【速報】ゾコーバも「追加的有用性なし」 1治療5万円以上する新型コロナ治療薬は「余分なコスト」なのか
新型コロナ治療薬「ゾコーバ(エンシトレルビル)」。国内で開発された初の抗新型コロナウイルス薬であるこの薬に、きょう、厳しい評価が下されました。
10月9日(水)の中央社会保険医療協議会(中医協)で、ゾコーバを最低ランクである「費用増加」と評価することが承認されました。
要は「せき止め薬などの一般的な治療に加えて使っても、重症化予防や症状の緩和、さらには罹患後症状(いわゆるコロナ後遺症)の予防などの効果があるかは示されておらず、余分なお金だけがかかる」ということです。
例として、一般的なかぜの治療に使われるせき止め薬「メジコン錠15mg」の薬価(薬の値段)は1錠あたり5.7円である一方、「ゾコーバ錠125mg」の薬価は1錠あたり7407.4円に設定されています。
5日間で7錠を服用するので、1治療あたりのコストは合計5万2000円ほど。患者の自己負担は3割負担の場合で1万5000円以上になる高額な薬です。
それが「費用増加」(≒余分なお金だけがかかる)とはどういうことなのか?わかりやすく解説します。
「薬のコスパ」費用対効果評価とは
ゾコーバは2022年11月に緊急承認され、塩野義製薬より販売されている国内初の抗新型コロナウイルス薬です。
上述のように価格が高く、多くの人に投与された場合に医療費に与える影響が大きくなる可能性があったため、2023年3月に「費用対効果」を評価することが決まりました。
費用対効果とは、簡単に言えば「コスパ」のことです。ゾコーバに使われた「費用」に対して、患者の症状を緩和するような「効果」が十分にあるのかを評価します。その結果に基づき、薬の値段が高すぎたり低すぎたりする場合は、それを調整しようというわけです。
そして実際に評価が実施された結果がきょう中医協に報告され、ゾコーバは最低ランクの「費用増加」とされました。
「費用増加」その根拠とは
その根拠は何か。ここからは中医協資料および評価を実施した国立保健医療科学院の公開資料をもとに見ていきます。
評価の理由とされたのは、主に次の2点でした。
①ゾコーバには、一般的なかぜの治療で使われるせき止め薬などと比較したときに、重症化予防や症状緩和および罹患後症状(いわゆるコロナ後遺症)の予防などの効果が高いことが示されていない
②その一方で、一般的に使われるせき止め薬などと比べて、薬の値段が高い(余分なお金がかかる)
どうしてそう言えるのか。資料では次の2点を主に指摘しています。
1)一般的な風邪の治療(咳止め薬や抗ヒスタミン薬を含むかぜ薬)と比較をしていない
ゾコーバは、新型コロナの患者さんに対して行った臨床試験(T1221試験)において「臨床5症状(※)が全て回復するまでの期間がおよそ1日短くなる」ことを示しました。その際、最後まで続いた症状の多くは「せき」と「鼻水または鼻づまり」でした。
一方で、上記の臨床試験に参加した患者さんは、せきや鼻づまりを抑えるために一般的に使われる「せき止め薬」や「抗ヒスタミン薬を含むかぜ薬」などの併用を禁止されていました。
実際の臨床現場では、安価なせき止めやかぜ薬を使わず、自己負担で15,000円以上するゾコーバだけが処方されるケースは少ないと考えられます。
そこからゾコーバは、一般的に行われるかぜの治療(安価なせき止め薬や鼻づまりの薬を使った治療)と比べて、本当に有効かどうかが示されていないと判断されました。
※咳、鼻水又は鼻づまり、喉の痛み、倦怠感(疲労感)、熱っぽさ又は発熱
2)臨床試験において、計画より多くの患者を分析対象としていた
