特殊詐欺は「仕事」再犯防止に向けた少年院の取り組み
「平成30年、新潟少年学院に入院した非行少年で、財産犯(窃盗や詐欺)は49%でした」
新潟県長岡市にある新潟少年学院の会議室には約40名が座席に座り、法務教官の説明に耳を傾けていた。
認定NPO法人育て上げネットが「少年院を出院した子どもたちに寄り添い、更生自立を支え続けるプロジェクト」の一環で開催している少年院スタディツアーの参加者は、起業家、投資家、ビジネスパーソン、NPO、研究者、学生など参加者の属性は多岐にわたった。共通するのは少年院の中に入ったのが人生初めてというところだ。
ツアーが開催された2019年7月17日時点で、新潟少年学院には55名の少年が入院していた。最大収容人数は約80名だが、最近は収容が増えているという。
過去数年、「入院時の非行」にかかるデータの比率は変わらないが、特に財産犯のなかでも特殊詐欺の割合が非常に高くなってきている。
長期的に観ると、暴走族加入者は減少している。そもそも暴走族の一員であったという少年が減っていることに加え、特徴としては、一般的に思われているより「内向的」な少年が増えたことだという。
どういうことかと言えば、総長をやっていたといっても、特にやりたかったわけではなく先輩に指名されたので仕方がなく引き受けたり、なかには「じゃんけんで負けた」という少年もいたという。また、暴走行為も減っており、実際に暴走行為には及んでおらず、深夜にたむろしていただけであった、という家庭裁判所調査官の話もあるそうだ。
入学前の就業状況・学歴では、入院前に仕事を持っていたものとそうでないものは半々で、無職であってもアルバイトの経験があったり、仕事をしていたが逮捕されたときたまたま無職であったというのがほとんどのようだ。働いた経験がないということより、続かなかった少年が多い。
一方、学歴は高校中退が48%で、ほとんどが高校に入学して一年を待たずに中退を選択しているという。それは高卒認定試験に向けた学習支援のなかで、免除単位が少なく、すべての教科を受けないといけない少年が多いことからもわかる。
少年院に入院する少年の概況については以下を参考にしていただきたい。
新潟少年学院でも、被虐待経験者の割合は高く、小さい頃の虐待経験が傷として残っている少年も少なくないという。
「社会復帰担当者が、保護者に電話をして仮退院前に面会の依頼をしました。しかし、母親は父親にそれを言えない。これまで父親の暴力の矛先は息子であったが、いまは母親になっており怖い。息子が帰るとまた暴力が息子に向かうのが心配で帰住させていいのか不安だ。しかし、息子が帰ってこないと私が殴られ続ける」
父親は地域や職場で信頼されており、そのようなことは誰も知らないのだろう。家庭内暴力による虐待対応の難しさを示す事例であった。
「ある少年は親に対する暴力が理由で入院してきた。子どもの頃から両親にぼこぼこにされてきた。身体が大きくなり、やっと戦えるようになったんだ」
このような少年に対し、「よしとは言えない」としながらも、幼心にできた傷が非行の原因になっていることを知る法務教官の苦悩が垣間見えた。
このような少年は全国の少年院に多く収容されているが、新潟少年学院では特殊詐欺の処遇プログラムを運用していることが特徴だ。
「経験的になるが、悪いことで稼いだお金を何度も手に入れた経験があると、金銭感覚が歪みます。一か月働いて20万円前後というのがばかばかしいという少年もいます」
その意味で、一般的な金銭感覚を身に付ける機会の提供も重要だという。
「収容少年は18歳、19歳が多い。周囲の友達が高校進学や就職をしています。しかし、自分には何もない。彼らは特殊詐欺を仕事だと言います。親にはそれなりにお金があると伝えている。また、自分を取り繕うためにもお金が必要で、所属先もほしい。そこに特殊詐欺の居場所があり、仕事のような体裁に仕立てる」
特殊詐欺が、10代後半に多いのは、ここらへんの事情が働いているからではないかという説明もなされた。院内視察の際に法務教官から伺った話だが、特殊詐欺グループのなかでもマネジメントを担っていたような少年は、物事の理解や着眼点に優れ、コミュニケーションスキルも高いという。ただ、受け子と呼ばれる最前線に回る少年が被害的(例えば、無理やりいかされている、騙されているなど)かというとそうでもないようだ。
「プログラムでは、7,8名の少年にある程度自由に話をする機会も作ります。グループワークで出てきたのは、受け子はリスクが高いが、すぐに現金がもらえるため、選んでやっている少年もいるということです。大人の見込みだけで判断するのは危険だと再認識しました」
全国的に、少年院に収容される非行少年のシングルペアレント家庭の割合は高く、全入院少年の約半数にもなる。すべてのシングル家庭が経済的に苦しいわけではないが、家庭の経済的な厳しさが「すぐに現金になる仕事」を率先する理由のひとつにはつながるのではないだろうか。
「お母さんには迷惑をかけたくない。でも、周りの友だちと同じようなことがしたい。そんな傾向が財産犯にあるのかなと思う」
少年院を出院する少年が、再犯に至らず、更生自立を果たす理由はいくつか挙げられるが、帰住先、仕事(学校)、支えてくれる大人といったキーワードは多くの法務教官が声にされている。
先ほどの、金銭感覚が歪んでしまった少年がいる一方、グループワークを通じて出てきた少年の気づきがあったという。
「仕事をちゃんとすることができれば、ノーリスクで年間300万円や400万円になる。ノーリスクで」
当初、この「ノーリスク」の意味がよく理解できなかったが、「ノーリスクとは、警察に捕まらない。少年院や刑務所に行くことがない、という意味です」と法務教官が言葉を加えた。
以前、同じ新潟少年学院の法務教官より、特殊詐欺で捕まった少年たちが介護施設にボランティアに行くと、自分が犯した犯罪の被害者は「このような優しいおじいちゃん、おばあちゃんだったのか」と、初めて自分の犯した罪をリアルに感じる場面がある、という説明があった。被害者と対面しないままにあった少年にとって、被害者の存在を想像できないほど、祖父母世代とのつながりもないようだ。
特殊詐欺を仕事と呼び、リスクが高いとわかっていながらも、所属とお金を優先する少年たち。その背景にある経済的、精神的に余裕や余力のない家庭と少年。現在、少年院を出院後、2年以内に再び戻ってくる少年は11%。10名に1名も戻ってくると捉えるか、10名に9名が戻って来ないでいると捉えるか。少なくとも特殊詐欺を「仕事」にせず、「ノーリスク」で生きられる社会を、少年が加害者になる前に提示していかなければならない。