マスコミ対応に苦慮、スクールバスの課題…八街児童死傷事故から1年 PTA会長が語る舞台裏
昨年(2021年)6月、千葉県八街市で下校中の児童らが飲酒運転のトラックにはねられ、5人の子どもが死傷する痛ましい事故があった。見通しのよい直線道路だった。なぜ同じような事故が繰り返されてしまうのか。ニュースを見て考えこんだ人は多かったろう。筆者もそのひとりだ。
「あの事故のときのPTA会長さんが、飲酒運転根絶や交通安全を訴えて頑張っているらしいよ」。そんな噂を何度か耳にしていた。気になったが不安もあった。PTAの交通安全活動は「だからPTAは必要だ、保護者(主に母親)の義務だ」という強制につながりやすい。実際、見守りや旗振り等の活動を「義務」として求められて悩む母親はよく見かける。
もちろん登下校中の子どもたちの安全は保護者が考えることだし、保護者が個々に取り組むより連携して取り組むほうが効果的な部分もあるだろう。でも、こういった活動を任意団体であるPTAの「仕事」と位置付けるのは不適切と感じる。もし事故が起きたとき「PTAは何をしていたのか」などと責められたら役員の人たちもたまらない。
だが、この会長は「PTAが交通安全活動をすべき」と訴えているわけではなかった。取材をお願いして、事故やその後のこと、またどんな思いで事故のことを伝えているのか聞かせてもらった。
*「なんでまた、うちなのか」
濱詰大介さんは、2013~2018年度までは八街市立朝陽小学校PTAで、2019年度からは隣接する八街北中学校のPTAで会長をつとめてきた。活動を手挙げ方式に切り替え、ペーパーレス化を進めるなど、PTAの見直しも積極的に進めてきた。
事故があったのは、2021年6月28日。児童の下校時だった。知らせを受けたときはまず驚き、そして「なんでまた、うちなのか」と思ったという。同小学校では5年前にも、登校中の児童4人が小型トラックにはねられて怪我を負う事故が起きていた。
2016年の事故の際は、「まさか、自分のところで」という思いだった。事故現場は2021年の事故とは別の、歩道が確保された国道だった。車道と段差もあったが、トラックは歩道に乗り上げ、奥の植え込みまでつっこんだ。その後、周辺20m程にのみガードレールが設置された。同小PTAは、この事故より前から、通学路の危険個所の改善を行政に要望する活動を行っており、事故後も少しずつながら、対応が進められてきた。
そんななかで2021年、再び事故が起きてしまった。子どもたちの死を無駄にできないという一心で、濱詰さんらは動いた。
事故の翌週には、警察署に要望書を提出。Googleフォームで緊急アンケートを作成して全保護者に送ると、莫大な量の情報や要望が寄せられたので、これも有志の保護者らが要望書としてとりまとめ、教育委員会や市役所の交通課に提出した。予算を執行してもらうため、八街市PTA連絡協議会として市議会に請願書も出している。
事故があった道路に関する要望は、すべて実現した。車の最高速度を30km/hとすること(元は60km/h)。大型車両を通行禁止にすること。歩車分離の道路整備をすること。可搬式オービスで速度違反を取り締まること。ほか道路の狭さくやハンプ設置等も行われた。
この他の通学路でも、さまざまな対策がとられた。グリーンベルトの設置、信号の種類の変更、児童の待機スペースの確保、等々。あがった要望のうち、道幅など物理的な制限で実現できないものについては、市からその旨、文書で回答があった。
*スクールバス、見えてきた課題
その後、通学路の車の状況は改善されたのか? 濱詰さんの見立ては慎重だった。
「ガードレールがついて道が物理的に狭くなったので、速度は抑えられているかなと思います。大型車も、通行許可を持っている近隣の会社の車以外は通らなくなりました。ただ、一般車の通行は、いまのところそんなに減った実感はないです」
実際のところ、いまも制限速度をオーバーする車は多く、横断歩道脇に立つポールは傷だらけだ。ただし、道路わきにガードレール(ガードパイプ)はついたので、乗用車くらいなら子どもたちを守れるのでは、と濱詰さんは話す。
そういえば、スクールバスはどうなったのか。事故後、児童の列に車がつっこむ今回のような事故を防ぐにはスクールバスが確実だと注目を集めたが、その後導入はされたのか。尋ねると、事故があった通学ルートにのみ「子どもたちの心理ケア」という名目で導入されたという。現在バスを利用しているのは10数名、全児童の3%ほどだ。
「実際にやってみると、いろいろと課題も見えてきました。スクールバスが学校に入るのは、徒歩で通学する子どもたちの登校と同じ時間帯なので、接触事故が起きないよう誘導する係が必要です。でもそこまでは予算がつかず、いまは先生がやってくれています。
子どもがバスに遅れたり、学校を休んだりするときの連絡をどうするかという問題もあります。乗るか乗らないか一人ずつ確認していますが、個人情報なのでいまは学校がとりまとめてバスの運転手さんに連絡しています。帰りも帰りで、委員会活動で遅くなる子や、親が迎えに来る子がいたりするので、確認に手間がかかるのです」
子どもたちの居住地周辺のどこにバスを停めるかも課題だった。10数人の子どもたちが、手のアルコール消毒などを行いながらバスを乗り降りするには、それなりの時間がかかる。一般道路では渋滞ができてしまう。だがこれは幸い、近くにある民間施設の厚意で、敷地内のスペースを使わせてもらえることになった。
