なぜイニエスタは引退を決意したのか?ペップ・バルサの軌跡…大衆を魅了した魔法。
また一人、レジェンドが、去っていく。
アンドレス・イニエスタが現役引退を発表した。バルセロナ、ヴィッセル神戸、エミレーツ・クラブに在籍して、38個のタイトルを獲得した男が、スパイクを脱ぐ決断を下している。
■輝かしいキャリア
イニエスタは中盤を司る選手だった。彼のプレーには、アカデミックな精緻さと、ストリートサッカーの香りが共存していた。
ラ・マシア(バルセロナの育成寮)出身で、生粋のバルセロナのカンテラーノだ。バルセロナのカンテラで培った技術、スキル、戦術眼は、2002−03シーズンにトップデビューして以降、1部の舞台で存分に発揮された。
とはいえ、型に嵌まった選手ではなかった。全盛期のペップ・バルサで、リオネル・メッシ、シャビ・エルナンデスと連携しながら、時折、魔法としか思えないようなプレーを見せた。針の穴を通すようなスルーパス、相手の目を眩ませるようなワンツーで、幾度となくチームの決定機を演出した。
「アンドレスは我々の幼少期を体現するような選手だった。子供の頃、誰しも、母親に『もうやめなさい』と言われるまでフットボールに明け暮れたことがあると思う。そんな時期のことを思い起こさせてくれる選手だった」
これはルイス・エンリケ監督の言葉だ。
また、イニエスタは、その人間性で、多くのファンを虜にした。
2010年の南アフリカ・ワールドカップでは、決勝のオランダ戦で決勝ゴールを沈めた。その際、ユニフォームを脱いで、『ダニ・ハルケ、いつも僕たちと一緒に』と記されたTシャツを示した。前年に亡くなっていたダニ・ハルケ(当時エスパニョール)への自分なりのレクイエムを、世界王者に輝こうとする瞬間に、捧げたのだ。
「物静かで、慎重を期する性格だった。けれども、素晴らしい仕事仲間であり、アイコンタクトをするだけで分かり合えた。彼との間に、特に言葉はいらなかった」とはビセンテ・デル・ボスケ監督のイニエスタ評だ。
「私が印象に残っているのは、あるリーグ戦のバルセロナ対エスパニョールの試合だ。バルセロナが大差でリードしていたが、イニエスタが交代でピッチを去った際、スタンドからは多くの拍手が送られた。そういった出来事から、いかに人々がイニエスタを認めていたかが分かるだろう」
イニエスタは、不思議と、先を見通せるプレーヤーだった。
ペップ・バルサは、ファーストシーズンで、セクステテ(6冠)を成し遂げた。だがスタートは低調で、リーガエスパニョーラでは、開幕から2試合連続未勝利が続いていた。
「バルセロナでのファーストシーズン、最初、我々は勝ち点6ポイントのうち、1ポイントしか獲得できていなかった。ある日の午後、アンドレスが私のオフィスを訪れた。『ペップ、僕たちは良い方向に進んでいるよ』と言ってくれた。その言葉に、非常に勇気づけられたんだ」とはジョゼップ・グアルディオラ監督の回想だ。
ピッチ上で、ひとたび、ボールを持てば、奪える者はいなかった。現役時代のグアルディオラとミカエル・ラウドルップに憧れていた少年は、そのプレービジョンとダブルタッチを武器に、数多のタイトルを獲得した。
引退後は、指導者としての道を歩む。
可能であれば、90歳までプレーしたかったーー。引退会見で、イニエスタはそのように話している。
ただ、今生の別れという訳ではない。舞台を変えて、イニエスタは必ず、戻ってくるはずだ。