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東京五輪開催中止「責任回避」合戦を、スポンサー企業も国民も冷静に見極めるべき

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
国立競技場を視察するバッハIOC会長(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 今年7月末に出した記事【”東京五輪協賛金追加拠出の是非”を、企業コンプライアンスの観点から考える】で、スポンサー企業が東京五輪に対して協賛金を拠出することに関する企業コンプライアンスの問題について以下の内容を指摘した。

・新型コロナウイルスの感染拡大によって積極的な宣伝活動が難しい上に、大会の簡素化によって期待した宣伝効果は見込めず、追加費用を拠出することのメリットは大幅に縮小しており、新型コロナの直撃を受けて業績が悪化しているスポンサー企業にとって、追加拠出を正当化する理由は見出し難い。

・そして、追加拠出に応じた場合、現時点でも大多数の国民が予想しているとおり、結局、東京五輪開催が「中止」になっても、拠出した費用は返還されない。

・それによって株主の利益が損なわれることが予想できるのに、敢えて拠出を決定したとすれば、会社法上、拠出を決定した取締役が善管注意義務違反に問われ、株主からの代表訴訟で責任を問われる可能性もある。

 このような指摘が認識されているからか、NHKが国内のスポンサー企業にアンケート調査を行った結果(11月14日)、12月末で契約が切れるスポンサー契約を延長するかどうか尋ねたところ、61%に当たる33社が「決めていない」と回答したとのことだ。多くのスポンサー企業が、スポンサー企業として追加拠出するかどうかについて、非常に困難な判断を迫られているようだ。

 【前記記事】で指摘したことは、現状においても全く変わるところはない。むしろ、国内の感染者が急増し、米国、欧州等での感染が急拡大し、再度のロックダウンを行う国もあり、日本でも、全国で感染者が急増して、感染者総数は、連日、最多を更新している。重症者数も4月の第一波を超えようとしているこの状況で、来年夏東京五輪開催を考えること自体が「常識外れ」とも言える。開催を前提にした追加拠出を行うことの企業コンプライアンス上の問題は一層重大となっている。

 こうした中で、IOCのバッハ会長が来日し、国立競技場を視察したり、「人類がウイルスに打ち勝った証として、東京五輪開催を実現する」などと述べる菅首相や小池都知事、大会組織委員会の森会長と会談した。日本のメディアは、これによって、新型コロナウイルスの感染拡大で五輪がやれるかやれないかの空気が出始めている中、IOCと日本側双方が開催の意思を確認したかのように報じている。

 しかし、スポンサー企業が、このようなバッハ会長の動きや発言に惑わされてはならない。東京五輪開催の意思を強調するバッハ会長の意図を、慎重に見極める必要がある。

 その点に関して、先日、BS・TBSの番組で、元東京五輪招致準備担当課長の鈴木知幸氏が注目すべき発言を行った。

 最悪「中止」という選択肢を選ばざるを得なかったときに、IOCが決断したのではないと、WHOに言わせようとしている。バッハは。これはやむを得ないと。WHOがだめだと言っているのだから。これはあまり言われていないんですが、組織委員会はものすごく危機感をもって。WHOにそう言われてしまったら反論のしようもない。

 WHOを使って「中止」という言葉を引き出すというようなことを、僕は腹に持っているのではないか、と思っています。

 IOC側が、開催中止を決定する場合に、「WHOの勧告によって開催は中止せざるを得ない」という理由づけにして責任回避を図ろうとしているというのは、来日して「東京五輪開催の意思」を強調したIOC幹部の意図を考える上で重要な要素だと考えられる。

 米国・欧州の感染急拡大の現状から、主要国には、東京五輪への選手や関係者などを日本に派遣する準備を行う余裕など全くなく、最終的には開催中止の可能性が高いとの認識は、IOC側も当然持っているはずだ。ただ、その「開催中止の判断」についてIOCが責任を負わされないようにするということを最優先に考えているということだろう。

 日本政府や東京五輪組織委員会も、「責任回避」を優先しているという面では同様であろう。

 IOCが開催の意思を示している以上、日本側から開催中止を口にすることはできない。もし、日本側が先に断念したら、開催中止の責任は日本側が負うことになる。

 五輪中止に伴うスポンサー企業等への損害賠償責任がどれだけの金額になるのか、想像がつかないとも言われている。その責任は、IOCも日本側も絶対に負いたくないということだろう。

 そういう「責任回避」合戦のために、実際には開催困難であるのに、開催中止が、明確に決定されることなく、今後、時間が経過していくことになりかねない。

 それが、追加拠出を行った場合のスポンサー企業のみならず、国民全体にも、重大な損失を生じさせることになる。

 このような「責任回避」合戦に惑わされることなく、「東京五輪開催中止」は避けられないという事実を冷静に見極めた対応をとることが必要であろう。それは、スポンサー企業だけでない。開催中止を表向き公言できない政府や、東京都等の自治体も、「開催中止」を念頭においた対応を行うことが必要だ。それを行わないことは日本社会に重大な不利益を与える。「社会の要請に応える」という意味のコンプライアンスに違反することは明らかだ。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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