最長で禁固20年「フェイクニュース法」がニュースを脅かす、その本当の理由とは?
罰則は最長で禁固20年、世界で進む「フェイクニュース法」の制定が、ニュースを脅かしている――。
米研究機関「ニュース・テクノロジー・イノベーションセンター(CNTI)」がまとめた報告書で、そんな指摘をしている。
世界60カ国以上で国政選挙が行われる「選挙の年」、フェイクニュース(偽情報・誤情報)の氾濫は、高度な生成AIの普及と相まって、大きな脅威として対策が急がれている。
だが、世界31カ国32件の「フェイクニュース法」を調査したところ、対策の効果よりも、政府による濫用のリスクが際立ったという。
大きな原因は、そもそも「フェイクニュース」とは何かが、はっきりしないことだ。
「フェイクニュース法」が民主主義に影を落とす、その本当の理由とは?
●大半は明確な定義なし
「ニュース・テクノロジー・イノベーションセンター」の報告書の取りまとめに携わったニューヨーク州立大学ストーニーブルック校非常勤講師のサミュエル・ジェンス氏は、アカデミックメディア「カンバセーション」の4月2日付の記事の中で、そう述べている。
「ニュース・テクノロジー・イノベーションセンター」は2023年に新設された米研究機関で、理事長を米新聞チェーン「マクラッチ―」元CEO、クレイグ・フォアマン氏、事務局長はピュー・リサーチセンター出身のエイミー・ミッチェル氏が務め、理事にはフィリピンのオンラインメディア「ラップラー」CEOでノーベル平和賞受賞者のマリア・レッサ氏や、米ワシントン・ポスト前編集長、マーティ・バロン氏らが名を連ね、クレイグ・ニューマーク慈善財団、グーグル、ナイト財団などが資金提供をしている。
報告書は1月18日付で公開されている。
報告書では、これに先立って公表されていた国内外3つの報告書、データベースの成果をもとに、2020年から2023年までに制定・提出された32カ国の偽情報・誤情報規制に関する「フェイクニュース法」(法律及び法案)を分析し、その現状を整理している。
分析したのは、アンゴラ、アゼルバイジャン、ボツワナ、ブラジル、ミャンマー、キューバ、エスワティニ(旧スワジランド)、エチオピア、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、レソト、マレーシア、モーリタニア、モルドバ、ナミビア、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、ルーマニア、シエラレオネ、南アフリカ、シリア、台湾、トーゴ、トルコ、ウガンダ、ウズベキスタン、バヌアツ、ベトナム、ジンバブエの31カ国、32件の法律・法案(※レソトが2件)だ。
EUのデジタルサービス法(DSA)(2022年成立)や英国のオンライン安全法(2023年成立)は、違法情報へのプラットフォームの対応措置などを定めたもので、コンテンツとしての偽情報・誤情報を直接の規制対象としていないため、分析には含まれていない。
32件の法律・法案の分析から見えた特徴の1つは、大半が規制対象としている「フェイクニュース」について、明確な定義をしていなかった、という点だ。
●「フェイクニュース」の定義とは
32件の法律・法案のうち、「フェイクニュース」の定義があったのは、エチオピア、マレーシア、モーリタニア、モルドバ、ナイジェリア、シエラレオネ、バヌアツの7件。
エチオピアは偽情報をそう定義する。違反には刑事罰があり、禁固1年から5年もしくは罰金となっている。
一方でモルドバの偽情報の定義は「個人、社会集団、組織、国家安全保障を害するために作成された虚偽の情報の意図的な流布」と、コンテンツやメディアの形式に触れない表現になっている。違反には罰金刑がある。
対象としたのが2020~2023年のため、32件のうち13件は新型コロナにまつわる偽情報・誤情報「インフォデミック」対策の内容となっている。
例えばマレーシアは、新型コロナとの関連でフェイクニュースを定義。その要件には、エチオピアやモルドバのような、発信者の意図や社会への有害性は含まれていない。違反には、3年以下の禁固か罰金、もしくはその両方が科せられる刑事罰がある。
これらの定義も、フェイクニュース(偽情報)と、本来のニュースを含むそれ以外の情報の線引きは曖昧だ。そして25件の法律・法案には、明確な定義もないという。
