「女性政治家」歴史の英雄がカムバック!ノルウェー「グロ現象」から目が離せない
ノルウェーのジェンダー平等やフェミニズムの歴史で欠かせない人物といえばグロ・ハーレム・ブルントラント(Gro Harlem Brundtland)さんだ。
ノルウェー初の女性首相となり、女性議員が一気に増えることに貢献しただけではなく、気候・環境問題にも熱心だった彼女は「サステナブル」(持続可能)という言葉の生みの親でもある。
すでに政界を引退した彼女だが、これまでも選挙の度に「労働党」の応援をしたり、同党の集会などには顔を出していた。ところが2023年9月に開催された統一地方選挙では、「応援者」としてではなく、「立候補者」として登場したので、ノルウェー中を大いに驚かせた。
そもそも地方選挙での「自治体議会」は政治家にとっては「デビュー」の場だ。各政党の青年部や自治体議会を最初に経験して、国会議員になったり、閣僚の秘書になったり、最終的には首相や閣僚になったりする。多くの有名な政治家は「政治家のスタート地点」ともいえる自治体議会という門を通っている。
元首相たちのなかでも特別際立つ存在である「グロ」が、地方選挙でカムバックするなんて、誰も想像していなかっただろう。
「当選ほぼ不可能な」立候補者
労働党のオスロ地区での立候補者名簿では「一番最後」にグロの名前があった。
このことはさらに現地で驚きを持って話題となる。ノルウェーの立候補者名簿にはトップ1番からそれぞれ順番がつく。これは「政党が推薦する順番」で、比例代表制の仕組みにより、その順番通りで議席が割り当てられる。
しかし、この「順番」を「市民が変えることができる」。
例えば、労働党に投票するなら「労働党」の立候補者名簿を選んで提出するだけだ。しかし、労働党に票を入れることは決めていても、自分の考えに最も近い「推し」の政治家の順番がかなり下にあるとしたら?そのままだと、その人に議席が割り当てられる確率は低い。ましては立候補者の後半、一番最後なんて、立候補はしても当選しない確率が圧倒的に高い。そこで、その押野政治家の名前の横にある空欄にチェックを入れて、その投票用紙を出すことができる。これを「個人票」という。
個人票を大量に集めることができる女性
個人票を多く獲得すると、その人は立候補者名簿の上のほうに行くことが可能だ。国政選挙は制度の仕組みがより複雑なので、個人票の効果はあまり実感できない。だが統一地方選挙となると個人票を「意外と多く獲得しちゃった」人が「議席を得る」ドラマが起きたりする。
もし市民に「もっと移民を、女性を、若者を」という思いがあれば、個人票をみんなで投じることで、その政党から当選できる人の「チャンスの割合を変える」ことができる」のだ。だから「立候補はしていたけど、まさか当選しないだろう」と思い込んでいた人が、開票後に「当選しちゃった!!」なんてドラマも起きる。
今も人気のグロ元首相の名前が「労働党オスロの立候補者名簿の一番下にいる」。これはドラマが起きるということだ。結果は誰にも想像できない。「グロがまさかの政界カムバックか?」と選挙期間中はずっと話題だった。
「一番最後から」「11番」に
グロは選挙期間中はほとんど公の場に姿を現さなかったが、やはり「当選した」。一番最後の65番にいたグロはなんと「11」番に繰り上げとなり、2855人からの個人票を獲得していた。
「私なりの小さな貢献をしましょう」と地元メディアに語ったグロだが、84歳という高齢の彼女のカムバックはこれから4年間、良い波紋を至る所に広げるだろう。
皮肉と笑い満載のグロ政治ドラマも放送開始
さて、グロが政界に返り咲くというニュースだけでも筆者は興奮するのだが、この秋はこれだけでは終わらない。
10月後半にノルウェー公共局NRKから期待のドラマ『Makta』(マクタ)が放送される。「権力」という意味の政治ドラマで、グロの女性政治家としての歴史をドラマ化したものだ。
英語タイトルは『Power Play』。全世界のドラマシリーズコンテンツを集めたカンヌ国際シリーズフェスティバル2023の「ベストシリーズ」「ベストミュージック」部門で優勝している。
すでにプレミア試写会で最初のエピソード2話を筆者はみたが、「おもしろくて笑いの連続」だった。
デンマークの国民的政治ドラマ『コペンハーゲン』が好きだった人はノルウェーの「マクタ」もきっと気に入るだろう。『コペンハーゲン』と違い、このドラマにはたくさんの「皮肉」が詰まっているので、事情を知る人ほど笑う時間は間違いなく増える。
1970~80年代を舞台としているのだが、当時の背景を再現しようとはせず、あえて「ストーリーは1970~80年代だが、撮影舞台は2023年」であることを大々的に宣伝している。グロの若き時代にはなかったであろう、オペラハウスなどのオスロ風景が登場したり、昔の固定電話で会話したりと、「ちぐはく」な舞台設定がまた楽しい。
家父長制と権力争いが根付く労働党の人間関係に、「権力に関心がさほどない」グロが巻き込まれていく流れからは目が離せない。男性政治家ばかりの舞台をひとりの女性がぐいぐいと変えていく光景は、鑑賞していて非常に気持ちがよくなる。きっといずれ国際社会でもストリーミングなどで鑑賞可能となるだろう。
グロ本人がオスロ市議会にカムバックし、グロを描いたドラマも放送開始となる。11月はノルウェー政界は「グロ祭り」となりそうだ。