孤高のドローン/ドゥーム・デュオ:ナジャが新作『ルーミナス・ロット』を発表。SF的世界観を語る
孤高のドローン/ドゥーム・デュオ、ナジャ(NADJA)が2021年5月に新作アルバム『ルーミナス・ロット』を発表した。
エイダン・ベイカー(ギター、ヴォーカル、ドラム・マシン)とリア・バッカレフ(ベース)の2人からなるナジャはカナダで結成、現在はドイツのベルリンを拠点に活動。エレクトロニックなドローンとヘヴィなギター、全編を貫くアンビエンスを融合させた音楽性が世界的な人気を誇っている。日本でも彼らは絶大な支持を得て、2012年・2014年・2018年と3度の来日が実現した。
2009年には新作3枚、カヴァー・アルバム、コンピレーション、コラボレーション、スプリット作4枚を発表するなど、溢れんばかりの創造性で知られてきた彼らだが、『ルーミナス・ロット』は約3年ぶりとなる新作オリジナル・アルバム。間は空いたがその分、凝縮されたサウンドで聴く者を圧倒する。
新作について、エイダンとリアが語った。
<劉慈欣の“地球往事”三部作からインスパイアされた>
●2020年にはエイダンがソロ作や他アーティストとのコラボレーションを行い、ナジャとしてもカセット『SV (Moving Noises Version) 』とデジタルで全1曲42分のEP『Seemannsgarn』を発表しましたが、どのような1年でしたか?
エイダン(以下A): ずっとベルリンで引きこもっていたよ。ほとんどのライヴが中止や延期になった。2020年夏に数回ソーシャル・ディスタンス形式で野外フェスティバルに出演したし、屋内ライヴも数回、お客さん同士が距離を置いて、マスクをして行う形式でやった。今年(2021年)も春先に数回のショーがブッキングされていたけど、中止になってしまった。俺たちは収入の多くをツアーで得ていたから、正直困ったね。ただ、まるっきり仕事がないわけではなく、けっこう忙しくやっているよ。いろんなアーティストとコラボレーションしたり、映画音楽やゲーム音楽、他アーティストの作品のマスタリングなどをやってきた。コラボレーションはスタジオで顔を合わせてセッションをやるのが難しいから、ファイル共有でやらねばならない。それでも幾つかエキサイティングな共演をすることが出来たよ。
●映画とゲーム音楽はどのような作品を手がけたのですか?
A:カナダの短編映画『To Die Like A Dog』の音楽を担当したんだ。テーマとなる曲、それからスコアも書いた。映像と呼応しあう音楽を書くのは刺激的な経験だった。ゲームの方はまだ発売前だし、タイトルを明かせないんだ。こちらも新しい試みだったけど、ゲームだからといって、普段と異なったスタイルの音楽をやるわけではないんだ。プロデューサーだって俺の音楽性を求めて俺を起用しているわけだからね。いつもの俺たちらしくやったよ。
●『ルーミナス・ロット』は約3年ぶりの新作アルバムですが、一時は年間3〜4枚のアルバムを発表していたナジャにしてはずいぶん久しぶりですね?
A:まあ当時はたまたま新作リリースのタイミングが重なったことも理由だけど、確かに久しぶりのアルバムだね。前作『ゾンボルナー』(2018)を発表して、新型コロナウィルスが蔓延する以前はツアーで忙しかったんだ。それにどうしてもナジャとしてのスタジオ・アルバムを作る必要に迫られなかった。それでライヴ音源やMoving Noises Versionのカセット・テープを発表して、『ルーミナス・ロット』には2020年の初めから着手したんだ。
●『ルーミナス・ロット』の音楽性は、どのようなものでしょうか?
A:『ゾンボルナー』はビッグな世界観の抽象的なアルバムだった。『ルーミナス・ロット』はより具象的に構成されたアルバムだよ。リフが明確だしキャッチーだから、ナジャにとって最もロックンロールに接近したアルバムだと思う。もちろんシューゲイズな要素もあるし、まったくロックンロールに感じない人もいるかも知れないけどね。
●『ルーミナス・ロット』のテーマはどのようなものですか?