「最初からスクールバスありきで乗降場所が確保されていれば簡単でしたが、そうではなく後付けなので、いろいろ考えなければいけない課題は多かったですね。でもやはり、スクールバスもひとつの解決策ではあると思います」
*過熱する報道にも悩まされた
当時はマスコミにも悩まされたという。2016年のときと同様、2021年の事故後も、通学路などで児童らにマイクやカメラを向ける記者が多数現れた。事故から数日後に行われた保護者説明会では、会場に向かう保護者がお金とボイスレコーダーを渡され、録音を求められたケースもあった。
学校側も過敏になっていた。前回の事故の際、校長の発言が切り取られて報じられたため苦情が寄せられ、うんざりしていたようだ。いくら断っても引き下がってくれない媒体もあり、取材を断るよう、濱詰さんが頼まれたこともあった。
「1か月くらい、本当にひどかったんです。毎日テレビカメラがうろうろして。正しく伝えてもらえるならまだしも、余計な情報を流されることもあり(*1)混乱しました」
もちろん必要な報道も多かった。だが、一方で報道は過熱し、取材される側には多大な負担となっていた。
他方では、世間の注目を集めるこの事故に乗じる動きもあった。昨年は秋に衆議院選挙が控えていたため、小学校には事故後、多くの政治家たちが集まってきた。対策のために動いてくれた政治家には感謝しているが、そうでない議員には辟易した。いまだ渦中にある子どもたちや家族のことを思うと、やりきれなかった。
報道の方向性に違和感を抱くこともあったという。
「そもそも事故が起きた道路だけでなく、危険な場所は学区内に非常にたくさんあるので、その全部に100%の安全対策を施すことは不可能です。しかも今回の飲酒運転のように、ハード面の対策では防げない面もある。でもどうしても『市の対策が遅かったんじゃないか』とか『PTAがガードレールの設置を求めていたのに、なぜやらなかったのか』という話になりやすい。『いや、そうじゃないんだよな』って……」
対策が十分ではなかったことも事実にせよ、そこばかりを責めるのはどうなのか。そんなもどかしさも感じていた。
*考えて、みんなで議論してほしい
濱詰さんはマスコミに対し、「過去どうだったか」より「これからどうするか」を投げかけてほしいと話す。報道や記事を見て終わり、というのではなく、これをきっかけに「保護者や地域住民みんなで、この問題を考えてほしい」のだ。
「誰かに訊いて、それを真似するから、自分たちの考えと齟齬が出るし『やらされ』になるんですよね。それでは継続しません。『考える』とか『みんなで議論する』ってことが非常に大事だと思うんです。別に結論は出なくてもいいんですよ。正解って、たぶんないですし」
もうひとつ濱詰さんが強調したのは、保護者や学校、行政、地域等の連携、すなわち「よーいドンで、みんなそれぞれに動く」ことの必要性だった。保護者やPTAだけが頑張っても、行政に任せてしまっても、決してうまくいかなかったと感じるからだ。
「たとえば今回、地域の人たちに理解してもらうのには苦労もあったんです。自治会は高齢の方が多いので、『子どもの安全のために協力してください』と言っても、なかなか僕ら子育て世代のようにすぐに動いてはもらえなかったですし、子どもを守るための道路整備=車のユーザーにとっての不便、と見る意見もありました。
『PTAはPTAでこうやります』『行政は行政でこうやります』『地域は地域でこうやります』って、いろんなところが一斉に、同じ方向を向いていかないと。お互いが背中合わせでやっていたら、進むものも進まないんですね」
要は「みんなが自分ごととして動く」といったところだろうか。「お任せ」の姿勢が大勢を占めれば、すぐ行き詰まってしまう。
濱詰さんは、交通安全の活動は、必ずしもPTAを通さなくても可能だともいう。
「PTA活動に参加しなくても、家で『車に気をつけろよ』とか『こういうときは、こうするんだぞ』って、おうちで子どもと話すだけでも、交通安全を考えることは十分できると思うんです」
たしかにその通りだ。一昔前のPTA会長のように、活動を保護者(母親)の義務とするようなことを、濱詰さんは言わない。じつは以前、考え方が切り替わるきっかけがあったのだという。
「2016年の事故のとき、当日からマスコミが来ていたので、保護者の人たちに『子どもたちが質問されたりするから、家の前など通学路に立って、子どもたちを守ってください』ってお願いしたんです。当時はまだメール配信の用意がなかったので、知っている人に『拡散してください』ってLINEで送って。
そうしたら翌朝、ものすごくたくさんの人が道路に立ってくれたんです。初めて見かけるお父さんも本当にたくさんいて、そのとき『皆さん、いざっていうときはこうやってちゃんと動いてくれるんだな』と思ったんです。ベルマーク活動や広報委員会には興味がなくても、本当に必要なところにはきちっと目を向けてくれる。
そのとき『これでいいんだな』って思ったんです。無理やり何かをやるより、自発的に動いてくれるやり方を促すほうに、考え方が切り替わった。もしそういう考え方がPTAに浸透したら、みんなの印象も変わってくるんじゃないかなって思うんですけれど」
濱詰さんは「PTAは絶対必要とは思っていない」ものの「せっかくあるなら活用しては」と考えている。もし本当に義務や強制なしに、保護者組織(PTAを含む)が交通安全の活動を行えるなら、筆者もそれはよいことと思う。