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「東リベ」作者のジャンプ“移籍”から考える 紙のマンガ誌の今後

河村鳴紘サブカル専門ライター
ジャンプの公式サイトに登場した和久井健さんの新作「願いのアストロ」

 「東京リベンジャーズ(東リベ)」や「新宿スワン」などで人気のマンガ家・和久井健さんが、集英社のマンガ誌「週刊少年ジャンプ」で新作「願いのアストロ」の連載を始めたことが話題になりました。「ジャンプ」の作家は、原則“生え抜き”を重視してきた歴史があるだけに、講談社の看板マンガ家の起用は、関係者からも驚きの声があがりました。マンガ誌の現状と、“大型移籍”の影響について考えてみます。

◇新人・若手を育成する理由

 マンガ誌は、さまざまなタイプのマンガを掲載し、人気次第ではベテランといえども「打ち切り」もあるシビアな競争を展開しています。マンガ誌の発行は基本赤字で、コミックスの販売で黒字化するビジネスモデルです。

 同時に、もう一つ大切なことがあり、次のヒット作を育成するーー新人・若手の育成も担っています。人気作を目当てに来た読者に対して、さまざまなマンガを読ませたいわけです。なぜこんなことをするのかと言えば、新人・若手の作品は予想できない「大化け」の可能性を秘めているから。しかし、人気作がなければマンガ誌そのものが読まれません。従ってマンガ誌のラインナップのバランスをどうするのか……責任者は頭を悩ませています。

 仮にマンガ誌の作品がすべて人気作になると、一見すると歓迎できるように思えますが、すべてが人気作ならば打ち切りは不要で、競争はなくなります。そして危機感・緊張感はなくなれば、先々停滞の可能性が高くなります。そもそも、マンガ誌の発行自体は(繰り返しますが)赤字ですから、何かしらの“先行投資”(無名でも期待できるマンガをヒット作に育成すること)がないのは致命的です。プロスポーツの世界で、スター選手ばかり集めても、優勝できないようなもの。チームの戦力バランスが悪くなり、生え抜きの若手は育たず、最後はファンも離れていくことになります。マンガ誌の仕組みも、似ている部分がありますね。

◇出版社は好調もアナログは苦戦

 そして出版社の業績自体は、デジタルのおかげで好調ですが、逆にアナログ(紙)は苦戦しています。全国出版協会・出版科学研究所が今年2月に発表した2023年のコミック市場(推定販売金額)によると、紙とデジタルを合算したコミック市場は、前年比2.5%増の7000億円弱。ただし全体の約7割を電子(デジタル)が占めています。つまり「紙」は大苦戦しているのです。

全国出版協会・出版科学研究所が2月のプレスリリースで公開したコミック推定販売金額推移。電子(デジタル)の比率が高く、紙媒体が減少傾向にあるのが分かります
全国出版協会・出版科学研究所が2月のプレスリリースで公開したコミック推定販売金額推移。電子(デジタル)の比率が高く、紙媒体が減少傾向にあるのが分かります

 さらに日本雑誌協会が公表するマンガ誌の印刷証明付部数(昨年10~12月)は、ジャンプが約113万部。10年前の4割程度まで減少していて、100万部の“大台割れ”もチラつきます。講談社の「週刊少年マガジン」は約35万部、小学館の「週刊少年サンデー」は約15万部ですから、ジャンプはむしろ奮闘しているのですが、部数減という意味では変わりません。

 ある出版関係者は「紙でマンガを読む人は、スマホアプリやデジタル媒体の10分の1ぐらいの認識」と話しています。あくまで認識ですが、紙媒体をシビアに見ていることについて、関係者の見立ては、概ね一致しているのではないでしょうか。

 今回の和久井さんという大型“移籍”について、関係者たちに尋ねたところ「ジャンプの人気作がいくつか連載の終盤を迎えており、次の看板作品を速やかに作りたいのでは」「ジャンプ本誌のテコ入れで、新規の読者を獲得したかったのでは」などという声がありました。「ジャンプ」のブランドに異論は唱えていませんが、「とはいえ、今後も大変だよね……」と感じていることです。

