繰り返される研究費不正~単年度主義のせい?
2億7千万の衝撃
その金額の大きさに唖然とした。2015年12月25日に大阪大学で明らかになった研究費の不正経理処理事件だ。
別の報道では、なんとその金額は2億7千万円にものぼるとされている。
研究費の一部を助成していた科学技術振興機構(JST)は同日調査結果を明らかにしている。JST分は9316万4955円だったという。
JSTはこの問題が起こった原因について以下のように述べる。
この問題にかかわった四方哲也教授は、若くから注目され、一般著書もあるなど、著名な研究者だっただけに、研究者の間でも衝撃が広がっている。
「預け金」とは何か
ただ、金額以外は、「またか」という思いだ。
四方教授らが行った「預け金」は、実は研究費の不正経理の方法としては「一般的」である。取引のある納入業者と結託し、購入していない機材や試薬などを買ったことにするという方法だ。なぜそんなことをするのか。その背景には、研究費の年度をまたいだ使用がやりにくい、使途に制限があるという理由がある。
国の予算は憲法などで単年度主義が定められており、年度をまたく使用は基本的に難しい。研究費も同様で、たとえ予算が余っていたとしても、使い切るか、あるいは使い切れない場合は国に返納しなければならない。
しかも、年度はじめは研究費をまだもらっていないことも多く、研究するための資金がない場合が多い。これでは研究ができない。また、使途も定められており、手続きも煩雑で使い勝手が悪い。そもそも研究など計画通りにいかないものだ。
そこで考えられたのが「預け金」だ。
取引のある卸の業者などに頼んで、様々な物品を購入したことにして予算を使い切ったことにしておく。しかし実際には使っていないから、年度をまたいでも研究費が残るという仕組みである。
このほか、カラ出張、カラ謝金(出勤表等を捏造、改ざんすることなどによって、謝金の水増しや架空の雇用者の給与の請求を行い、実態とは異なる謝金、給与を研究機関から受領する)といった手口がある(研究費の不正対策検討会報告書 第1部 競争的資金等の使用をめぐる現状と課題)。
こうした方法は、かつて多くの研究者が行っていた。研究費の年度をまたいだ使用ができないため、また、使い勝手の悪い研究費を使うための、ある種苦肉の策、必要悪と思われていたのだ。
早稲田大学松本和子元教授事件の衝撃
しかし、2006年に発生したある事件が、様相を一変させる。
早稲田大学理工学部教授(当時)の松本和子氏は、JSTや新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などの研究費を不正に流用していた。
こうして不正な経理処理で得た資金をもとに、投資信託で運用していたとも報じられた。松本氏は国の科学技術政策を決める総合科学技術会議の議員でもあり、その職にあった時期にこうした不正を行っていた。さらに松本氏は文部科学省(文科省)の研究活動の不正行為に関する特別委員会の代理主査を務めるなど、研究不正を防止する側にいたこともあり、厳しい批判にさらされることになった。
この事件がきっかけになり、文科省は2007年に「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン」を作成し(2014年改訂)、研究費の不正な流用や不正な会計処理に対し厳しい姿勢をみせている(文科省「研究機関における公的研究費の管理・監査」参照)。研究費の不正が見つかった場合には、研究費申請が禁止され、事実上研究者生命が断たれる。
年度をまたぐ使用も可能に
こうした規制強化の一方、研究者たちからの度重なる要望などもあり(神経科学者SNS「事業仕分けコミュニティ」による「これからの科学・技術研究についての提言」など)、文科省は科学技術研究費補助金(科研費)の改革を行っている。
2011年からは、500万円以下の科研費の「基金化」が一部で認められている。
なくならない研究費不正
しかし、こうした取り組みにも関わらず、研究費の不正流用や不正経理は後を絶たない。北海道大学では以下のような事例が報告されている。
といったような事例が全国の大学や研究機関で発生している(このほか、全国国公私立大学の事件情報: 不正経理 アーカイブ参照)。
東大、京大、東京工業大学(東工大)などでは逮捕者も出ている。
こんなことが続けば、人々の研究者への信頼など地に落ちていくだろう。予算を不正に使用したり、不正な経理処理を行うことは明らかなルール違反であり、免罪などできない。四方教授は今回の問題で関与を否定しているようだが、厳正な調査の上、相当の処分がなされることだろう。
使いにくい研究費にツッコミを
しかし、規制を強化しても、研究費の基金化や年度繰り越し使用が一部で認められても、後を絶たない研究費の不正。いくら倫理を説いても効果が薄いということだ。背景には予算の単年度主義も含めた、構造の問題がある。
こうした問題に、現場の研究者も声をあげて行動していく必要があるし、研究費不正の問題に対しては、自浄努力を発揮し、自らの問題として対処していかなければならない。そうでないと、社会からの支持を得て研究などできない。
一部で動きもある。藤田保健衛生大の宮川剛教授は、使いやすい研究費を求めて様々な場で発言している(「すべての公的研究費の複数年度予算化を」参照)。
文科省の担当者も、こうした声を受けて、制度的制約のなか、使いやすい研究費にむけて様々な策を考えている(私のブログのコメント欄参照)。
そして何より、納税者である国民が、研究費の無駄遣いや使いにくい研究費のあり方に、私たちの税金を有効に使ってくれとどんどんツッコミをいれてほしい。