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”東京五輪協賛金追加拠出の是非”を、企業コンプライアンスの観点から考える

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
国立競技場に立つ池江璃花子選手(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

2021年夏に延期された東京五輪の開会予定日まで、7月23日で、あと1年となった。

ちょうど、そのタイミングで、7月23日の新型コロナ感染判明者数は、全国で981人、開催都市東京都で366人と、いずれも過去最大となった。

7月中旬に行われたNHKの世論調査の結果では、来年7月からの東京五輪開催についての質問に対して、「さらに延期すべき」が35%、「中止すべき」が31%、「開催すべき」が26%という結果だったことが明らかとなった(【五輪・パラ 「さらに延期」「中止」が66% NHK世論調査】)。

国民の多くは、感染者数が再び全国的に大幅に増加している状況下で、来年夏の東京五輪開催に向けて労力やコストをかけることに否定的ということだ。

2024年五輪開催の可能性

この問題に関して、私は、【「東京五輪来年夏開催」と“安倍首相のレガシー” 今こそ、「大連立内閣」樹立を】などで、東京五輪開催問題が、新型コロナ対策に対する重大な支障になりかねないことを指摘し、都知事選挙公示直後の【都知事選の最大の争点「東京五輪開催をどうするのか」】では、最も現実的な選択肢は、フランス・パリ当局と協議して、「2024年東京・パリ共同開催」を模索することではないかなどと述べてきた。2024年への延期案は、都知事候補の小野泰輔氏も政策の一つとして掲げていたものであり、世論調査で最も賛成者が多い「再延期」には、2024年への延期模索を支持する人も多く含まれているはずだ。

もっとも、あるルートを通じて、フランス側関係者の意向を確かめてもらったところ、フランス側としては、日本が2021年夏東京五輪開催の方針を維持している限り、2024年開催について日本側と話をすることは困難だとのことだ。2024年の東京・パリ共同開催をめざすとしても、まずは、現実的な可能性が極めて低くなった「2021年東京五輪開催」を早期に断念することが大前提となる。

東京五輪開催をめぐるマスコミの論調の変化

東京五輪開催に関して消極的な話は全く伝えて来なかったマスコミの論調も、ここへ来て変わりつつある。

日経新聞は、北川和徳編集委員【東京五輪のイメージ変化 このまま進んでいいのか】

開催に向けて公金を追加して準備をしたあげく、中止に追い込まれる事態も考えられる。そのときは小池知事や1年延期を提案した安倍晋三首相が責任を取るのだろうか。少なくとも何の説明も受けていない都民や国民は責任の取りようがない。

と述べたのに続き、【東京五輪、しぼむ巨大な祭典 コロナ禍で収益見通せず】と題する連載記事で、五輪競技の国際団体や選手達にとって、来年夏東京五輪開催をめざして準備を進めることによる重い負担や様々な苦悩を伝えている。

国民の見方もマスコミの論調も変わりつつある。

安倍首相の「不退転の姿勢」

しかし、今年夏の開催を来年夏に延期した際に

人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして、国民とともに来年のオリンピック・パラリンピックを必ず成功させていきたい

と述べた安倍首相や、五輪組織委員会の側には、来年夏開催を断念しようとする姿勢は全く見受けられない。それどころか、来年夏開催が困難との認識、五輪開催に否定的な世論に抗って、それを変えていこうとしているようにも思われる。

安倍首相は、7月22日の新型コロナウイルス対策本部会合で

東京五輪・パラリンピックの開催に向け、アスリートや大会関係者の入国に向けた措置を検討していく

と説明し、これ以上の延期や中止を避け、確実に開催できるよう環境整備を進める考えを示したとのことだ【首相、五輪来年開催に不退転の決意 解散戦略に影響も】

安倍首相が、現在のような状況に至っても、なお、「五輪来年開催に不退転の決意」で臨もうとするのは、同記事にも書かれているように、東京五輪を花道(レガシー)にするためとしか考えられない。組織委員会の森喜朗会長も、

僕は2年ぐらいの延期もと思っていたんだけど、安倍首相は来年で任期が切れる。自民党総裁の任期だから特別に延ばすのも問題ないけど、そう思われたくないという気持ちがあった

と、安倍首相の任期が、2021年への延期となった最大の原因であることを明らかにしている(【東京五輪あと1年 二宮清純氏直撃に森喜朗会長激白(3)】22年開催は?「これ以上延ばすと…」

このような首相の東京五輪に向けての発言や「不退転の姿勢」を、「狂っている」と受け止めた人が相当数いることは、ツイッター等での反応からも窺われる。

「コロナ感染下での東京五輪開催」に向けてのムーブメントの作出?

