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任天堂の決算で「ゼルダの伝説」の影響はどのくらい大きい? 映画マリオは?

河村鳴紘サブカル専門ライター
「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」

 任天堂の2023年度の第1四半期連結決算(4~6月)が発表されました。家庭用ゲーム機「ニンテンドースイッチ」の発売から7年目に突入して、売り上げのピークは過ぎているにもかかわらず、「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」(5月発売)が1851万本を出荷する大ヒットを飛ばしました。そのため、メディアは「さすが任天堂」というトーンのニュースで一色になりました。

 一方で、数字があまりにも大きすぎて、「実は……よくわからない」という人もいるかもしれません。同時に、世界で大ヒットしたアニメ映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」への言及は控えめです。なぜでしょうか。

◇「ゼルダ」の出荷数を金額に換算すると…

 任天堂の第1四半期の売上高は約4613億円でした。……といっても「この金額自体、よくわからないんだよね」と言う人もいるでしょう。

 しかし比較対象があると、断然分かりやすくなります。最近の任天堂の四半期決算で見ると、すごさは一目瞭然(りょうぜん)です。効率的な利益の稼ぎ方を意味する「営業利益率」を見ると、何と40%を超えています。

任天堂のホームページで公開されている、四半期決算のグラフ。折れ線グラフが営業利益率で、右端の2023年度第1四半期決算が最も高いのが分かります
任天堂のホームページで公開されている、四半期決算のグラフ。折れ線グラフが営業利益率で、右端の2023年度第1四半期決算が最も高いのが分かります

 今回の決算で、好調の原動力になっているのは、言うまでもなく「ゼルダの伝説」の出荷数1851万本です。

 そこで分かりやすくするため、金額ベースに置き換えます。ソフトの価格を7900円にして計算すると約1460億円。ニンテンドースイッチ本体(3種類)の売り上げを上回ります。あくまで単純計算の話ですが、任天堂の売上高の3割を占めることになります。

 実際にソフトを買うときは、オンラインサービスのチケットなどを活用して割安にすませるパターンもあり、販売店のことを考えればもっと下なのでしょうが、ドルやユーロのこと、デジタルで直接購入することもあり、そこまで考えると単純ではありません。仮に上記の数字の7割(約1000億円ですね)としても、巨額の売上高である事実は動かないのです。

◇映画ビジネスの収益 “小粒”なのは

 一方、世界の興収が13億ドル(約1850億円、1ドル142円換算)を突破したアニメ映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」。文句なしの大ヒットなのに、任天堂の決算を見ると、映画のヒットで直接的に「もうかった」というトーンではありません。

 任天堂の決算で、同作の業績は「モバイル・IP関連収入等」に入りますが、売上高は318億円。前年同期比で見ると約200億円の増加ではあるのですが、「ゼルダの伝説」の金額を見た後では、正直“小粒”に見えてしまいます。

 これは映画のビジネスモデルが関係しています。興収は、上映した映画館とも収益を分け合うもの。さらにユニバーサル・ピクチャーズとの共同出資なので、どうしても任天堂の「取り分」は減るのです。

 2016年に「ポケモンGO」の大ヒットを受けて、任天堂の株価が急伸したものの、任天堂が正直に「影響は限定的」と発表したとたん、株価が急落したことがあります。株価の変動はさておき、任天堂のコンテンツがあまりにも有名なために、市場が勝手に「かなりもうかってる!」と判断するという意味では、よく似ています。

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 そして任天堂の狙いは、配給の収益よりも、コンテンツ(マリオ)の接触をより多くの層に広げること。そのため、決算でも「マリオ関連タイトルが好調に推移したことに加え……」と、丁寧に説明しているのです。

 ビジネスでは大きなリスクを負うことで、大きなリターン(収益)が得られるのです。何より共同出資は、一種のリスク回避だからです。

◇得意分野のゲームビジネスで勝負

 むしろ、「リスクを負う」という意味では、任天堂はゲームビジネスで勝負(巨額の投資)をしています。そこで成功したからこそ、ここ数年極めて高い収益をたたき出しているのです。

 1980年代に家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」で成功し、高収益のゲームビジネスを設計。一時期はソニーに王座を奪われたものの、新しいコンセプトのゲーム機で復活(ニンテンドーDSとWii)。そして無料のスマートフォン用ゲームに苦しめられた時期があるものの、立て直して今に至るわけです。

 むしろ、世界的に大ヒットした映画の興収と比べても、さほど遜色ないような金額を「ゼルダの伝説」のワン・タイトルでたたき出した……ということもできます。今までの「ゼルダの伝説」も十分な人気ゲームでしたが、売り上げを見ての通り、けた違いのパワーアップをしています。

 ゲームソフトのビジネスは、コスト(開発費)と売り上げが均衡する「採算分岐点」を超えたら、そこから先は、売上高の大半が利益になります。大ヒットのゲームソフトは「お札を刷っている」と言われるのもそのためです。

 任天堂の第1四半期決算で、本業のもうけを示す営業利益は約1854億円でした。はたして「ゼルダの伝説」が、営業利益の中で占める割合は、いったいどのくらいなのでしょうか……。デジタル販売の割合の高さもあるので、大変興味深いところです。

 ゲームビジネスは大きなリスクはあるものの、ヒットをすれば莫大なリターンがあるのです。他のエンタメ産業などが、ゲームビジネスに参入しているのはその背景があるためです。

◇良い商品は必ずしも売れるとは…

 ちなみに「ゼルダの伝説」の売れ行きと、よく似ているゲームソフトが3年前にありました。「あつまれ どうぶつの森(あつ森)」です。

 「あつ森」ですが、新型コロナウイルスの巣ごもり需要もあり、最初の決算(約10日間)で世界出荷数1200万本弱、次の四半期(2020年4~6月)で出荷数1000万本強。合わせて2200万本を出荷しました。販売期間が同じではないので「ゼルダの伝説」との厳密な比較は難しいものの、似たレベルで売れているのは確かです。

 長年取材して感じるのは、「良い作品が必ずしも売れるとは限らない」という、ビジネスの厳しい一面です。そして、どのエンタメ企業も「良い作品を!」と命を削っているわけです。

 そうした中で、任天堂は世界規模で何作品もヒットさせるような「結果」を出しています。「ゼルダの伝説」というコンテンツを40年近くも育ててから、大きく花を咲かせた……というところに、底知れぬ“怖さ”を感じるのです。

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サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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