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鍵山優真の充実、壷井達也の雪辱、三浦佳生の奮起 日本男子、それぞれのNHK杯

沢田聡子ライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

■公式練習で4回転ルッツを着氷した鍵山

グランプリ(以下GP)シリーズ第4戦・NHK杯(国立代々木競技場第一体育館、11月8~10日)に出場した日本男子、鍵山優真・三浦佳生・壷井達也は、それぞれ全力を尽くして戦った。

前日練習で鍵山は、まだ試合では跳んだことがない4回転ルッツに挑戦。練習の終盤に着氷し、見守っていた関係者からどよめきが起こった。

練習後にメディアに対応した鍵山は「時間が余っていたので、今日は4回転ルッツをやろうかなと思った」と説明した。今大会でプログラムに組み込んでいる4回転(トウループ・サルコウ・フリップ)の状態が良かったため、余裕があったのだという。

「観客席にいろいろな関係者の方が座っていたので、これはやってアピールした方が…『今後に向けて、練習しているんだな』っていうのをアピールするために、やっておく」

「数本跳んだら1本降りる」確率であるという4回転ルッツは、「年内はちょっと分からないですけれども、年明けフリーに入れられたらいい」と語った。

ショートのスタート位置につく時の鍵山は、国旗やバナーを振って応援する観客に対し「感謝も持ちながら滑ろう」と考えていた。『The Sound of Silence』に乗り、冒頭の4回転サルコウを3.88という高い加点がつく出来栄えで成功させると、伸びやかなスケーティングに完成度の高いジャンプやスピンを溶け込ませる完璧な滑りを披露、105.70という高得点をたたき出した。

鍵山自身、「演技自体はすごく良かったと思います」としながらも「(2022年北京)オリンピックで自己ベスト(108.12)を持っていたので、108点いきたいなと思っていたんですけれども、なかなか難しくて」と貪欲な姿勢をみせた。この会場に入ってからの練習は、「オリンピックを思い出すような調子の良さ」だったのだという。

「怪我してから本当に自分の生活を一から見直して、食事だったり睡眠だったり、ケア・トレーニング、本当にすべてを見直して改善して、今は本当に毎日いい状態で練習を積めてきている」

ショート首位発進で迎えたフリー、鍵山はフラメンコ調の『アメクサ』を滑った。最初に組み込んだ4回転フリップでは「ちょっと開くタイミングがずれてしまって」転倒。しかしその後はきっちりと立て直し、4回転3本とトリプルアクセル2本を含むすべての要素を滑り切った。終盤、曲のテンポが上がるステップシークエンスとコレオシークエンスでは、切れ味鋭いスケーティングで魅了。今季目指している、大人っぽい表現も披露した。

調子が良かったフリップをミスしたことは悔しかったという鍵山だが、「その後はしっかりと強い気持ちで立て直すことができたので、そこは一つ成長したかな」と振り返った。失敗しても続けて滑ることを実践してきた練習と、ファイナル進出への思いが鍵山を支えた。フリー194.39、合計は300.09で300点超えを果たす、実力を示した優勝だった。

今大会がGP初戦だった鍵山は、2週連続でGP第5戦・フィンランディア杯に臨む。

「フィンランディア杯もかなりレベルの高い戦いになってくるので、全然気は抜けないですし。僕自身も連戦は初めてなので、体力の管理だとか、スケジュール、時差とかも含めて、しっかりと調整していけたらいいなと思います。

(五輪の)プレシーズンというところで話すと、もう今シーズンから勝負が始まっていると思うので、とにかく失敗を恐れず、どんどん攻めた演技ができたらいい」

■スケート一本の日々が実った壷井の銅メダル

2年連続のNHK杯出場となる壷井達也は、前日練習の際、次のように語った。

「去年は初出場ということで、特にショートではすごい緊張感を感じてしまった部分はあった。その経験を踏まえて、今年はショートプログラムから思い切り攻めていきたい」

昨年の壷井は、ショートでジャンプにミスが続いた。その悔しさを胸に、「今年のNHK杯は、表彰台を目標に練習を積んできました」という。

「(今大会会場の代々木第一体育館に)前来た時は(2019年)全日本(選手権)だったんですけど、その時は6分間練習の怪我で出られなかったので…その時の出られなかった悔しさも含めて、この代々木体育館という会場で、すべてを出し切りたいなと思っています」

