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「禁煙支援」で下げられる「医療コスト」はどれくらいか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 タバコと喫煙による経済損失は巨額だ。全体の被害総額は、タバコ税収を補ってあまりある。一方、タバコを止めるようにサポートする禁煙支援による費用対効果は、こうした経済損失からみれば微々たるものだ。

巨額なタバコによる経済損失

 タバコは社会に大きな損失を与えている。タバコ関連疾患にかかる医療費はもちろん、病気にかかった喫煙者の入院や死亡による経済損失、タバコの火の不始末による火災からの人的物的被害、タバコの煙による汚れや吸い殻の清掃費用、受動喫煙を防止するために行使された努力、喫煙所や分煙設備などなど、枚挙に暇がない。

 先日、厚生労働省の研究班がまとめた推計によれば、2015年度のタバコによる損失額は医療費を含め、2兆500億円に達するようだ。こうした数字にはブレがあり、最大で7兆1540億円の社会的コストが出るという試算もある(※1)。

 タバコによる経済損失、社会的コストは、一般的にタバコ関連疾患にかかるリスクをもとにして見積もられる超過医療費と治療や入院、早期死亡によって失われたであろう労働生産性の損失によって推し量られる。一方で、タバコ関連疾患の治療による寿命の延伸は、むしろ医療費を押し上げるのではないかという意見もあるが、こうした医療費は計算に入れていない。

 試算に大きなブレがあるのは、タバコによる労働生産性の損失をどう見積もるか、どこまでを入れるのかによって変わってくるからだ。休業損失は明らかな損失だが、タバコや喫煙によって仕事の効率が落ちるという損失もある。前述した最近の推計では、喫煙関連疾患による健康寿命の短縮、介護などの経済損失も入れているようだ。

費用対効果の高い禁煙支援

 一方でタバコを止めようとする喫煙者へのサポートである禁煙支援の費用対効果は、かなり高いことが知られている(※2)。

 病気の予防に対する医療的なコストは一般的に高価だが効果もあるというものが多いが、禁煙支援はタバコ関連疾患のリスクが非常に高く影響も大きいため、安価で効果も高い費用対効果の優れた予防治療のようだ(※3)。

 ただ、こうした禁煙支援の費用対効果を調査した研究は、ニコチン代替薬であるバニレクリン(商品名チャンピックス)を製造販売しているファイザーの研究者によるものや、同社から資金提供を受けたものが多いことに注意したい。ニコチンを皮膚に貼るパッチやニコチンが入ったガムなどのニコチン補助剤とニコチン代替薬であるバニレクリンの使用効果は確かだが、カウンセリングやフォローを併用したほうがより禁煙成功率が高くなるという研究もある(※4)。

 厚生労働省は、喫煙は治療の必要な病気であるという主旨から2006(平成18)年4月より禁煙外来での治療を保険適用した。健康保険などを使えば自己負担3割で治療可能だが、それでも8週間から12週間の治療に1万3000円から2万円ほどの治療費が必要となる(保険を使わない場合は2万4000円から3万6000円)。

 個々人の治療費は安くないが、保険適用されたのには理由がある。厚生労働省の研究班が試算したところ、禁煙治療をした場合、開始から6年目には経済的に黒字に転じるようだ(※5)。

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特定健診及び特定保健指導の場で禁煙治療の受診を促すことにより、15年目には特定健診受診者2510万人において約432億円の黒字になるという試算結果が報告されている。Via:厚生労働省「禁煙支援マニュアル第二版(増補改訂版)」2018

禁煙支援は喫煙率を下げるためにも必要

 最近、米国のサウスカロライナ医科大学などの研究グループが、タバコ依存症の治療を受けた喫煙者1640人は治療後1年間にどれくらい医療費を払ったか調べ、米国の医学雑誌『Medical Care』に発表した(※6)。ちなみに、この研究は製薬会社から資金提供は受けていない。

 研究グループによれば、タバコ依存症治療にかかるコストは1人当たり74〜189ドル(約8230〜2万1020円)だったが、その後1年間の医療費を治療を受けた群と受けなかった群を比べたところ、受けたほうは1人当たり7299ドル(約8万1180円)低いことがわかったという。推計では依存症治療期間8ヵ月間の医療費削減額は、全体で360万〜480万ドル(約4億〜5億3400万円)となる。

 これらの医療費が正確に算出されているかどうか疑問だし、医療制度が日本と違うので一概にいえないが、禁煙支援の費用対効果の高さがわかる。日本の喫煙率は、30〜50代の男性でまだ30%以上と高い。彼らに対する禁煙支援は、重くのしかかる医療費や社会保障費の軽減につながる。

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イラスト作成:筆者(素材:いらすとや)

※1:平成13年度 厚生労働科学総合研究費補助金(政策科学推進研究事業)「たばこ税増税の効果・影響等に関する調査研究報告書」

※2:Jerry Cromwell, et al., "Cost-effectiveness of the Clinical Practice Recommendations in the AHCPR Guideline for Smoking Cessation." JAMA, Vol.278(21), 1759-1766, 1997

※3-1:Ataru Igarashi, et al., "Cost-Effectiveness Analysis of Smoking Cessation Interventions in Japan Using a Discrete-Event Simulation." Applied Health Economics and Health Policy, Vol.14, Issue1, 77-87, 2016

※3-2:Kiyomi Suwa, et al., "Examining the association of smoking with work productivity and associated costs in Japan." Journal of Medical Economics, Vol.20, Issue9, 938-944, 2017

※4:Leah Ranney, et al., "Systematic Review: Smoking Cessation Intervention Strategies for Adults and Adults in Special Populations." Annals of Internal Medicine, Vol.145(11), 845-856, 2006

※5:中村正和ら、「受動喫煙防止等のたばこ対策の推進に関する研究」、受動喫煙防止等のたばこ対策の推進に関する研究、平成28年度厚生労働科学研究費補助金循環器疾患・ 糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業、平成28年度総括・分担研究報告書、2017

※6:Kathleen B. Cartmell, et al., "Effect of an Evidence-based Inpatient Tobacco Dependence Treatment Service on 1-Year Postdischarge Health Care Costs." Medical Care, doi: 10.1097/MLR.0000000000000979, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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