2冠馬チェルヴィニアつながる元名調教師の行動と、馬主が彼に義理を通し続けた理由
新たな牝馬2冠馬と藤沢元調教師の縁
「素晴らしい馬ですね」
13日、日曜日の競馬が終わった後、藤沢和雄元調教師からそんな連絡が入った。
この日のメインレースである秋華賞(GⅠ)を制したのはチェルヴィニア(牝3歳)。美浦・木村哲也調教師の管理馬だ。
「木村君は技術調教師時代、少しうちに研修に来た事がありました。前向き過ぎるくらい真面目でした」
木村との関係をそう語ったが、今回やり取りしたのは、2人の関係性だけでなく、チェルヴィニア自身との縁から、だった。
「木村君は『藤沢先生の繁殖をやらせていただきます』という感じで、その都度、律儀に連絡をくれます」
チェルヴィニアを預かる事が決まった時も、連絡が入ったという。新たなる秋華賞馬の母はチェッキーノ。伯楽が育てた馬で、その母のハッピーパスもまた藤沢元調教師が管理していた。そしてそのハッピーパスの姉こそ、名調教師に初めてのGⅠ制覇という名誉を届けてくれたシンコウラブリイだった。つまりチェルヴィニアは伯楽が大事に育んで来た血統だったわけだ。
「お母さんのチェッキーノは、木村君じゃないけど、前向き過ぎるくらい前進気勢の勝った馬でした。オークスでは2着に好走したけど、そのせいもあってそこで故障してしまいました。長い休養を挟んで戻っては来たけど、結局は大成出来ず、申し訳ない事をしてしまったと後悔しています」
競走馬なので、可愛がってばかりいるわけにはいかない。競馬で結果を残さなければいけないし、そのために調教を積まなければならない。それらの過程で怪我や故障に見舞われるのは避けて通れないが、伯楽はかぶりを振って、再び口を開く。
「チェッキーノのお母さんのハッピーパスも、伯母にあたるシンコウラブリイも行きたがるくらい走っちゃう馬だったのだから、もっと注意してあげなければなりませんでした」
伯楽と大オーナーの縁
改めてシンコウラブリイと歩んだ日々を考えた時、伯楽は「沢山の事を教わった」と語る。
「シンコウラブリイは飼い葉を食べなくても一所懸命に走っちゃうような馬でした。だから馬の気に任せて調教しちゃうと体がもたなくなる。それで、馬なりばかりであまり強いところをやらずに競馬に使いました」
当時、周囲から「馬なりで勝てるほど競馬は甘くない」とさんざん言われた。しかし、藤沢青年調教師は自分を信じ、馬を信じ、外野の声に耳をかさなかった。結果、壊れる事なく、ラストランとなったマイルチャンピオンシップ(GⅠ)でGⅠ初制覇を飾った。
「強く追うばかりが調教ではない」という若き日の伯楽の信念に誤りがない事をシンコウラブリイが証明してくれた。そして、それが藤沢厩舎からタイキシャトルやシンボリクリスエスら名馬が続々と生まれる未来へとつながっていった。
ちなみにシンコウラブリイの母はHappy Trailsだが、その妹にあたるハッピーパスの母はカタカナでハッピートレイルズと表記される。これは、シンコウラブリイを生んだ時はアイルランドにいた母が、ハッピーパスの時にはもう日本で繋養されていたためだが、ここにも1つのエピソードがあった。藤沢元調教師が語る。
「ハッピートレイルズは吉田勝已社長がアイルランドまで行って買ったのですが、丁度、その当時、私も大樹ファームで育成されている若駒を見に、そこへ行っていました。偶然同じタイミングで行ったので、現地で勝已社長と顔を合わせました」
吉田勝已氏はノーザンファームの代表。子息の俊介氏はチェルヴィニアのオーナーであるサンデーレーシングの代表だ。
オーナーが伯楽に預け続けた理由
ハッピートレイルズは、日本に来た後、サンタフェトレイルやシンコウバウンティらを世に送り出す。そしてそのほとんどが藤沢厩舎に入った。伯楽にとっても思い入れの強い血統だと感じたモノだが、今回それを問うと「私からやらせてくれとは1度も言っていません」と話した後、続けた。
「勝已社長が毎回、私の厩舎へ入れてくださりました」
「こんな事もあった」とさらに続ける。
「1度、私が日高で牧場を回っている時に勝已社長から電話が入り、開口一番『先生、ごめんなさい!!』と言われました」
聞くと、様々な事情で、その年のハッピートレイルズの仔を、藤沢厩舎に入れられなくなったと伝えられた。
「本来、私に断る必要などなくて、どこへ持って行くかは勝已社長が決めれば良い事です。それなのに、義理堅くそんな報告までしてくれたのです」
今回、その話を聞き、吉田勝已氏に裏を取りに行くと、義理を通した真相が分かった。勝已氏は言う。
「アイルランドにハッピートレイルズを買いに行った時、どうしても値段の面で折り合いがつかなかったんです。それを、藤沢先生が間に入ってくださり、助言してくれた事で、その後はスムーズに話がつきました」
そんな経緯があったから、毎回、その産駒は藤沢厩舎に預けたのですね?と確認すると、勝已氏はさらに続けた。
「勿論、それもあるけど、藤沢先生自身が名調教師でしたからね。色々な経緯とは別に、やはりやってほしいという気持ちがあったからこそ、お願いしていました」
ハッピートレイルズはシンコウラブリイを経てロードクロノスやトレジャーといった重賞で勝ち負けを繰り返した馬達にその血を繋げた。また、産駒のハッピーパスはラヴェルソナタやコディーノ、カービングパス等、次々と走る仔を世に出した。そして、その中の1頭がチェッキーノであり、チェッキーノの仔が今回、牝馬2冠となったチェルヴィニアである。吉田勝已氏は言う。
「ハッピートレイルズから繋がるこの血統は正に宝です」
伯楽の交渉がなければ、ハッピートレイルズは日本に来なかったかもしれない。そうなれば、チェルヴィニアを含め、日本競馬の歴史は大きく変わっていただろう。ちなみに改めて藤沢元調教師にアイルランドでハッピートレイルズを吉田勝已氏が購入出来た際のエピソードを確認すると、伯楽はひと言、答えた。
「別に私は何もしていませんよ」
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)