「その時は、シーズンの最初の方で一回大きな怪我をして、一か月ぐらい氷に乗れなくて。徐々にリハビリをしてなんとか全日本ジュニア・全日本に間に合ったんですけど、全日本の6分間(練習)でトリプルアクセルを降りた時に、着地足の右足、(怪我をしたのと)同じところをひねってしまって。歩くのも辛いぐらい痛かったので、コーチと相談して出場を見送る、棄権すると判断しました」

2019年全日本選手権の棄権は「スケート人生の中で、多分一番悔しかった出来事」と振り返った。壷井にとって今大会は、過去の辛い記憶を払拭し、新たな強さを手に入れるための重要なステップとなる。

壷井のショートは昨年と同じ『アランフェス』を使うが、振付にはかなり手を加えたという。冒頭の4回転サルコウを決めると勢いに乗り、すべてのジャンプを着氷。フィニッシュポーズから両手を握り、力強いガッツポーズをみせた壷井の点数は自己最高得点の85.02で、3位発進となった。

「ショート終わって3位という順位に入れるとは思ってなかったので、今は結構びっくりしています」

ショート後の会見でそう語った壷井だが、4回転2本とトリプルアクセル2本を組み込んだフリー『道化師』も大きなミスなく滑り切って3位に入り、GP初のメダルを獲得した。フリー後、壷井は「本当にまさか3位になれると思ってなかったので、メダルをもらった今でもまだ全然実感が湧いてないです」と喜びをかみしめた。

「ジュニアの時は世界ジュニアで表彰台に乗ることはできたのですが、シニアに上がってここ2シーズン、シニアの壁の厚さというものをずっと感じていて。ようやくこのNHK杯で、シニアの世界のトップ選手と戦えるんだなという自信がつきました。まず来月全日本選手権という、日本で一番大きい試合があるので、そこで今日以上の演技をして、年明けの国際試合に日本代表として選んでもらいたいなと思っています」

神戸大学4年生である壷井は、国立大学の理系学生でもある。高いレベルで学業とスケートを両立してきた。

「大学生になってこの4年間、スケートに真剣に向き合うということで、同級生が経験している旅行や遊び、そういったものをいろいろ捨ててスケートに本当にかけてきたなって思います。そういうスケート一本の日々は結構しんどい時もありましたけど、この表彰台から見た景色、このために日々頑張ってきて良かったなと本当に思いました」

■ショート100点超えを果たした三浦佳生

三浦は、9月のロンバルディア杯で古傷の左太ももを痛めている。3位だったスケートアメリカ以降練習していなかった4回転トウループを、今大会前日の公式練習で久しぶりに確認した。

「アメリカから帰ってきて病院を受診して、MRI検査して。悪化しないって言われていたんですけど、何故か悪化していて、全治二か月。もはやショックよりも笑いが出てくるような感じだったんですけど…ただできることはいっぱいあるので、なるべく痛みが出ないようにというところで、トウループをやらないということと、ケアをいつも以上にしっかりやってきた」

「(アメリカから)帰ってきて一週間はまず何もジャンプ跳ばないで、一週間後からジャンプ再開という形で、二週間、トウ(ループ)以外のジャンプを練習してきたという感じです」

前日練習で試してみたところ、スケートアメリカの時よりもトウループを跳ぶ際の痛みはなかったという。スケートアメリカでのショートでわずかに及ばなかった100点を目指す。

ショートで、三浦は最終滑走者として登場。近未来的な『Conquest of Spaces』に乗り、勢いよくジャンプを決めていく。最後のジャンプは懸念があった4回転トウループだが、3.39という高い加点がつく出来栄えで見事に成功させる。滑り終えた三浦は、こぶしを振り下ろした。キスアンドクライで102.96という得点を確認すると、雄叫びをあげる。