◇マンガアプリの「あおり」受ける

 今回の大型“移籍”は、ヤフートピックスに選ばれるなど注目され、和久井さんの新作を見たさにジャンプを手に取った人もいるでしょうし、多くのマンガ家にも刺激になるなど、業界的には得るものが大きかったのは確かでしょう。ただし、紙のマンガ誌の置かれた状況が厳しいのは変わりません。

 出版社の業績好調という点について、マンガアプリが大きな役割を果たしていることに反論する人はいないでしょう。マンガアプリは基本無料なので、有料のマンガ誌よりも消費者との接点が増え、作品がより読まれるようになります。「〇巻試し読み」「期間限定公開」という企画もでき、完結した名作を公開してリフレッシュすることも可能。デジタル販売や広告を活用したマネタイズもできます。無料のスマホゲームで消費者を拡充し、売上高をアップさせたゲームのビジネスと似た部分があるわけです。

 マンガアプリは、マンガビジネスとしてはメリットが大きいのですが、その代わり紙のマンガ誌は、その「あおり」を受けているのが現状で、それが紙の部数に出ています。「願いのアストロ」も、ジャンプを買わずとも1・2が読めるわけです。

◇紙のマンガ誌の休刊 得策といえず

 こうなると「紙のマンガ誌は不要」という意見もあると思います。実際にいつかはそうなるかもしれません。しかし現時点でいえば、紙のマンガ誌が赤字だからといって休刊するというのは、特にメジャーどころになるほど得策とは言えません。長年かけて構築したブランドは、金を出しても買えるものでなく(取り返しがつかない)、紙の雑誌には手に取ることの充足感もあります。関係者に聞いても、マンガ家にとって名のある紙媒体で連載したい気持ちはかなり強いといいます。そもそも出版社が紙のマンガ誌を失うと、他社との差別化がしづらくなります。

 紙のマンガ誌の置かれた立場は厳しいものの、部数の減少をなるべく食い止めるべく、さまざまな取り組みを続けるしかありません。今回のように(作品の面白さが大前提ですが)大物のマンガ家を起用することも、ビジネスデザインを総合的に考え直すのも一案でしょう。

 ちなみに、人気のマンガ家に移籍された出版社はマイナスに思えますが、業界全体の活性化と考えれば、得るものがあるでしょう。例えば、人気マンガ家の荒川弘さんは、スクウェア・エニックスのマンガ誌で「鋼の錬金術師」を大ヒットさせた後で、小学館に移籍して「銀の匙」を世に送り出し、そして再びスクウェア・エニックスのマンガ誌に戻って「黄泉のツガイ」(今年のマンガ大賞ノミネート作)を手掛けています。井上雄彦さんや浦沢直樹さんらも、出版社をまたいでマンガを連載し、複数のヒット作を出しています。

 もちろん、一つの出版社で描き続けることも、それはそれで立派なことです。しかし、ビジネスの選択肢が増えることはマイナスにはならないと思うのです。マンガ家のスタンスによって、その時代に応じたベストの選択ができることが大事だと思います。

 ただし、紙のマンガ誌の休刊が続き、その連載する“席”が実績のあるマンガ家に占められるということは、“席”そのものが減ることを意味します。もちろん、マンガアプリがあり、SNSで発表したりもできますから、作品発表の場は以前よりも充実しています。とはいえ「紙のマンガ誌(有名どころ)で連載の場を勝ち取りたい」と思う野心ある人たちには、高いハードルになるわけです。より激しい競争を強いられるわけですが、その先に「新しいもの」が生まれることを願っています。

 そして出版社も、紙のマンガ誌の存続をどうするのか、その価値をどう向上させていくのか。変わらず厳しい戦いが続きそうです。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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