「試合はスーパーの買い物」石井慧が追い求める世界最強の理想像
「あ。国籍とりましたよ。いまはクロアチア人です」
7月3日に掲載したインタビューで、石井慧が発した言葉は多くの読者の共感を呼び、TwitterやFacebookなどのSNSで高く評価する声もあったという。その反響はクロアチアでトレーニングに励む、石井本人にもしっかり届いている。世界最強を追い求める総合格闘家の声に再び耳を傾けてほしい。
――先日の「いまはクロアチア人」の記事への反響は?
「ポジティブな反響が思ったよりありました。生活に変化はないですが、ポジティブな意見をもらえて、うれしいし、いろいろな人に勇気を与える生き方をしたいです。クロアチアやクロアチアの人のために、何かしたいと心から思うし、それがモチベーションです」
――その反響の中から印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
「記事を読んで、勇気をもらったとインスタグラムでメッセージが来たときはうれしかったです」
石井慧が参戦中の賞金100万ドルのリーグ戦
石井は、アメリカの総合格闘技団体のプロフェッショナル・ファイターズ・リーグ(PFL)に今年から参戦している。6月6日に行われたリーグ戦の初戦では、ジク・トゥニィウィリー相手に判定勝ちを飾って、上々のスタートを切った。PFLでの第2戦は、8月8日(日本時間9日)に控えている。
PFLは中堅団体で、UFC、ベラトールに次ぐ第3の総合格闘技団体という立ち位置だが、この2団体との差は現時点ではかなり大きい。社長はK-1で活躍したレイ・セフォーが務め、大手スポーツ専門テレビ局のESPNが試合を中継している。また、このリーグ戦は、優勝すると賞金100万ドル(約1億800万円)が与えられ、アメリカのプロ・スポーツ・リーグでは当たり前のシーズン制を総合格闘技に導入したこともユニークな点だ。
以下、PFLのリーグ戦の概要。
- 出場12選手はレギュラーシーズンで2試合を戦う。
- 上位8選手がプレーオフへの出場権を手にする。
- 勝つと3点、引き分けの場合は両者に1点ずつのポイントが与えられる。
- 試合決着が早い場合はボーナスポイントが与えられる。1回決着は3点、2回は2点、最終回は1点。例)1回KO勝ちの場合は、勝ち点の3点とボーナスポイントの3点で合計6点。
第1戦終了時点のポイントランキング(PFL公式Twitterより)
――ポイント制のPFLで戦うには、他の団体の試合とは異なり、早期決着を狙う戦い方も必要ですが、勝敗だけではない側面は気にしますか?
「リーグ戦のことを考えるのではなくて、一試合一試合と考えている。与えられた対戦相手と戦うという感じです。ぼくは勝ち負けを気にします。2回勝てば、プレーオフには絶対出られるので、勝つことが一番大切かなと思ってます」
――PFLで優勝するためには7ヶ月間で5試合とハイペースで試合が組まれるが、優勝するための秘訣は?
「ケガに気をつけるのが何よりも大切です」
PFL第2戦は元UFCファイターと激突
8月8日(日本時間9日)にアメリカのニュージャージー州で開催されるレギュラーシーズン第2戦の対戦相手は、通算17勝7敗のジャレッド・ロショルト。32歳のロショルトは強敵がひしめくUFCで8試合を戦い、6勝2敗の戦績を残した実力の持ち主。昨年の第1回PFLヘビー級シーズンで準決勝まで勝ち進んだロショルトとの試合に対して、「勝つか負けるかのレベルではない。ふつうに勝てるでしょ」と石井は自信満々のコメントをTwitterで発信した。
――ロショルト選手の印象は?
「いいレスラーであっても相手の印象は気にせず、自分の戦いができればと思います」
――試合への意気込みは?
「普通です。普通が一番難しいですが。試合をするのが、普通の状態ですので、意気込みはありません。スーパーに買い物に行くのに意気込みは必要ですか?試合はスーパーの買い物のように自分のことを淡々とやるだけです」
優勝までの道のりはハードだ。プレーオフは10月31日にラスベガスで行われ、この日だけは準々決勝に勝つと、準決勝も同日に戦わなければならない。そして、決勝戦は石井が総合格闘技デビューをした大みそかに設定されている。ここで勝てば、100万ドルを手にできる。
――決勝戦まで勝ち残りたい思いは?
「リーグ戦であろうがなかろうが、ぼくは負けるのが嫌なので、勝負事は勝ちたい。年末まで勝ちたいのではなく、ずっと勝っていたいです」
――優勝賞金の100万ドルは魅力的ですか?