フェイクではない「ニュース」の定義はどうか。32件のうち、「報道機関」を定義しているのは4件、「ジャーナリズム」「ニュース」を定義しているのは2件、「ジャーナリスト」を定義しているのは1件だという。
そして、エチオピア、モルドバ、マレーシアのように刑事罰がある法律・法案が32件のうちの27件、8割超に上る。
ジンバブエでは、新型コロナ関連のフェイクニュースを対象に、その定義もないまま、違反には最大で禁固20年か罰金、もしくはその両方が科せられる。
●フェイクニュースの判定をするのは
曖昧な規定の中で、フェイクニュースかどうかを、誰が監督し、どのように裁定するのか。
報告書によれば、担当大臣や独立委員会といった、フェイクニュース規制の監督権限を規定している法律・法案は、全体の半数以下の14件だった。
監督権限の曖昧さによって、法律が「報道の自由の抑圧のために濫用されることが多い」と報告書は指摘する。
報告書は、スウェーデン・ヨーテボリ大学の研究機関「v-dem研究所」のデータをもとに、調査対象31カ国のうち、6割に当たる19カ国の政治体制を「独裁制」に分類している(残る12カ国は「民主制」)。
さらに、「国境なき記者団」の報道の自由度の指標によれば、過半数の17カ国が下位50%に含まれるという。
そのような政治的環境の中で、曖昧に定義された(あるいは定義すらされない)「フェイクニュース法」が、政府批判などに対する抑圧の手段として使われているようだ。
メディアNPO「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」が公開しているデータベースによると、2022年に投獄されたジャーナリスト363人のうち、「フェイクニュース」が理由とされているのは1割超の39人に上る。
●フェイクニュースの軌跡
「フェイクニュース」という言葉は、遅くとも19世紀のイエロージャーナリズムの時代から使われてきた。
インターネットを主な舞台とした虚偽情報の氾濫の意味での「フェイクニュース」は、現在は調査報道メディア「プロパブリカ」で活躍するクレイグ・シルバーマン氏が2014年ごろから使い始めたのがきっかけだ。
その後、2016年米大統領選での虚偽情報の氾濫を指す言葉として世界的な注目を集めた。
※参照:サイバー攻撃と偽ニュース:ロシアによる米大統領選妨害は、いかに行われたのか?(01/07/2017 新聞紙学的)
だがその一方、同大統領選で当選したドナルド・トランプ氏が、自らに批判的なメディアを攻撃するキャッチフレーズとして連呼するようになった。
※参照:トランプ大統領はなぜ”フェイクニュース”を連呼するのか?(02/19/2017 新聞紙学的)
一方、「偽情報」については、「誤情報」「悪意ある情報」と合わせて、米ブラウン大学教授、クレア・ウォードル氏らが2017年にまとめた欧州評議会の報告書の定義を引用することが多い。
上述のモルドバの偽情報の定義も、この報告書をベースにしていることがわかる。
だが、刑事罰を科すための線引きとしては曖昧であり、濫用のリスクも抱える。
●脅威への対処と弊害
生成AIの登場によって、本物と見分けのつかない偽のテキストや画像、動画が広がりつつある。
「選挙の年」2024年に、フェイクニュース(偽情報・誤情報)の民主主義への脅威は、深刻さを増す。
報告書の調査対象のうち、国政選挙の実施は台湾など11カ国に上る。
※参照:「暗号通貨宣伝」「女性スキャンダル」のAIデマ動画拡散、台湾総統選にフェイクの脅威(01/11/2024 新聞紙学的)
※参照:「フェイクニュースの年」2024年にファクトチェックは役に立つのか?(01/22/2024 新聞紙学的)
だがその対策も、内容次第では、弊害の方が大きいと報告書は指摘する。
最善の方策は法規制か自主規制か。法律には独立した権限を持つ監督機関が定義されているか。裁定や異議申し立てのプロセスは明確か。対象は個人か、メディアか、プラットフォームか。その施策の将来的な影響は?
対策の策定には、それらの質問に答える必要がある、と報告書は述べている。
(※2024年4月12日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)