ミックスゾーンでも、三浦は高揚感を漂わせていた。

「終わった瞬間に『これは、(100点)いってくれ』という気持ちがすごくあって。自分はすごくやり切ったので、102点いただいてすごく嬉しいです」

「こっちにきてからの練習になったトウループの不安がすごかったんですけど、そんなことないぐらい綺麗に決まって、良かったです」

記者会見で「100点の壁」について問われた三浦は、「ものすごく厚い壁で」とコメントしている。

「99点は出るんですけど、100点を超えることがなかったので。100点となると、全部の要素で、決めるだけじゃなくて加点をしっかりもぎとっていかないと、届かないところ。鍵山選手やイリア(・マリニン)選手といったトップの選手は、当たり前のようにGOEを積み重ねていくので。自分はGOEの壁、特にスピンとかステップの部分で苦しめられていたんですけど、今日は割とそこが良かったので、超えられてすごく良かったと思います」

「この点数をいただけたので、フリーも思い切って自信を持って滑って、ベストパフォーマンスを尽くしていけたら」

ショート2位につけ、意気込んで臨んだフリーだったが、三浦にとって本来の力とはかけ離れたフリーになってしまった。冒頭のトリプルアクセルは着氷でフリーレッグを着く形になり、4回転を予定していたサルコウは3回転に。続いて跳んだ4回転トウループで転倒すると、その後は4回転トウループでの2回目の転倒もあり、痛々しい演技になった。

重苦しい空気が漂うフリー後のミックスゾーンで「何を練習したいか」と問われると、三浦は「全部ですね」と答えた。

「滑り込めてなかったので、まず滑り込んで、しっかり(要素を)全部入れて練習するところから始めていきたいかなと思います。二度と今シーズンこういう思いがないように、しっかり練習していくだけ」

「大きな試合でここまで崩れることがなかったので、ちょっとどうなっているのか自分でも分からない」「今は状況を理解するのにすごく時間がかかっている」と混乱している様子もあった三浦は、「足の痛みは」と問われると「ないです」と即答した。「怪我をしたことは言い訳にはしたくないのか」という質問には、力を込めて答えた。

「仮に怪我が原因であっても、ここに来たらみんな条件は一緒で、怪我をする方が悪いですし。ベストコンディションで臨めている選手の方が、優れていると思うので。そこは言い訳にならないですし。みんな条件一緒なんで。ただ自分が弱かっただけですね」

一夜明けて取材に応じた三浦は「全然寝られなかったですね」と言いつつ、少し落ち着いた様子にも見えた。「どちらかというと気持ちの問題」「逆に慎重になり過ぎたかな」と分析する。

「やっぱり自分ができることをやろうと思った時に、少し守りに入ったというか。確実に、パンクしないように確実に締めて確実に跳ぼうっていう、丁寧にいこうっていう意識があった。ちょっとこれは持論ですけど、自分はあんまり丁寧にいかない方が逆にいいジャンプ跳べている印象があって、もう丁寧にいくの止めようと思っています。もう思いっきり跳びにいこうって。ショートは結構それができていた印象があったので、フリーはもっと“らしさ”を出していけばいいのかなっていうふうにちょっと思っています、今は」

全日本選手権まで、約一か月半だ。

「技術的な問題はそこまで不安はないんですけど、ただこの演技でここから全日本にいくっていうのが…次(の試合)が全日本になってくるので、すごく不安があるというか。どうしたらいいか、ちょっとまたゆっくり考えていけたらいいかなと思います」

エキシビションで、三浦はジャンプを7つ入れた試合仕様の『美女と野獣』を滑り、ベストエキシビションパフォーマンス賞を受賞した。三浦にとっては、自信を持って全日本選手権に向かうための準備だったのかもしれない。

GPファイナル、全日本選手権と、日本男子の熱い戦いは続く。

ライター

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(フィギュアスケート、アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。2022年北京五輪を現地取材。

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