「いや、お金はもらえたらいいやぐらいの感じです。賞金ばかりを意識していると、足元をすくわれるというか。それよりも勝って、レコード(戦績)をよくすることが、次のファイトマネーにつながるので、賞金は気にしないですね」
「金メダルは利用するだけ利用してやろう」
メジャー団体のUFCやベラトールと異なり、知名度の高い選手が少ないPFLは、北京五輪で金メダルを獲得した石井を目玉選手のひとりとして扱っている。中継では「オリンピック・ゴールドメダリスト」と大々的に紹介されるので、必然的に注目度も高い。しかし、いまの石井は金メダリストであることに対して、なんのこだわりも持っていない。
――必ずオリンピック・ゴールドメダリストという肩書がつきまとうことはどう思いますか?
「昔は好きじゃなかったですけど、過去の経歴を言われるのは。いまは全然気にしないですね。昔のことだし。自分で言うことはないですね」
――PFLでも石井選手はゴールドメダリストと紹介されてますね?
「日本人は言わない美学みたいなところがありますけど、アメリカとかガンガン言うじゃないですか、自分のやってきた経歴を」
――オリンピックに出たというだけで言いますよね?
「UFCチャンピオンも、オリンピックで金メダルを取ったことがあると言いますんで、逆に利用するだけ利用してやろうというのはありますけどね」
――金メダルに対する愛着は?
「ないですね」
追い求める「世界最強」のイメージとは
柔道でも最重量級の100キロ超級で勝負を挑んできた石井は「最重量級こそが最強」であると信じて疑わない。その信念は総合格闘技に転向しても変わらず、ヘビー級よりも1階級下のライトヘビー級のほうが向いていると言われても、ヘビー級での戦いを貫く覚悟だ。
――ヘビー級にこだわる理由は?
「減量が好きじゃないんです。格闘技は強くなるためにやると思うんで。それを試合前日に水を抜いて減量して、これは競技だからというのはわかるんですけどね。それよりも強さを求めて、いまの体重でどこまでやれるか。小さい人が大きい人に勝つのが、日本の武道の醍醐味だったりしますから。そういうところを追い求めていきたいなと思ってます」
――追い求めている場所やゴールは?
「やっぱりヘビー級で一番強くなりたいですね」
――ヘビー級で一番になるためには、今後はUFCなどの団体に上がる必要性は感じてますか?
「もちろん、そうですけど。でも、UFCに行ったとして、UFCのヘビー級の選手が一番強いのかというと、それはわからないです。ヘビー級の選手は世界中に散らばっているじゃないですか。ベラトールにも、いい選手がいっぱいいますし。そういう意味でも、いまはいろんなところで戦いたいと思いますね」
――そんな石井選手が考える世界最強のファイターは誰だと思いますか?
「某監督の教えですが、これはファイターに限らず自分自身がベストだと信じることが大切だと思います。人間は弱いですから、自分に勝つのは本当に難しいです。しかし、自分を信じることはできます。誰も信じなくても、自分だけは、自分自身がベストだと信じています」
――現時点で石井選手が考える「世界最強」のイメージにはどれだけ近づいてますか? いまは何パーセントぐらいでしょう。
「イメージは無限の状態で、何パーセントかもわからない。自分が成長するにつれて、自分自身のハードルは上がります。自分が求める『完璧』に限りなく近づいていくと、新しい発見や課題が出てくるので、絶対に『完璧』にはなれないのです。ぼくの柔道ですら、理想とは程遠いものでしたから。だから楽しいのです」
――「世界最強」の座を手にするために、今後必要なものは何でしょう?
「毎日毎日、紙を1枚1枚積み重ねる作業しかないと思います。新聞紙を42回折り畳めば、月まで届くそうです。なので、毎日紙を積み重ねることで、紙一重の差が生まれ、いずれは大きいことができると思ってます」
(インタビューは、6月7日にアメリカ・ニューヨークにて実施、7月23日に追加取材)
■プロフィール
1986年12月19日生まれ(32歳)、大阪府茨木市出身。2008年北京オリンピック柔道男子100キロ超級の金メダリスト。優勝後のインタビューで「オリンピックのプレッシャーなんて斉藤先生のプレッシャーに比べたら、屁の突っ張りにもなりません」と発言し、一躍時の人に。2009年12月31日に総合格闘家としてのデビュー戦を行い、吉田秀彦に判定負け。その後、元PRIDE王者エメリヤーエンコ・ヒョードルやミルコ・クロコップら強豪選手との対戦も多く経験。世界中の格闘技団体にも積極的に上がり、2017年からは練習拠点をクロアチアに移す。現在7連勝中。交際中の柔術世界女王クリスティン・ミケルソンさんとは、8月からクロアチアで同居予定。