ちょっと待った「PTA代行サービス」 何がマズイのか?
このところ「PTA代行サービス」が話題です。これは業者がビジネスとして、PTA活動を保護者に代わって請け負うというもの。数年前からときどき聞きますが、最近では大手旅行会社の参入がニュースとなり、賛否両論を巻き起こしています。
筆者はこういったPTA代行サービスに、否定的な立場です。なぜ反対なのか、その理由を以下に説明したいと思います。
どうしてもPTAで続けるべき活動か
「PTA活動に参加を強制されるのが辛い、代わりにお金を出すから外注してほしい」という声は、保護者のなかに根強くあります。現状のPTA活動は「保護者(実質母親)の義務」のように思われており、多くの人が負担を感じていますから、「お金を払って回避したい」という声があがるのも、ある意味当然だと思います。
でも、そこでちょっと立ち止まってほしいのです。PTA活動は、本当は義務や強制ではありません。本来PTAは、入りたい人が入り、活動したい人が活動する任意の団体ですから、「義務・強制」さえやめれば済むのです。
外注を考える前に、まずは、その活動がどうしてもPTAで続ける必要があるものかどうか、考えてもらえないでしょうか。PTAがない学校だってあるのですから、「絶対にやめられない活動」というのはないはずです。
たとえば、よく「なり手」が見つかりづらいといわれる広報委員。もし希望者がいないなら、PTA広報紙自体、なくしてもいいのです。現に、広報紙をやめるPTAも最近は増えています。いまはメールやLINE、HP等、デジタルツールで簡単に情報発信できますし、お金もかからず、受け取る側にも好評です。
運動会や卒業式などの行事のお手伝いも、負担が大きければPTAは手を引き、校長先生から直接、保護者や地域の人にサポートを呼びかけてもらうことも可能です。ただし、もし手伝いが十分に集まらないときは、行事の廃止や縮小に保護者も協力すること。そうすれば、教職員の負担が増えることも避けられます。
行政や教育委員会からPTAに要請される委託業務や動員だって、断ることは可能です(PTA会長さんがその気になれば)。なんなら、PTAごとやめる=PTAを解散する例だってあります。
もし「これはやはり、どうしても必要だ」とみんなが思う活動があるなら、公費で行うのが妥当でしょう。PTAで集めた保護者や教職員の私費をあてる前に、公的な予算をつけるよう、行政などにかけあう必要があります。あるいは、本当にみんなが必要を感じている活動なら、自ら手を挙げる人もある程度は出てくるでしょう。
なお「PTA活動は義務なんだから、代行を頼むだなんてけしからん」という意見もたまに見かけますが、筆者はこういった考えにはちっとも賛同しません。
PTAは「お手伝いと寄付」のためなのか?
以上のような検討を経たうえで、「どうしても必要というわけではないが、あったほうがいい」という活動や、「かけあったけれどすぐには公費がおりない、でも急ぐ」という活動について、代行を頼む選択はアリかもしれません。
ただし、その場合は「会費の強制徴収をなくすこと」も考えてほしいのです。いまも多くのPTAは、加入意思を確認しないまま、保護者や教職員から会費を自動徴収しています。そのままでは、強制するものが労働からお金に代わるだけで、根本的な解決になりません。別の誰かが苦しむことになります。
それに、活動強制が会費の強制徴収に置きかわれば、「その活動が本当に必要かどうか」を、みんなますます考えなくなりそうです。現状、保護者も教職員も、PTA会費の使われ方には無関心な傾向があります。
もし、保護者も教職員も会員みんなが、本当に自分の意思で会費をおさめている状態、つまりPTAに完全に任意で入っている状態なら、代行もいいかもしれませんが、いまはまだそんな状況のPTAは少なく、時期尚早と思います。
そもそも、PTAは何のためにあるのかを考える必要もあるでしょう。いまは「PTAは学校に寄付とお手伝いをする団体だ」と思っている保護者や教職員が大半ですが、本当にそれでいいのでしょうか。
日本のPTAは戦後に広まったものですが、当時GHQや文部省は、PTAを「寄付やお手伝い」の組織だった戦前の「学校後援会」から脱却させようとしていました。今のような「寄付とお手伝い」のPTAは、少なくとも当初意図されたものではありません。
代行サービスを検討するなら、PTAとは何なのか、継続する必要があるのかどうか、あるとしたらどんな理由か、というところから、一度考えてもらえたらありがたいです。