パリで今季注目の展覧会【オペラ座のドガ展】オルセー美術館
西洋絵画の歴史に一時代を築いた印象派。その中心人物のひとりエドガー・ドガ(1834〜1917)の展覧会がいま、パリのオルセー美術館で開かれている。
ドガ作品の展覧会は1981年の回顧展(パリ、ニューヨーク、オタワ)以降、世界各地で開かれてきたが、今回のは彼が偏愛したテーマ「踊り子」をオペラ座という舞台の空気感とともに展観するものだ。
というのも、現在のパリ国立オペラ劇場の起源である王立音楽アカデミーができたのが、自身もダンサーとして舞台に立ったルイ14世の時代で、ヴェルサイユ宮殿造営真っ盛りの1669年。つまりことしがちょうど350年目にあたり、その記念の年にちなんだ展覧会という意味が込められている。
会場に入ってまず目を引くのがオペラ座(ガルニエ宮)の模型。大きなケーキを真ん中からカットしたような断面からは、現在も一流のバレエ、オペラ、コンサートの舞台になるオペラ座の構造がつぶさに見てとれる。そして美術館としては珍しく音楽、しかもアリアが流れていて、視覚からだけでなく聴覚からもオペラ座の雰囲気を追体験するような演出になっている。
パリの銀行家の家に生まれたドガ。自宅で定期的に音楽会を催し、絵画にも造詣が深い家庭環境で育った彼にとって、音楽家や芸術家は身近な存在だった。彼の最初の出世作になったのは、オペラ座のファゴット奏者を描いた絵。黒衣の演奏家たちがいる陰の部分のオーケストラボックスが画面の大半を占め、光の当たる舞台はほんのわずかで、背景、あるいは脇役のように取り入れた構図が斬新だ。ここにはすでに、本来ならば中心に据えるはずのものをあえてずらしたり、俯角、仰角など意表をついた視点で自由奔放な画面構成を試みてゆく彼らしい作風が表れている。
印象派は当時一世を風靡したジャポニズムの潮流と深く関わっている。1874年から開かれていた印象派の画家たちによるグループ展(印象派展)。1879年の展覧会では、扇の形をした絵だけを飾った一室があったそうで、そこにはドガの作品も。扇面はドガが好んで用いた形式で、彼は現在わかっているだけでも27点の作品を残しているという。
1885年、50代にさしかかったドガはオペラ座の客席だけでなく楽屋まで自由に出入りできる許可を得る。史料によれば、その後およそ7年半の間にじつに177回オペラ座に通っていたことがわかっていて、同じ演目を何度も、ものによっては30回以上鑑賞している舞台もあるというのだから、その視線はひとりの観客のものではなく、「オペラ座の住人」のものになっていたのではないかと想像できる。舞台も袖も楽屋も、客席の隅々までも知り尽くした彼だからこそ、光を浴びた踊り子たちの様々な動きはもちろんのこと、彼女らがふと気を緩めたときの息遣いや倦怠感まで描くことができたのだろう。
クロード・モネもそうだが、視力が乏しくなってしまった晩年になればなるほど、色がほとばしるように溢れ出すのは不思議だ。
展覧会の最後のコーナーのテーマは「色彩の乱舞」。時に非現実的、鮮烈なインパクトをもたらす彩りで描かれた踊り子たちが次々と立ち現れるこの空間では、高い天井のスケール感とあいまって、さながら舞台の大団円に身をおいているような心地がする。
最終コーナーの壁にさりげなく書かれたドガの言葉がいい。
また彼はこんなふうにも言っていたとか…
ひとつのテーマに取り組みながら、常に高みを目指した芸術家の軌跡を辿る展覧会。
来年の1月19日まで開催されている。