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浴室での死者数は交通事故の4倍~平幹二郎さんの死から考える

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
浴室は危険な場所(ペイレスイメージズ/アフロ)

ドラマ出演中の急死

舞台やテレビで活躍した日本を代表する俳優、平幹二郎さんが急死された。享年82歳。

死の報を聞いたのが23日。ぢょうどNHKのBSプレミアムで再放送中の「武田信玄」で、武田信虎役を熱演されているのを見たばかりだったので、非常に驚いた。心よりご冥福をお祈りする。

息子の俳優、平岳大さんが発見したという。

北沢署によると、22日に所属事務所が平さんと連絡が取れなかったことから、翌23日、近くに住む岳大が世田谷区内の自宅を訪問。午後6時半ごろ、浴室の浴槽で倒れているのを発見し、119番した。同署員が駆けつけたが、すでに心肺停止状態だったという。平さんは一人暮らしだった。死因は不明だが、同署は事件性はないとみている。

出典:サンケイスポーツ記事

実は平さんのような年齢や、発見の経緯は、浴室での突然死に多いケースだ。

独居の高齢者が浴槽内で…

日本法医学会が、「浴槽内死亡事例の調査」という文書を公表している(2014年)。これによると、浴室での死亡は1月に多いが、10月あたりから増え始める。70代がピークで80代も多い。死因の一番は溺死で、その次に病死(心血管系の病気など)が続く、死因が不明なケースも多い。

発見の経緯は、「独居のため、安否確認により知人や警察官などが発見」が最も多く、「入浴時間が長いため」が続いていた。また独居者は 40%で、家族と同居は 58%、不明が 2%であった。

発見場所は、「浴槽内」が 99%であった。事故の発生場所は、「自宅浴槽」が88%を占めていた。

出典:浴槽内死亡事例の調査

東京都健康長寿医療センター研究所などの調査では、入浴中に心肺停止となって救急搬送された人の平均年齢は80.6歳だったという。

まさに平さんは、年齢や発見の経過などが、入浴中の死亡例の典型的なのだ。

なぜ浴槽や浴室が危ないのか。それは温度差が関係している。日本では熱い風呂に肩までつかる。一方、冬場は外気温が低く、脱衣所などはかなり冷える。この寒暖の差が、心臓や血管などに負担をかけ、高血圧が生じる。これが、心筋梗塞や大動脈解離、脳出血やくも膜下出血といった心臓、血管、脳の病気を引き起こす。

寒暖の差が病気を引き起こすことを「ヒートショック現象」というが、浴室はほかの場所以上にこの現象が起きやすい。

年間1万9千人が浴室で死亡

厚生労働省の研究班の調査では、溺死を含め、年間1万9千人が入浴中に亡くなっているという(消費者庁「冬場に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください!」 )。これは交通事故死(2015年で4,117人)の4倍以上にも達する。

これは尋常ならざる数字だ。しかし、交通事故ほど報道されることはない。浴室がいかに危険な場所であるかを意識している人は少ないと思われる。

亡くなっているのは、心臓などが普段から悪い人だけではない。平さんのように、普段健康であった人が入浴中に亡くなるケースも多く報告されている。

また死因と関連した傷病は 696 例(48.3%)の事例で認められている。内容については後述するが、明らかな傷病が認められなかった事例は 653 例(45.3%)で、不明なものが 92 例(6.4%)であった。すなわち、浴槽内死亡事例の半数には死因となりうる傷病が認められなかったという結果であった。

出典:浴槽内死亡事例の調査

高齢者だけでなく、比較的若い年齢の人も、少なからず浴槽内や浴室で死亡している。浴槽、浴室内での死亡の危険は、誰もが意識しなければならないのだ。

浴室での死を防ぐには?

浴槽、浴室での死を防ぐにはどうすればよいか。

平さんのような独居の高齢者の方は特に要注意だが、私たちはみな、以下のことを認識するべきだ。

(1)入浴前に脱衣所や浴室を暖めましょう。

(2)湯温は 41 度以下、湯に漬かる時間は 10 分までを目安にしましょう。

(3)浴槽から急に立ち上がらないようにしましょう。

(4)アルコールが抜けるまで、また、食後すぐの入浴は控えましょう。

(5)入浴する前に同居者に一声掛けて、見回ってもらいましょう。

出典:消費者庁 冬場に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください!

入浴は日々不可欠なことだけに、老若男女問わず注意していただきたい。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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