台湾有事で勝利の鍵を握る亜音速長距離対艦ミサイルLRASM
1月9日、アメリカのCSIS(戦略国際問題研究所)が台湾有事の机上演習の結果を公表しました。2026年想定で中国が台湾に軍事侵攻した場合は早期に決着がついて侵攻は失敗するものの、日米台も大損害を受けるという判定です。
The First Battle of the Next War: Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan | CSIS
- 台湾は戦線を維持せよ(ただし台湾単独では負ける)
- アメリカは早期介入せよ(ウクライナ型の支援否定)
- 日本の基地を使用せよ(日本が中立化したら負ける)
- 勝利の鍵は長距離爆撃機からの長距離対艦ミサイル
内容を要約するとこの通りです。台湾単独では負けてしまう、アメリカの早期介入が不可欠、日本の基地が使えないと戦えないというのは、従来からよく知られていた内容です。ただし日本の判断が台湾が生きるか死ぬかの命運を握っているとはっきり指摘したのは大きいでしょう。
勝利の鍵は亜音速で飛行する長射程のLRASM対艦ミサイル
驚いたのはアメリカが勝利する鍵となる兵器はLRASM対艦ミサイルであり、2026年想定でアメリカ空軍と海軍で合計450発しかない、としている点です。つまり今回のCSISの報告書はLRASMをもっと大量生産し配備せよという提言です。机上演習で苦戦しているのはLRASMの数が不足しているからだと訴えています。(※対地用の巡航ミサイルならば数千発の備蓄があるのに比べて少ない。)
LRASMとは「Long Range Anti-Ship Missile(長距離対艦ミサイル)」の略で、亜音速で飛行するステルス形状の対艦ミサイルです。つまり速度性能はトマホーク巡航ミサイルと同じです。射程については実は詳しい数値の公表はされていませんが、LRASMの原型となったJASSM-ER空対地巡航ミサイルが射程500海里(約930km)以上なので、LRASMは移動目標である艦船を狙うのでこれより有効射程は短いと推測されていますが、少なくとも300海里(約560km)以上の有効射程があるだろうとされています。
特にCSISの報告書では長距離爆撃機にLRASMを搭載して攻撃に向かうことが効果的だとしています。中国の中距離ミサイルの射程外(グアムよりもさらに遠く)から発進し、LRASMを大量発射して飽和攻撃を行い敵艦隊を殲滅すれば、戦争は早期に決着するとしています。つまり敵の航空戦力を叩くよりも、敵艦隊(特に重要なのは揚陸艦隊)を叩くことが優先だとしています。
CSISの机上演習でBase Scenario(基本シナリオ)、Pessimistic Scenario(悲観シナリオ)、Optimistic Scenario(楽観シナリオ)でCombat Aircraft Losses(軍用航空機喪失数)とShip Losses(艦船喪失数)を見ると、全てのシナリオで中国艦隊が全滅する想定です。これは中国艦隊(特に揚陸艦隊)の全滅で戦争が決着する想定だからです。つまり楽観シナリオで中国空軍機の損害が少ないのは、航空戦力が叩かれる前に艦隊が全滅して戦争が終わったということになります。
中国の艦隊全滅と引き換えに、アメリカは2個空母打撃群を失い、日本は海上自衛隊の全護衛艦隊が半壊、台湾海軍は表に書くまでも無く全滅するという、凄まじい損害が想定されています。
また日米台の航空戦力の損害も凄まじい数になりますが、これは中国の短距離ミサイルや中距離ミサイルによる航空基地への打撃で地上撃破される想定で、空中戦による敗退というわけではありません。味方戦闘機が後方の基地に退避しても敵の中距離ミサイルが飛んで来るので、頻繁に移動を繰り返す必要があります。
なお2026年想定だからか、アメリカ軍が現在開発中で2023年度中に実戦配備される予定の中距離級の極超音速兵器(陸軍:LRHW、空軍:AGM-183A ARRW)は配備数が少なくあまり役に立たないという想定がされています。このため米中の中距離ミサイル戦力比は中国が圧倒的有利という設定でシナリオは行われています。
ということは、逆に言えばアメリカ軍の中距離級の極超音速兵器が大量生産されている想定ならば、机上演習の結果はまた変動するだろうと考えられます。
また長距離対艦ミサイルといえばトマホーク巡航ミサイルの最新型BlockⅤaは「海洋打撃トマホーク」と呼ばれる対地・対艦兼用となる予定なので、これが大量生産されている想定とすれば同様に机上演習の結果はまた変動するでしょう。
トマホーク巡航ミサイルの評価:発射75%が突破可能
CSISの報告書の評価では高価で数が揃わない少数の極超音速兵器よりも、安価で大量に数を揃えられる亜音速巡航ミサイル(トマホークなど)の方が評価が高いという、意外な結論となっています。
ここでいう「対地攻撃巡航ミサイル」「長距離巡航ミサイル」とは亜音速で飛行するトマホークやJASSM-ERのような速度の遅い巡航ミサイルを指します。極超音速兵器と比較していることからも理解できるでしょう。そして中国大陸本土を攻撃しても亜音速巡航ミサイルは25%しか撃墜されず、75%が突破できるとしているのです。これはかなり通用すると見てよい数字です。遅いトマホークだろうと数を大量に用意すれば、飽和攻撃が成立して敵防空網を突破できる有効な兵器だと評価されているのでしょう。
CSISの机上演習は極超音速兵器が少数だけあっても頼りにはならず、大量に用意できるトマホークなどの亜音速巡航ミサイルの方が有効であり、勝利の鍵となるLRASM長距離対艦ミサイルも亜音速で飛行する遅いミサイルであるという結論になります。
そうすると高性能な極超音速兵器を大量に用意するのが最も強いのではないかという話になりますが、極超音速ともなると燃費の悪さは凄まじく同じ射程の亜音速巡航ミサイルの5倍以上の大きさとなるので高価になるのは必至です。すると安価で数を多く用意できる亜音速の巡航ミサイルはどうしても必要となり、極超音速兵器と亜音速巡航ミサイルを適度に組み合わせることが最適解となるのではないかと思われます。