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イエメン:トランプ政権の「暴走」が飢餓を深刻化させる(かも)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:アフロ)

 アメリカのトランプ政権が、同国の慣例を無視して大統領選挙での敗北後も外交・安全保障上の重要決定を相次いで下しているようだ。これらは中東の、特に紛争地においても無縁のものではない。中でも注目すべきは、同政権がイエメン紛争の当事者の一つであるアンサール・アッラー(俗称フーシー派)を「テロ組織」に指定しようとしていることかもしれない。イエメンでは、2011年以来の「アラブの春」が破綻した後、アンサール・アッラーが首都サナアと政権を奪取し、2015年春からはこれに干渉するサウジアラビアが率いる連合軍との間の紛争が続いている。イエメンについて「民主的移行案」を設定し、履行しようとした当事者は世界的に著名な専制国家群であるアラビア半島の産油国なので、イエメンでの「民主化」も「移行」も一般的な感覚では「成功」しようがなかったのはある意味当然だった。その結果、2011年以前から世界最貧国の一つだったイエメンでは約2600万人の人口の8割が援助を必要とする「今世紀最大の人道危機」に見舞われた。この危機に輪をかけているのが、報道機関・視聴者の中に築かれたイエメンについての情報を発信しようとも理解しようともしない構造である(なぜそうなのかは別稿を参照)。

 アンサール・アッラーは、敵対するサウジなどによって既に「テロ組織」に指定されているし、アメリカも同派に対し様々な制裁を科している。しかし、アメリカによる「テロ組織」指定の影響は他のどのような措置もはるかに上回る。例えば、アメリカがアンサール・アッラーを「テロ組織」に指定することにより、同派と外交・行政上のやり取りをすることや、同派に関連する資金を移動するための金融機関・租税当局とのやり取りが著しく困難になる。その困難には、中国発の新型コロナウイルス対策に従事する医療部門の職員らへの給与の支払いも含まれる見通しだ。また、国連などが取り組んでいる停戦・和平のための働きかけも著しく困難になるだろう。アンサール・アッラー自体は、国際的な援助物資を強奪して自派の活動の資源に充てたり、少年兵を紛争に動員したり、制圧地域の住民から収奪したりと、その「悪行」は枚挙にいとまがない。これらについての情報には、敵対者からのプロパガンダも多数あるため、実態に迫る取材や情報発信が本当に必要である。ともかく、アメリカにより「テロ組織」に指定されたとしても、アンサール・アッラーはこれまでの制裁をしのいできた様々な手法や、人民への収奪を強化して乗り切りを図るだろう。つまり、「今世紀最大の人道危機」に苦しんでいるはずのイエメン人民への支援が滞り、彼らがますます困窮するという結果がまずは予想されるのである。

 アメリカによる「テロ組織」の指定(と解除)は、実は一般に信じられているほど公正でも客観的でもなく、アメリカ自身の利害と政策を第一になされている。例えば、アメリカ政府は2020年11月初頭に「トルキスタン・イスラーム党」の「テロ組織」指定を解除してしまった。同党は、中国のトルキスタン(新疆)起源のイスラーム過激派団体なので、アメリカと中国との関係の文脈でこのような措置が取られたと考えることも可能だ。しかし、同党の実態は、世界中のいかなる場所でも中国権益を攻撃せず、現在はシリアのイドリブ県の一角を占拠し、家族ぐるみで「入植」してシリア人民の権益を収奪しているというものだ。案外恣意的でご都合主義的とはいえ、アメリカの「テロ組織指定」に逆らう個人や団体はひどい目にあわされるので、実際にアンサール・アッラーが「テロ組織」に指定されるようだと、「イエメン人民への人道支援が著しく困難になる一方、イスラーム過激派であるトルキスタン・イスラーム党への支援への障害は軽減される」という変な状況が生じる恐れがある。アメリカをはじめとする各国による、イエメンやイスラーム過激派に関する立場や政策とその矛盾は今に始まったことではないが、これに関心を持ったり是正・修正したりしようとする者はどこにもいないようなので、関係各位にはくれぐれもお気をつけて、としか言いようがない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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