【PTAは変われるか】(下)~PTAを解散!「会費ゼロの学校応援団」は実現できる
前回に引き続き、会費ゼロの学校応援団を実現した、元PTA会長・小川利八さん(50)のお話です。
前回は、委員会の廃止や、PTA会費や学校協力金をなくした経緯をうかがいましたが、今回は、PTAを解散して地域の人たち中心の組織に変えたことについて、聞かせてもらいました。
*なぜPTAを解散したのか
会長になって3年後、小川さんはPTAを解散し、地域の人たちと保護者、学校とでつくるCFC(Community For Childrenの略)という組織を立ち上げました(H22年度~)。
その理由を、小川さんはこう語ります。
「PTAって、みんな2、3年かかわったら終わりじゃないですか。僕は子どもが3人いるので比較的長かったけれど、みんなは何か“おかしいな”と思っても、時間的に変えられないわけですよね。だからPTAではおかしなことが継続してしまう。
そこで、これまでPTAがやってきた仕事を全部見直して“保護者がやる仕事/先生がやる仕事/児童生徒がやる仕事/地域の人がやる仕事”に区分してみたんです。
そうしたら“保護者がやる仕事”って実はそんなになくて、むしろ地域の人たちの理解と協力を得てやったほうがスムーズじゃないかな、という仕事がほとんどでした。
それでCFCに変えました。そうすればみんなも長く組織にかかわれますから」
また小川さんは、“保護者としての活動”にも限界を感じていたといいます。
「たとえば、何か学校の問題に気付いて意見を言いに行きたいと思っても、自分の子どもが学校に通っていると、言えない雰囲気がどうしても出てきてしまいます。“何でも言ってください”というのは建前で、実際には言えないじゃないですか。
それが学校独特の、ぬるい雰囲気をつくっている大きな要因の一つだと思ったので、外の風を入れていかないと、と思ったんです。
そのためには、“(その学校に通う)子どものいない大人”が入る必要があります。学校評議員という制度もありますが、実際には機能していないことがほとんどですから」
確かにそうかもしれません。嫌がる保護者にまで無理にやらせるよりも、“そういうことが嫌いじゃない人”が卒業後も続けるほうが気持ちよく活動できるでしょうし、そのほうが学校に対するチェック機能も有効に働きそうです。
PTAを解散するにあたっては、説明会を5回以上開いたそうです。説明する義務を果たすため、誰でも参加できるよう、平日の昼間や夜、日曜など、いろんな時間帯・曜日に行いました。
反対の声もあったといいます。
たとえば、CFCに変えた次の年度には、ある先生が小川さんのもとにやってきました。
「僕がPTAを解散したせいで『保護者とのコミュニケーションの場がなくなった、どう責任をとるんだ!』って言ってこられたんです。
でも僕が、『じゃあ先生は、保護者の人たちとコミュニケーションをとるために、自分から呼びかけて何かしたことはありますか?』って聞いたら、ないっていうんですよ。30数年の教員人生のなかで、一度もなかった。
だからその先生も、本当のところは保護者とのコミュニケーションを求めていないんじゃないかな、と思うんですね」
なるほど、この先生のいうことも小川さんの言うことも、どちらもわかる気がします。
たしかに先生が言うように、CFCになると現役の保護者と先生の接点が減りそうな気もしますが、今も実は多くの学校では、先生とかかわれるPTA会員はほんの一握りですから、実質的には変わらないかもしれません。
また現役の保護者も地域の大人としてCFCにかかわれるのであれば、コミュニケーションの場がなくなるとは限らないでしょう。取材をしていると、むしろ先生たちのほうが、保護者との接触を避けているな、と感じることもよくあります。
今、保護者の一部からは「PTAに戻そう」という声も出ているそうですが、PTAだけが正しい形というわけではないでしょう。CFCとPTAが共存したっていいはずです。
なお今年3月、CFCは、より一般的な「学校応援団」という名称に変わったということです。
*なぜここまで変えられたのか
小川さんはこのほかにも、PTAやCFCでさまざまな改革を行ってきました。
「中学校の制服のデザインを変える」「周年行事の祝賀会をやめる」「PTA連合会を抜ける」等々、とても全ての詳細は書ききれません。
なぜ小川さんは、そこまでのことができたのでしょうか。
PTAでは、ちょっとしたことを変えるのでも反対の声が上がって変えられない、という話をよく聞きますが、小川さんのPTA改革は、並みのレベルではありません。
なぜそれが、可能だったのか?
小川さんは、その理由をこう考えています。
「一番は、時間(長さ)だと思います。僕は子どもが3人いて保護者の期間が長かったし、CFCにしたので卒業後もかかわってこられたから。それが一番大きいでしょう。
あとは、やる気だけだと思うんです。『ひとりぼっちになってもやる』って言えるかどうかです。仲間はずれやひとりぼっちが怖かったら、こんなこと絶対できません。僕もこれまで、ひとりぼっちになったことは何度かあります(苦笑)。
みんなが『もう小川さんにはついていけない』って言ったとき、僕は『べつにいいよ、ひとりでやるから』って言っちゃう。でも、コアな人たちが周りに残って、助けてきてくれました。
よく“議員だからできたんだ”と言われますけど、それは関係ないです。議員は逆に(PTA改革を)やらないですよ。PTA会長をやっている議員はほかにもたくさんいますけれど、みんな周りと喧嘩したくないですからね」
確かにそうかもしれません。少なくとも筆者がこれまで取材してきたなかで、議員の人がPTA改革をやったというケースは、ほかにありませんでした。選挙があるので、むしろ思い切ったことはしづらくなるのでしょうか。
もちろん、学校協力金をなくす分を公費で予算をつける、というようなことは、議員でなければできませんが、かといって議員なら誰でもそれをやっているかというと、決してそうではありません。
「(PTA改革を)自分もやりたいけどできない、って話をよく聞くんですけれど、それは本気度がないからですよ。『ひとりになっても、悪口を言われても、やる』っていう気持ちがないから。
もし変えたいと思うんだったら、誰かに相談するんじゃなくて、自分で行動するのが一番だと思いますよ。他人に相談しても『やれない理由』を聞かされるだけで、かえってできなくなっちゃうから。行動できないんだったら、黙っておくしかない。
やり方ももちろん大事ですよ。でも何か思い切ったことをするときって、ちょっと乱暴なところがないとできないことってありますよね。だから僕も、『ああ、ごめんなさい』と謝るしかないやり方をするときも、あるんですけれど」
たしかにみんな、反対の声にであうと、すぐあきらめがちになります。筆者もそうだったかもしれません。
でも本来、どんな話であっても、意見対立が生じるのは当然のことでしょう。
意見の対立があっても、前に進むためにはどうすればいいか?それを考えることが、いま最も求められていることかもしれません。
小川さんのやり方は、日本人が好む「忖度」や「なあなあ」の対極です。敵も多いことでしょう。
でもきっと小川さんの話は、多くの人の参考になるだろうと感じました。
(了)