞けば、女性を思い浮かべる人は今も少なくありません。

しかし、現場では多くの男性看護師が活動しているのです。

そして第3のポイントが、那須田と同時に赴任してきた、ベテランのトラベルナース・九鬼静(中井貴一)を置いたことです。

アメリカ帰りの那須田は、医者が絶対優位の日本の現場にイラ立ち、不満を口にします。

しかし、九鬼に言わせれば、単純に医者に逆らうのは「バカナース」の振る舞い。

九鬼は看護師の立場を踏まえながらも、巧みな言動で医者たちを自在に操っていきます。

その信条は・・・

「医者は病気しか治せないが、ナースは人に寄り添い、人を治すことができる」

この<第2の主人公>の存在が、物語に奥行きを与えているのです。

中井貴一「おじさんナース」の突破力

第2話では、食べることが大好きな患者(キムラ緑子)の意思に反して、医者(六角精児)が一方的に「胃ろう」の手術を決めてしまいました。

九鬼は手術を回避しようと、丁寧なリハビリを行います。

その際、美味しい「うな丼」の店が閉店する、その前に食べに行って欲しいと励ましますが、本当は閉店の予定などないのです。

「あの方から食べる喜びを奪ったら、生きようとする力まで奪ってしまう。食べることは生きる意欲に関わっているんです」

しかも九鬼は、患者本人の「手術はしません」という一筆を、密かに確保していました。

いや、それだけではありません。

患者を大切にしない傲慢な医者を、手術の現場から引き離す「仕掛け」も用意していました。

このあたりの<したたかさ>こそ、九鬼の突破力の源泉でしょう。

また第3話に登場した患者(村杉蝉之介)は、女性看護師に対するセクハラとパワハラ三昧でした。

さらに隠れて酒を飲んで転倒し、骨折したにもかかわらず、病院の責任だと主張します。

九鬼は、この患者の行いを音声や映像で記録。それを突き付けられて怒る相手に、こう言いました。

「あなたの腐った性根を治して差し上げたいだけです」

この「おじさんナース」、一体何者なのか。

「新シリーズ」の予感

優しさと、厳しさ。揺るがない信念と、それを支える確かな看護力。

九鬼は患者を、医者を、そして那須田たち看護師を少しずつ変えていきます。

その上、笑顔の奥には多くの謎が隠されており、腹黒な院長とも平気で向き合うことが出来る。

「ついに出た!」と言いたくなる、おじさんナース。

九鬼を造形する、中井さんの硬軟織り交ぜた演技が光っています。シリアスとコミカルのバランスが絶妙なのです。

制作陣は、脚本の中園ミホさんをはじめとする、『ドクターX』のチーム。

異色の医療ドラマは、新たなシリーズの予感漂う1本となっています。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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