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世界選手権連覇の坂本花織 4年前と同じミスの後に跳んだ3回転の意味

沢田聡子ライター
(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

■4年前、さいたまスーパーアリーナの観客がついたため息

「この世界選手権は、4年前のさいたまスーパーアリーナでの世界選手権のリベンジと思って挑んだのですが、まったく同じミスをしてしまって。本当に自分が情けないというか『何のために練習してきたんだ』という感じになったのですが、その後素早く気持ちを切り替えることができたので、何とかそこは結果としてつながったかなと思います」

3月24日、さいたまスーパーアリーナで行われた世界フィギュアスケート選手権・女子フリー。連覇を果たした坂本花織は、キスアンドクライでの優勝者インタビューでそう語った。

坂本が言及した2019年世界選手権は、今大会と同じさいたまスーパーアリーナで行われている。当時18歳の坂本にとり、初めて出場する世界選手権だった。ショート2位につけた坂本だったが、フリー後半で3回転フリップ―2回転トウループを予定していたジャンプの1本目・フリップが1回転になり、さらにセカンドジャンプをつけることもできなかった。その瞬間、そこまではすべてのジャンプを決めていた坂本を見守っていた会場中が、大きなため息をついた。会場で取材していた筆者も、あの瞬間の深い嘆息は忘れることができない。

2023年世界選手権にディフェンディングチャンピオンとして臨んだ22歳の坂本が言う「まったく同じミス」とは、3回転を予定していたフリップの回転が抜け、1回転になったことだ。フリー『エラスティック・ハート』の後半1本目のジャンプとして予定していたのは坂本の武器である3回転フリップ―3回転トウループだったが、フリップがパンクしてしまう。しかし、坂本はショッキングな1回転フリップの後にきっちりと3回転トウループを跳んでみせた。

4年前の記憶を“上書き保存”したいと意気込んでいただけに、坂本はフリップの失敗を悔やむ気持ちが強いようだった。坂本はフリーだけの順位では2位だったものの、首位発進したショートとの合計で総合1位となり、昨年に続き金メダリストとなっている。だが、ミックスゾーンでも悔しさをにじませた。

「今は、すごく悔しい気持ちでいっぱいです。『ショートの差があってよかったな』っていう部分があったし」

フリップを跳ぶ際に何が起こったのかを問われ、坂本は「わからなくて」といつも通りの率直さで答えた。

「でも特に“4年前に、ここでミスしたから”という考えもなく、普通に走っていっただけなのですが、『ホワーッ』てなりました」

――“上書き保存”と言っていましたが、今どんな感じですか

「できたような、できなかったような…結果を見たら(ショート)1位・(フリー)2位・(総合)1位、みたいな感じなのですが、(ミスの)内容が(4年前と)全く一緒なので、なんとも」

連覇という快挙を成し遂げながら、坂本はフリップの失敗が心から離れないようだった。

■セカンドジャンプ・3回転トウループの持つ意味

ただ、坂本はこうも語っている。

「フリップがシングルになった後、焦らず3(回転を)つけられたので、そこは本当に大きかったかなと思います」

今季一番の大舞台に連覇をかけて臨んでいた坂本が、シングルフリップの後につけた3回転トウループには凄みがあった。

坂本が来る前のミックスゾーンで、中野園子コーチが取材に応じていた。坂本が1回転になったフリップに3回転トウループをつけたのは、体にしみついていたものなのかという質問に、中野コーチは「そうですね、あれをやっていないと練習では曲が止まるので」と答えている。

「フリーでは、2つ失敗しちゃうと曲が止まるので」

中野コーチが指導するチームでは、普段の曲かけ練習で失敗すると、演技の途中でも曲を止めるというやり方をしている。今回の坂本の場合、フリップがパンクして既に一つ失敗しているので、セカンドジャンプである3回転トウループを跳ばないと2つ目のミスとなり、練習であれば曲が止められてしまうというのだ。

さらに「失敗もあった中で褒めてあげたいことは」と問われた中野コーチは「トウループをつけたことですね」と即答している。

「あのトウループをやっていなかったら、多分フリーで点数が足りなくて2番になっているので。あれをとっさにちゃんと締めたのは、偉かったと思います」

世界選手権が閉幕した翌日に行われた世界フィギュアスケート国別対抗戦・日本代表発表会見で、印象に残った日本代表として高橋大輔が坂本花織の名前を挙げる場面があった。高橋が勇気づけられたと話したのは、世界選手権・フリーを前にして重圧を感じている様子だった坂本が、フリップがシングルになったにもかかわらずその後に3回転トウループをつけたシーンだったという。高橋は、その翌日のフリーダンスでは坂本の演技を思い出して自らを奮い立たせたとも語った。坂本が跳んだ3回転トウループの価値は、シングルスケーターとして世界のトップで戦っていた高橋だからこそ分かるのだろう。

高橋に名前を挙げられた坂本は、照れくさそうにしながらもその瞬間を振り返った。

「あのシングルフリップ跳んだ瞬間、頭が真っ白になってびっくりしたのですが、考えるより先に体が勝手にトウループ跳んでいたので。『それが一番良かった』って言ってもらえたのが、嬉しすぎます」

4年前はつけられなかったセカンドジャンプは、世界女王となった坂本が緩むことなく積んでいた練習の賜物だった。

ライター

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(フィギュアスケート、アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。2022年北京五輪を現地取材。

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