薬の効果を調べる臨床試験では、計画段階で、何人くらいを分析対象とするのかを決めます。これは、「仮に効果があるならこのくらいの患者数を調べれば差が出るはず」ということを検討したうえで決めます。
ゾコーバの臨床試験(T1221試験)の計画の最終版(10版)では、目標患者数を780人としていました。しかし、最終的に分析が行われたのは1030人でした。
一般的に、分析する患者数が多ければ多いほど、わずかな差でも「統計的に意味がある」とされやすくなります。国立保健医療科学院の資料では、もし計画通りの数で分析されていたとしたら、ゾコーバに意味のある効果があるとは示されなかった疑いがあると指摘されています。
【注意】現在これらの薬を処方されている方が、ご自身の判断だけで服用を中断することは絶対に避けてください。個人の治療は薬の価格だけでなく、様々な要因をもとに検討されています。ご自身の治療に疑問などを感じた場合は、かかりつけの医師や薬剤師などに相談してください。
【解説】相次ぐ新型コロナ高額薬の低評価 何がポイントか
今回、ゾコーバに対して示された「費用増加」という評価は、別の新型コロナ治療薬である「ラゲブリオ(モルヌピラビル)」にも下されています。詳しくは、その際に公開した筆者の記事を参照してください。
新型コロナ薬「有用性なし」の衝撃 1600億円以上を売り上げた「新薬」は無駄だったのか(市川衛 2024年3月14日公開)
いまも広く処方され、多くの医療費が使われている2つの新型コロナ薬に対し、相次いで「余分なお金がかかるだけ」という評価が下されていることを、どう捉えれば良いのでしょうか?
まず、なんでそもそも「余分なお金がかかるだけ」という評価が下されるような薬が、薬として認められているの?ということが気になりますよね。その点については、それぞれに理由があります。
状況の変化や、比較する対象によって、薬の評価は変わりうる
3月に「費用増加」とされたラゲブリオは、臨床試験によって、高リスクの患者の重症化を予防できることを示して承認されました。
しかしこの薬の場合、承認のための臨床試験は、毒性の強いデルタ株が中心だったころに行われていました。
そこで毒性の弱まったオミクロン株が中心となった状況で改めて調べると、重症化予防の効果を示せませんでした。おそらく、そもそも新型コロナによって入院するリスクが低くなったので、相対的に薬のメリット(有用性)が薄れてしまったと推測できます。
一方で今回のゾコーバに関しては、オミクロン株の流行以降に臨床試験が行われていることもあり、そもそも重症化予防の効果は示されていません。
臨床試験では、「発症後3日以内に投与された場合、せきや鼻づまりなどの症状が1日早く治まる」ことが示されました。薬として承認されるかは「絶対的評価」といって、その薬単体で見た場合に効果があるかを見ますので、これで有効性あり、と判断されました。
ただ先述のように、臨床試験では「患者はせき止め薬や抗ヒスタミン剤を含むかぜ薬を併用してはならない」という制限がつけられていました。現実社会では(薬の相互作用によって副作用が生じうる場合は別として)こうした制限はありません。
ですので、現実社会では「せきを早めに減らすなら、安価なせき止め薬でも良くない?」という考えもありえます。
このように、新しい薬が出た時に、既存の薬などと比べて有用性を評価するやりかたを「相対的評価」と言いますが、費用対効果評価は相対的評価によって行われます。その結果、「追加的有用性なし(一般的なせき止め薬や鼻づまりの薬と比べて有用である証拠がない)」という判断になったわけです。
国は、費用対効果分析の結果をもっと活用すべき?