A:このアルバムは劉慈欣の小説『三体』(2008)と“地球往事”三部作からインスパイアされたんだ(2015年、第73回ヒューゴー賞の長編小説部門を、アジア人作家の作品では初めての受賞)。異星人とのファースト・コンタクトを描いた作品で、知性を持った種族が別の種族とコミュニケーションを取って相互理解することが可能か?という命題を描いている。ストーリーを音楽化したわけではなく、音をコミュニケーションのツールとした表現なんだ。映画『未知との遭遇』でもすごく判りやすく使われていたよね。ラトビアの数学者ダイナ・タイミナの理論を解説したマーガレット・ヴァートハイムの著書『A Field Guide To Hyperbolic Space』(2005)からも触発されたよ。
●過去の作品でSF小説/映画などから影響を受けたものはありますか?
A:SF小説からの影響が必ずしも音楽に表れるわけではない。読者として好きなんだよ。スタニスワフ・レムの『ソラリス』(1961)はオールタイム・フェイヴァリットだ。アンドレイ・タルコフスキー監督の映画『惑星ソラリス』(1972)も素晴らしいよ。それ以外だとJ.G.バラード、ニール・スティーヴンスン、フィリップ・K・ディック、ストルガツキー兄弟... 読んだ本から直接的な影響を受けたナジャの作品は、『Radiance Of Shadows』(2007)だな。原子爆弾開発の主導者だった理論物理学者ロバート・オッペンハイマーに関する本を何冊も読んだよ。『ソーモジェネシス』(2007)もいろんなファンタジー小説からインスピレーションを得た。
リア(以下L):ロックダウン中はいろんな本を読み耽ったし、今後の作品に影響が表れるかもね。
●『ルーミナス・ロット』の楽曲には英語の歌詞がありますが、ドローンやノイズに埋もれて、聴き取ることが非常に困難です。どんなことが歌われていますか?
A:教えない(笑)。決して秘密にしているわけではなく、英語だから聴き取れるものだけど、あえて歌詞カードは載せず、聴く人の解釈に任せるんだ。
●ベルリン在住であることはナジャの音楽に影響をおよぼしていますか?
L:ベルリンには独自の雰囲気があって、常に刺激を受けている。英語だけでなくフランス語やイタリア語のコミュニティもあって、多言語社会で暮らすのは毎日が興味深い経験ね。多文化が共存して、英語を話す人も多い。だからドイツ語を話せなくても、何とか。とはいっても、私たちももっとドイツ語を勉強するべきでしょうけどね(苦笑)。
<“明るい赤”と“輝く腐敗”>
●『ルーミナス・ロット Luminous Rot』というアルバム・タイトルにはどんな意味があるのですか?
A:ダブル・ミーニングなんだ。まず英語でrotは“腐る”だから、“輝く腐敗”という意味になる。ドイツ語だとrotは“赤”だから“明るい赤”となるんだよ。そんなコントラストが面白いと思った。それにこのアルバムは直接的な表現の作品で、原色の“赤”がイメージだ。アルバムのジャケット・アートワークはインド出身のグラフィック・アーティスト、アヌープ・バートによるものだけど、“赤”を基調としている。前作『ゾンボルナー』は“青い”アルバムだったし、音から直感的に色彩が浮かぶんだ。
●今回初めてバンド外のミックス・エンジニアを起用していて、しかもそれがスリントなどで知られるデヴィッド・パホですが、どのように彼を起用することになったのですか?