このように安倍首相から「不退転の姿勢」が示されていることもあって、このところの全国的な感染者急増にもかかわらず、日本政府や組織委員会側には、来年夏開催の是非を再検討しようとする動きは全くない。それどころか、開会式1年前となった7月23日、国立競技場で記念イベントが開かれ、各メディアは、「一年後の東京五輪開催を信じて」、「五輪開催とコロナ対策の両立」などという特集が組まれるなど、来年夏の東京五輪開催の方針が全く揺らいでいないことが強調され、「コロナ感染の下での東京五輪開催」を国民的ムーブメントとしていこうとしているように思える。

国立競技場での記念イベントでは、白血病からの復帰をめざす競泳女子・池江璃花子選手が一人でフィールドの中央に立ち、

大きな目標が目の前から突然消えてしまったことは、アスリートたちにとって言葉にできないほどの喪失感だったと思います。私も、白血病という大きな病気をしたからよく分かります。思っていた未来が、一夜にして、別世界のように変わる。それは、とてもきつい経験でした

と、自らの白血病の体験と、東京五輪をめざす選手達の立場を重ね合わせるかのように表現した上、

1年後の今日、この場所で、希望の炎が輝いていてほしいと思います

と、来年夏の東京五輪の開催を願うメッセージを発した。

池江選手のメッセージは、白血病と闘い、克服しようとしている一選手の言葉として、心を打たれるものだ。しかし、それを、「来年夏東京五輪開催」に結び付けることが、果たして、2024年のパリ五輪をめざしている彼女の真意なのだろうか。白血病との闘病の苦難を乗り越え、2024年の五輪に向けて始動し始めたばかりの彼女が、直接関係のない「1年後東京五輪開催」に向けてのイベントに駆り出されること、それを拒絶できないことに、痛々しさすら覚える。

スポンサー企業への協賛金追加拠出の要請

最大の問題は、来年夏東京五輪を開催するならば、そのための追加費用を、誰がどう負担するのか、という点だ。IOCは800億円程度しか負担しない方針を明らかにしており、日本側で少なくとも3000億円の追加費用が必要になると言われているが、開催都市の東京都は、小池都知事がコロナ対策での費用に財政調整金の大半を使い果たしており、とても東京五輪の追加費用を負担できる状況ではない。コロナ対策のために膨大な財政支出を行っている国も、東京五輪に多額の費用を負担する余裕はない。結局のところ、スポンサー企業の追加拠出が、大きな資金源にならざるを得ないだろう。

だからこそ、組織委員会や政府が、記念イベントなどを行うことで、来年夏東京五輪開催の方針が全く揺らいでおらず国民全体が東京五輪開催を願って努力しているかのような雰囲気を作ることで、スポンサー企業にとって、協賛金の追加拠出を行いやすい状況にしようとしているようにも見える。実際に、7月21日に、東京五輪組織委員会が、スポンサー企業に協賛金追加拠出の要請を始めたと報じられている(【東京五輪組織委、スポンサー企業に協賛金追加要請】)。

追加協賛金拠出をめぐるコンプライアンス問題

しかし、現在の状況下で、スポンサー企業が、東京五輪の協賛金追加拠出に応じることには、「組織が社会の要請に応えること」という意味のコンプライアンスにおいて重大な問題が生じることになる。

当初、東京五輪が2020年開催に向けて準備が進められていた段階で、国民の多くが期待する東京五輪開催に協力することは、日本企業にとって社会貢献であり、協賛金を拠出することによって相応の宣伝効果も見込めるので、経営者として協賛金拠出を判断することに特に問題はなかった。

しかし、東京五輪の開催が2021年夏に延期された現在の状況の下では、東京五輪に対して協賛金を拠出することには、様々な問題がある。

【オリンピック延期の追加負担 継続か撤退か 身構えるスポンサー】で指摘されているように、スポンサー企業は、1業種1社に限って五輪マークを使った独占的な宣伝活動が認められることで、企業にとって大きな宣伝効果があった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって積極的な宣伝活動が難しい上に、大会の簡素化によって期待した宣伝効果は見込めない可能性があることなどから、追加費用を拠出することのメリットは大幅に縮小しており、新型コロナの直撃を受けて業績が悪化しているスポンサー企業にとって、追加拠出を正当化する理由は見出し難い。