個人的に今回のニュースで注目すべきポイントは、医薬品の「費用対効果分析」の位置づけだと考えています。
医薬品として承認を受けるには、厳しい審査があります。「ラゲブリオ」「ゾコーバ」それぞれ、様々な意見はあるものの、データに基づいて有効性が認められて承認されました。
ただ先述のように、薬が承認されたとしても、それが「実社会で、本当に役に立つか」は別の要素も絡んできます。
今回の新型コロナのように、流行する変異株が変って毒性が弱まることもありますし、薬の効果はあったとしても、既に存在する別の薬と比較するとコスパに疑問がわいてくることもあります。
一般的に新しい薬ほど高額なので、こうした要素を考えずに薬が販売されたり使われたりすると、国民の財産である保険料や税金のムダ遣いに繋がります。
そのため、日本だけでなく海外でも広く取り入れられているのが、薬の承認後に費用対効果(コスパ)を評価し、それに合わせて価格を調整しようとする制度です。
ただ現在、日本における費用対効果評価の活用については、2つの論点が指摘されています。
①低い評価を受けても、価格があまり変わらない
ラゲブリオの場合、「費用増加」という最低ランクの評価を受けた結果、薬価は引き下げられました。ただし約9万4000円から8万6000円程度と、引き下げ幅はおよそ8%に留まりました。
「余分な費用がかかるだけ」とまで評価された割には、そんなに変わらない?と感じる方もいるかもしれません。
これは別に、何か手心が加えられたわけではなく、そもそも価格の引き下げ額が一定の範囲に限定される制度になっているためです。
例えばフランスには、費用対効果評価の結果によって薬の価格が大幅に変わりうる制度があります。
日本でも、評価の結果を価格にどのように反映させていくかについて、今後議論を深めていく必要があるかもしれません。
②薬の保険収載の判断に、費用対効果評価の結果を参考にすべきか
現状、日本の制度は薬の保険適用(医療保険の対象とするかどうか)の判断に費用対効果の評価を取り入れていませんが、EUなど諸外国には取り入れているところもあります。
今年5月、財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会は「既存の医薬品と比べ、新たに見込まれる効果のわりに価格が高すぎる医薬品を保険の適用外とする仕組みの導入」を検討すべきだと提言しました。
もちろん、新薬の開発には膨大な費用がかかります。多額の投資によって薬を開発しても、「コスパが悪い」と評価されて保険収載されないとしたら、製薬企業の開発意欲を削いでしまうかもしれません。また海外で流通している薬が日本に入ってこない「ドラッグ・ロス」を助長するという指摘もありそうです。
しかし一方で、そもそも費用対効果評価の低い薬は、効果がそれほど大きくなかったり、既存の薬で代用可能な部分があったりすることが多いわけです。そうした薬が作られなかったり、入ってこなかったりすることがどれだけ本当の意味で患者にとっての不利益につながるのか、冷静に議論する必要があるかもしれません。
国民皆保険制度を持続可能にするために、改めてコスパを考える
現在、日本の医療費は45兆359億円(2021年度)におよんでいます。これらの多くは、国民の財産である保険料や税金から支出されています。
日本は赤字財政であり、多くの国債つまり借金によって医療費を補っています。若い世代や、これから生まれる世代に大きな負担が背負わされている状態です。
日本の誇る国民皆保険制度には、高額な医療費がかかっても患者の自己負担が一定額で収まる仕組み(高額療養費制度)があります。
実はこの仕組みは、国際的に見て一般的なものではありません。海外では高額な治療が必要になった時、自己負担によって生活が破綻してしまう所も少なくないのです。
筆者も海外で日本の制度を説明すると「なんという患者目線の、素晴らしい制度だ」と感服されることが多々あります。
「医療費によって生活が壊されず、だれもが医療にかかれる」状態をユニバーサル・ヘルス・カバレッジといいますが、日本はそれを実現している存在として国際的には高く評価されています。
この大切な制度を持続可能なものにしていくためにも、改めて高額な医薬品の「コスパ」に関して、市民・製薬企業・医療者・政治家・行政官僚などのステークホルダーが、深く議論する必要があると感じます。
【参考資料】
厚生労働省中央社会保険医療協議会 総会(第596回)総-1
「医薬品・医療機器等の費用対効果評価案について」2024年10月9日公開
国立保健医療科学院 保健医療経済評価研究センター
「エンシトレルビル(ゾコーバ錠125mg)に 関する公的分析の結果 」2024年10月9日公開