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スペインがユーロで決勝に進出した理由。ウィングの重要性と多様性のスタイル。

森田泰史スポーツライター
スペイン代表の中心選手であるヤマル(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

およそ12年ぶりの、決勝の舞台になる。

EURO2024で、スペインは準決勝でフランスを下して、ファイナル進出を決めた。スペインにとって、EURO2012以来の決勝進出だ。

決勝の相手はイングランドである。

■ポゼッションとスタイルの変化

近年、スペインはヨーロッパの戦術トレンドに戸惑っていた。

2018年のロシア・ワールドカップ(W杯)でフランスが優勝を果たして以降、世界には「カウンター」の波が訪れた。しっかりと守って速攻を仕掛ける、というスタイルは、多くのチームにとって模倣可能で、かつ効果の出やすいものだった。

クラブ単位でも、ジョゼップ・グアルディオラ監督率いるマンチェスター・シティを除いて、カウンターを得意とするチームが猛威を振るった。トーマス・トゥヘルのチェルシー、ハンジ・フリックのバイエルン、カルロ・アンチェロッティのレアル・マドリー…。この数年、チャンピオンズリーグで優勝したところは、いずれもカウンターあるいはショートカウンターを駆使して欧州の頂まで駆け上がった。

■ボール保持と結果

ラ・ロハ(スペイン代表の愛称)は、2018年のロシアW杯で、ベスト16で敗退している。その大会、スペインの平均ポゼッション率は76%だった。また平均ドリブル数は22回だった。

2022年のカタール W杯では、平均ポゼッション率77%、平均ドリブル数18回だった。モロッコ戦後の「選手たちは私が言ったことを100%、やってくれた。いや、99.9%かもしれない。ゴールを奪えなかったからだ」というルイス・エンリケ当時監督のコメントは記憶に新しい。

苦しい時期を過ごしたスペイン代表
苦しい時期を過ごしたスペイン代表写真:アフロ

2018年のロシアで、スペインの中心選手はイスコだった。イスコ、アンドレス・イニエスタ、ダビド・シルバが、入れ替わりでウィングのポジションを務めた。

2022年のカタールにおいては、フェラン・トーレス、ダニ・オルモがウィングに配置されていた。

EURO2024で躍動しているニコ
EURO2024で躍動しているニコ写真:ムツ・カワモリ/アフロ

そう、過去2つの主要大会と今大会では、ウィングの起用の仕方が異なる。

スペインは2022年のカタール W「杯終了後、ルイス・エンリケ監督が退任。ルイス・デ・ラ・フエンテ監督が就任した。また、フランシスコ・モリーナ氏がスポーツディレクター職を辞して、アルベルト・ルケ氏が入閣した。

得点を喜ぶヤマル
得点を喜ぶヤマル写真:ロイター/アフロ

そして、スペイン・フットボール連盟は、あるタレントに目を付けた。バルセロナのカンテラで頭角を現し始めていた、ラミン・ヤマルである。

15歳でトップデビューを飾ったヤマルには、モロッコ代表が関心を寄せていた。そのヤマルを確保するべく、先述のルケ氏とフランシス・エルナンデス氏が動いた。

かくして、2023年9月8日に、ヤマルはスペインA代表デビューを飾った。16歳57日、史上最年少デビューという記録を打ち立て、スペイン代表の歴史に名を刻んだ、

■スペインの新たなウィング像

件(くだん)のルケ氏は、スペイン代表で活躍した選手だ。2002年の日韓W杯とEURO2004で、ラ・ロハのウィンガーとして攻撃の一端を担った。

加えて、当時のラ・ロハには、ビセンテ・ロドリゲス、ホアキン・サンチェスといったタレントがいた。

「スペイン代表は、ウィングを使うことで、より機能すると思う。サイドから攻撃できるように、その他の選手の起用を考えなければいけない」とはイニャキ・サエス当時監督の弁だ。

しかし、EURO2004では、結果が出なかった。ラ・ロハはグループステージ敗退。そして、スペインは純粋なウィンガーを置くフットボールから遠ざかることになった。

だがEURO2024においては、ヤマルとニコ・ウィリアムスが躍動している。彼らがスペインの上位進出の原動力になったというのは、疑いの余地がない。

また、今大会のスペインには、“バリエーションに富んだ”選手たちが揃っている。

中盤を支配するロドリ
中盤を支配するロドリ写真:ムツ・カワモリ/アフロ

スペインが世界の頂点に立った時。2010年の南アフリカW杯では、バルセロナとレアル・マドリーの選手で、基本的にスタメンが固められていた。イケル・カシージャス、セルヒオ・ラモス、シャビ・アロンソ(以上マドリー)、カルレス・プジョール、ジェラール・ピケ、セルヒオ・ブスケッツ、シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、ダビド・ビジャ、ペドロ・ロドリゲス(以上バルセロナ)。例外はフアン・カプデビラ(ビジャレアル)くらいであった。

今大会のスペインは違う。ウナイ・シモン(アトレティック・クルブ)、ロビン・ル・ノルマン(レアル・ソシエダ)、アイメリック・ラポルテ(アル・ナスル)…。ヨーロッパ、ないし世界各国から選手たちが集まってきているのだ。

さらに多くの選手が、キャリアの中で、複数クラブでプレーしている。

ロドリ・エルナンデスはマンチェスター・シティの選手だが、ビジャレアル、アトレティコ・マドリーでプレーした経験がある。ファビアン・ルイス(ベティス/ナポリ/パリ・サンジェルマン)、ダニ・オルモ(ディナモ・ザグレブ/ライプツィヒ)、マルク・ククレジャ(エイバル/ヘタフェ/ブライトン/チェルシー)、アルバロ・モラタ(マドリー/チェルシー/ユヴェントス/アトレティコ)、大半がロドリのようなキャリアを歩んできた。

それはEUROやW杯のような国際大会で活きてくる。対戦相手も、ピッチも、ジャッジも、天候も異なる。そういった中で、激しく変化する環境に適応する力が必要になる。

現在のラ・ロハには、その力が蓄えられている選手が揃っている。

選手に指示を送るデ・ラ・フエンテ監督
選手に指示を送るデ・ラ・フエンテ監督写真:ロイター/アフロ

「大会が始まる前は、イングランドやフランスが優勝候補だったと思う。あるいは、開催国のドイツなどだ。我々は、そういったチームとの試合をモノにしてきた」

「これから、またポテンシャルに満ちたチームと戦う。そのようなところを避けようとすれば、状況は悪くなる。だから受け入れるのみだ。良い形でリカバリーできているので、ここから詳細を詰めたい。残された時間は少ないからね」

これはデ・ラ・フエンテ監督の言葉だ。

競り合うチュアメニとダニ・オルモ
競り合うチュアメニとダニ・オルモ写真:Maurizio Borsari/アフロ

決勝は一発勝負だ。仕切り直しはない。

ニコとヤマル、自由に羽ばたく両翼と多様性に富んだ選手たちが揃うラ・ロハが、欧州の頂点まであと一歩に迫っている。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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