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「アイコス」次なる戦略を探る

石田雅彦科学ジャーナリスト
アイコスのパッケージに書かれた健康警告表示:写真撮影筆者

 日本たばこ産業(以下、JT)が新型のプルーム・テック(Ploom TECH)を市場へ投入し、アイコス(IQOS)の独壇場だった加熱式タバコの市場がまさに過熱しつつある。タバコ会社の競争が激化すると喫煙率が上がる傾向もあるので注意が必要だが、アイコスもさらに新たな製品開発によって競合他社を引き離そうとしているようだ。

米英で広まる電子タバコとの関係

 アイコスを製造販売しているのは米国のフィリップ・モリス・インターナショナル(以下、PMI)だが、米国国内のタバコ・ビジネスは食品大手でもあるアルトリア(Altria)が行っている。そのアルトリアが、電子タバコ「JUUL(ジュール)」の株式の35%を約1兆4250億円(128億ドル)で買収したのは2018年12月のことだ。

 米国や英国などでは、ニコチンを添加した電子タバコが広まりつつあり、特に高校生を含む若年層がJUULを吸って社会問題になっている。米国の南カリフォルニア大学の研究グループの調査によれば、タバコ製品を吸う中高生の約360万人のうち、約210万人が電子タバコを吸っているという(※1)。

 タバコ喫煙者の中学生41.8%、高校生46.8%が電子タバコとその他のタバコ製品との併用者だ。全中学生の電子タバコ使用者(3.3%)は紙巻きタバコ(2.1%)より多く、全高校生の電子タバコ使用者は11.7%で紙巻きタバコ(7.6%)や葉巻(Cigars、7.7%)より多いという。

 このJUUL、すでに米国の電子タバコ市場で70%を超えるシェアを獲得しているようだが、米国のベンチャーにありがちな大学生によって立ち上げられた企業だ。USBメモリーのような外観をしたJUULは、手の平の中に収まるほど小さく、学校へ持ち込んで授業中に吸う高校生も現れているようだ。

 こうした状況に米国の食品医薬品局(以下、FDA)は、若い世代への販促活動などを規制するなど危機感を強めている。

 米国で売られているほとんどの電子タバコにはニコチンが添加されている(※2)。タバコという製品の実態は、依存性薬物であるニコチンによる習慣性だ。しかし、米国の電子タバコ・ユーザーに対する調査では、その約20%が電子タバコにニコチンが添加されていることを知らなかったか、それについてあいまいな知識しか持っていなかった(※3)。

 話が横道に逸れたが、ニコチンは電子タバコに入れて単に加熱し、蒸気(ベイパー)にして吸い込んでも、その依存性にあまり効果はない。ニコチンを吸収して脳へ到達させるためには、イオン化して塩基を付け、ニコチン塩にする必要がある。紙巻きタバコは燃焼過程でニコチンがイオン化し、ニコチンが急速に吸収されて脳へ到達し、タバコ特有の吸い心地が生まれる。

競合他社の開発力を削ぐ

 JUULの技術の特徴は、電子タバコに添加されるニコチンに塩基を付けることで、紙巻きタバコと同じような吸い心地と依存性を実現させたことだ。それによりJUULが米国市場に広まったといえる。

 アルトリアがJUULの株を買収し、同社におけるプレゼンスを圧倒的なものにした理由は、JUULが持つ技術とUSBメモリー的な外観によるデザイン力、SNSなどを駆使したマーケティング・ノウハウが魅力だったからだろう。

 そして、それはアルトリアの姉妹会社であるPMIにとっても重要な要素となる。PMIは、アルトリア(PMI・USA)と技術提携しており、当然ながらアルトリアがJUULから得る知財などを利用できる。

 さらにいえば、アルトリアがJUULへ出資した背景には、かつてのプルーム、つまり現在のJUULに対するJTの影響力を排除する目的もあるのだろう。なぜなら、JUULはもともとプルーム(Ploom)という企業であり、JTが2011年に同社に出資していた事実がある。

 今回、JTが新たに市場へ投入したプルーム・エス(Ploom S)やプルーム・テック・プラス(Ploom TECH+)の技術は、かつて出資することで得たプルーム時代のJUULの名残りともいえ、JTは加熱式タバコの独自の開発力はないようだ。

 実際、プルーム・テック・プラスは、2015年にJTの国際販売部門である日本たばこ産業インターナショナル(JTI)がプルームから買収した知財の中にある特許仕様とそっくりだし、プルーム・エスも技術的にはブリティッシュ・アメリカン・タバコのグロー(glo)と酷似している。また、これらの新製品は技術的な限界からか、プルーム・テックに比べて害の低減にも成功していない。

 一方、アイコスを出しているPMIは、2018年の第4四半期のアニュアル・レポートにおいて製品開発を4つ行っていると発表した(※4)。

 1つ目は、アイコスの害をより低減し、FDAに申請している米国内での販売を実現させようとするプロジェクトだ。2つ目は新たな新型タバコのシステムで、発火させた炭素熱源によりニコチンを発生させるものとなる。3つ目がまさにニコチン塩のエアロゾルの発生装置で、電子デバイスを使うものと使わないものを実験中のようだ。4つ目は、ニコチンを添加したリキッドを用いた新たな電子タバコで、それぞれのプロジェクトはバイオマーカーを使った臨床試験の段階に入っているという。

 PMIは、アルトリア経由でJUULの技術やノウハウを得ることが可能だ。そして、競合であるJTの技術の芽を摘むこともできたといえる。これでFDAから認可が下り、アイコスを米国で販売することができれば、PMIにとってかなり有利な展開になるだろう。

 加熱式タバコの出現により、公衆衛生当局のタバコ規制政策が混乱しているのは事実だ。PMIはこの状況に拍車をかけつつ、混乱に乗じてアイコスなどの新型タバコを市場へ投入してくるだろう。こうした背景を考えれば、アルトリアとPMIの再統合もあり得るのかもしれない。

※1:Jessica L. Barrington-Trimis, et al., "Adolescents’ Use of “Pod Mod” E-Cigarettes- Urgent Concerns." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, Vol.379, 1099-1102, 2018

※2:Marynak KL, Gammon DG, Rogers T, Coats EM, Singh T, King BA. "Sales of nicotine-containing electronic cigarette products: United states, 2015." American Journal of Public Health, Vol.107(5), 702-705, 2017

※3-1:Pepper JK, Ribisl KM, Brewer NT. "Adolescents' interest in trying flavoured e-cigarettes." Tobacco Control, Vol.25(supp 2):ii62-ii6, 2016

※3-2:Morean ME, Kong G, Cavallo DA, Camenga DR, Krishnan-Sarin S. "Nicotine concentration of e-cigarettes used by adolescents." Drug and Alcohol Dependence, Vol.167, 224-227, 2016

※4:Philip Morris International Inc. "2018 Fourth-Quarter and Full-Year Results Conference Call." February 7, 2019

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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