しかも、追加拠出に応じた場合、現時点でも大多数の国民が予想しているとおり、結局、東京五輪開催が「中止」になっても、拠出した費用は返ってこない。つまり、五輪開催自体による宣伝効果はなく、その分は、企業が損害を被ったことになり、株式会社であれば、それによって株主の利益が損なわれたことになる。

そのような結果が十分に予想できるのに、敢えて拠出を決定したとすれば、会社法上、拠出を決定した取締役が善管注意義務違反に問われ、株主からの代表訴訟で責任を問われる可能性もあるだろう。

そして、このようなコンプライアンス・リスクを承知の上で追加拠出に応じるということであれば、その「動機」も問題になる。

既に述べたように、客観的に見れば、来年夏の東京五輪開催は困難というのが常識的な見方だ。それでも、開催を断念しないのは、安倍首相個人の政治的レガシーを残すことや、開催断念による政権崩壊の危機を回避するという政治的動機によるものと考えられる。

そのような政治的動機による東京五輪開催維持のために、スポンサー企業が協賛金を追加拠出することは、実質的には、「安倍首相側への政治献金」のような性格を有することになる。

また、当該企業の事業に関して、Go toキャンペーン等の実施によって利益を受ける旅行業界などから、安倍政権側に便宜を図ってもらいたいという意図があり、その見返りに協賛金が拠出される場合には「賄賂」的な性格もあると言い得るし、会社の利益にはならないないことを承知で、単なる「経営者と安倍首相とのオトモダチ関係」維持のために会社資金を拠出するというようなことが仮にあった場合には、会社法の「特別背任罪」の問題も生じ得る。まさに、「重大なコンプライアンス問題」となる。

スポンサー企業としての判断のポイント

組織委員会から協賛金の追加拠出を要請された企業は、その是非を取締役会で審議することになるだろう。そこで、取締役としては、以下のような点を踏まえ、追加拠出の是非については、慎重に判断すべきである。

第1に、現在の状況で、2021年夏開催予定の東京五輪に協力することが、本当に、社会の要請に応えるものと言えるかどうかという点だ。

五輪開催が、「コロナ克服の希望の灯」であるとしても、なぜ、それが、現実的には極めて困難な「来年夏開催」でなければならないのか。なぜ、例えば、2024年という現実的に可能性が高い時期に開催をめざす可能性を否定するのか。来年夏東京五輪開催に向けて多大な労力・コストをかけることは、むしろ、日本社会にとっての「希望の灯」を危うくしてしまうのではないか。

しかも、オリンピックというイベント自体が商業化し、本来の「世界中のアスリートが競い合う平和の祭典」とは大きく異なったものになっていることは、かねてから指摘されているところだ。東京五輪招致をめぐっては、贈賄工作を行った疑いで、前JOC会長の竹田恒和氏が、フランスで予審にかけられている。また、選手等を重大なリスクにさらしてまで日本の猛暑の7月~8月に開催する理由が、米国のテレビ局の事情であることは、公知の事実だ。

企業としては、現状において、2021年東京五輪の開催に、株主の負担で協賛金を拠出してまで協力することが、真に社会の要請に応えることなのか、組織委員会等の「雰囲気づくり」に惑わされることなく、冷静に判断する必要がある。

第2に、来年夏に東京五輪を開催できる可能性がどれだけあるのかを、客観的に判断することだ。

新型コロナウイルスに対するワクチンが開発され、それが、全世界に供給される状況になること、画期的な治療薬が開発されて、新型コロナ感染症が抑え込まれること、このいずれかが実現されなければ、東京五輪に、世界中から観客を集めることはおろか、選手を集めることも困難だ。感染リスクの中で、東京五輪に出場をめざして準備し、実際に来日する選手がどれだけいるだろうか。

ワクチンについて最近、国際的に開発の動きが加速しているとは言え、接種の開始は早くても来年前半だとされており(【WHO専門家「新型コロナワクチン接種は来年前半になる」】)、来年夏の五輪開催に間に合うとは思えないし、治療薬も、現時点では「重症化の防止」を図ることが大部分であり、感染や発症そのものを抑えられるわけではない。

企業が協賛金を追加拠出した場合、結局、開催が中止になることで、拠出が丸ごと企業の損失になる可能性が相当高いと言わざるを得ない。

スポンサー企業の追加の協賛金拠出の是非に関して、スポンサー企業が、「社会の要請に応える」という意味のコンプライアンスという観点から適切な判断を行うことで、来年夏東京五輪開催をめぐる日本社会の混乱の収束につながることを期待したい。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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