A:『ルーミナス・ロット』は“サザン・ロード・レコーディングス”からリリースされるけど、レーベルのオーナー、グレッグ・アンダーソンに紹介してもらったんだ。今回グレッグはプロデューサー的な存在としてアドバイスしてくれた。数人候補がいたけど、俺たちはスリントのファンだし、デヴィッドと一緒にやってみたかった。それで彼にファイルを送って、2、3回やり取りしてみたんだ。最初はあまりにイメージの異なるミックスだったから驚いたけど、求めるものを話し合って詰めていった。
L:デヴィッドはナジャの音楽性にとても熱意を持ってくれて、私たちが納得行くまで辛抱強く何度もミックスをしてくれた。彼のおかげで、ナジャは新しいディメンションに至ることが出来たと思う。
●新作は“サザン・ロード・レコーディングス”からリリースされますが(日本国内では“デイメア・レコーディングス”)、元々ナジャを結成したときに意識したというカネイトも初期“サザン・ロード”の看板バンドのひとつでしたね?
A:うん、“サザン・ロード”には好きなバンドがたくさんいるし、グレッグはアーティストとして尊敬出来る人物で、しかもクール・ガイだ。彼らと一緒にやれてとても嬉しいよ。
L:ここ10年ぐらい自主レーベル“ブロークン・スパイン・プロダクションズ”から作品を出してきたし、D.I.Y.で自由な活動だった。でも“サザン・ロード”と活動することで第三者の視点を得ることが出来た。同じレコーディング・セッションで録った曲でも、アルバムの流れを重視して収録しなかったものがあったり、これまでの作品では違った作風になったわ。
●日本盤ボーナス・トラック「キティーン」は、そんなアウトテイクのひとつですか?
A:いや、当初から日本盤用にイメージしていた曲だよ。もう“デイメア”とは10年以上の長い付き合いだし、今回もぜひ出して欲しかった。その場合、ボーナスが必要だと思って、あらかじめ1曲キープしておいたんだ。だからアルバムのトータル性には当てはまらないけど、決して“ボツ曲”ではないよ。単独でデジタル・シングルとして発表しても良いと考えていたんだ。
●デヴィッド・パホや“サザン・ロード”との新しい出会いがある一方で、マスタリング担当のジェイムズ・プロトキンとの付き合いは長いものですね。
A:うん、1990年代初め、ジェイムズがO.L.D.をやっている頃からファンだったんだ。彼はカネイトの一員でもあったし、付き合いが長いし、信頼出来る。彼にアルバムの音を預ければ、最高の結果を得られるんだ。
●「ルーミナス・ロット」はミュージック・ビデオも作られましたが、音楽性とはどのようにリンクしていますか?
A:自分の中では意味を成しているんだけど、説明するのは難しいね...このビデオはベルリンの、うちの近所にある川で撮影したんだ。冬になると氷が張って、みんなアイススケートをしているんだよ。その様子を撮って、短いクリップを繰り返してループのようにした。幾重も重ねることで抽象アートみたくなったよ。この地域はEP『Seemannsgarn』のインスピレーションにもなったんだ。ジャケットの写真も同じ地域だよ。俺たちが引っ越してきた頃は荒れ地だったけど、最近になって開発されてきた。マンションが建てられたり、人口も増えてきたんだ。「Seemannsgarn」はそんな変化について考える瞑想的な曲だよ。
●先のスケジュールを立てづらい昨今と思いますが、決まっている予定などはありますか?
A:9月・10月にベルリン近辺でライヴを行うことになっているけど、それが可能かどうか判らない。とにかく出来ることをやるよ。ライヴが出来なかったら、もう1枚アルバムを作るさ(苦笑)。ツアーが出来るようになったら、すぐにでも日本に行くつもりだ。これまで何度か日本に行ったけど、いつだって温かく迎えてもらえた。日本のリスナーは音楽を魂と知識の両レベルで深く知っている。近いうちに日本でまたプレイ出来るのを楽しみにしているよ。
【最新アルバム】
ナジャ『ルーミナス・ロット』
Nadja: Luminous Rot
デイメア・レコーディングス
現在発売中
【バンド公式ウェブサイト】
【日本レーベル公式サイト】