能登半島地震でXトレンド入り、フェイクとコピペの「インプ稼ぎ」とは?
「北陸新潟能登半島の方逃げてください」。東日本大震災の津波の動画とともにXに日本語で投稿し、60万回を超す表示数を集めたのは、普段はアラビア語で投稿する中東のユーザーだった――。
元日に発生した最大震度7の能登半島地震をめぐって、「インプ稼ぎ」というキーワードが、Xのトレンドに上った。
Xでは昨夏、表示数(インプレッション)に応じて、広告収益を分配する新たなシステムを導入している。このシステムを背景に、緊急事態や大事件に便乗し、注目を集めることで収益獲得につなげる、と見られる動きが、今回の地震の混乱の中で広がっていた。
この中には、事実と誤認させるような画像や動画などを投稿し、情報の混乱に拍車をかけるケースも目立つ。
60万表示を集めたユーザーの投稿は、津波の動画が東日本大震災時のものだっただけでなく、テキストも日本語のユーザーの投稿のコピー&ペーストと見られる。
大地震のような緊急事態における不安や心配が、ソーシャルメディアで現金化される仕組みが、あらわになった。
●60万表示を超す「コピペと津波動画」
地震発生から数分後、1日午後4時17分、日本のユーザーが津波到達予想時刻などを表示したテレビ画面のキャプチャ画像とともに、そんな投稿をした。表示数は800万回を超えた。
だがその後、これとまったく同じ文言をコピー&ペーストしたと見られる多数の投稿が、海外のものと見られるアカウントから相次いで発信された。
元の投稿から4時間後、午後8時18分には、「北陸新潟能登半島の方逃げてください」という全く同じ文言に加えて、「#earthquake」「#Japan」「#震度7」「#津波」「#津波警報」「#津波の映像」「#津波到達」「#最大震度7」「#緊急地震速報」「#大津波警報」「#Tsunami」などのハッシュタグを付けた投稿が発信されている。
投稿には、テレビのキャプチャ画像ではなく、津波が押し寄せる動画が添付されている。
だがこれは今回の能登半島地震の動画ではなく、2011年3月11日の東日本大震災の際に岩手県宮古市で撮影された、津波が堤防を乗り越えて押し寄せる、広く知られた動画だった。
この投稿は、投稿から12時間後の2日朝時点で、60万回を超す表示数を集めている。
ユーザーはXのプロフィール欄で、居住地を「バーレーン」としており、通常の投稿はインド・パキスタンなどで広く使われるウルドゥー語を使っている。
「北陸新潟能登半島の方逃げてください」という上記と同じ文言で、同じ東日本大震災の動画を使用したと見られる投稿は、様々なアカウントから次々に発信されている。
「バーレーン」のユーザーの1時間後、同様の文言、同様の画像を使った別のアカウントによる投稿も発信され、20万回超の表示数を集めている。
このユーザーは居住地を「米国」としているが、普段の投稿はウルドゥー語だ。
2日午前2時に同様の文言、動画を投稿し6万回超の表示数を集めた別のアカウントは、居住地を「パキスタン」とし、普段の投稿の言語はウルドゥー語や英語を使っている。
同日午前2時半過ぎに投稿し、6万を超す表示数を集めたアカウントは、居住地は「イエメン」、普段の投稿の言語はアラビア語を使っている。
そのほかにも、5万回超(ドイツ・ベルリン、アラビア語・英語)、4万回超(パキスタン、ウルドゥー語)、3万回超(居住地なし、アラビア語)、3万回超(居住地なし、英語・ヒンディー語)などの表示数を集めた投稿がある。
このような同様の文言、同様の動画を使った投稿はあわせて15件以上に上る。
東日本大震災における別の動画や、今回の能登地震の動画、中国の土砂崩れの動画をつかったものを含めると20件以上になる。
●Xの広告収益分配
このような誤った情報拡散の背景と指摘されるのが、Xが7月に発表した広告収益分配システムだ。
有料サービスの「Xプレミアム」(日本の場合、月額980円)のユーザー、すなわち青色などのチェックマークをつけたアカウントで、過去3カ月以内の投稿を合わせて500万回以上の表示数があり、500人以上のフォロワーがいることが条件となる。
日本でも8月から導入されている。
広告収益分配システムは、上記の条件を満たしたユーザーの投稿を対象に、その投稿への返信の形で広告が掲載されると、収益の一部をユーザーに分配する仕組みだ。Xは、クリエーターへの収益分配の仕組みと位置付ける。
この仕組みの導入によって指摘されたのが、非常事態などの大事件での便乗投稿の問題だ。関連ハッシュタグと画像や動画などを投稿することで、表示数を集め、収益につなげようとするユーザーの動機付けになる。
その問題が注目を集めたのが、イスラエル・ハマス紛争だった。この紛争をめぐっては、当初から大量の偽情報・誤情報の氾濫が見られた。氾濫の舞台として、真っ先に指摘されたのが、Xだった。
紛争開始から3日後、違法有害情報の拡散について、欧州連合(EU)は新たなプラットフォーム規制法「デジタルサービス法(DSA)」上の義務に関する「緊急書簡」を送付。さらに12月18日には、同法に基づく正式調査に入っている。
※参照:「AIだけで過剰削除」「違法有害情報が氾濫」イスラエル・ハマス紛争、コンテンツ管理のバランスとは?(12/21/2023 新聞紙学的)
※参照:ハマス・イスラエル軍事衝突でフェイク氾濫、EUがXを叱り、Metaに警告した理由とは?(10/12/2023 新聞紙学的)
偽情報・誤情報の氾濫と広告収益分配への批判の中で、オーナーのイーロン・マスク氏は10月末、ボランティアによる背景情報追加機能「コミュニティノート」の指摘が付いた場合には、広告収入の対象外にする方針変更を行う、とXへの投稿で述べている。
広告目当ての偽情報・誤情報(フェイクニュース)の投稿は、Xの広告収益分配以前からある。
フェイクニュースが世界的に注目された2016年の米大統領選をめぐっては、首都ワシントンから約7,900キロ離れた北マケドニア中部の街、ヴェレスで、共和党候補者だったトランプ氏を推すフェイクサイトが乱立した。
地元の学生らが広告収入目的で運営していたことが明らかになっている。
※参照:偽ニュースを発信しているのは誰だ。その手がかりは?(12/17/2016 新聞紙学的)
Xの広告収益分配のインパクトは、2022年10月のマスク氏によるツイッター(X)買収以来、8割といわれるリストラを断行。それまでのコンテンツ管理から大きく後退したことと合わせて、EUなどの警戒感を高めている。
上述の、表示数60万件超の投稿には、動画が東日本大震災の投稿である、という複数の日本語による指摘があった。だが、コミュニティノートの掲示はなく、投稿ユーザーの収益につながる4件の広告が表示されていた。
投稿したユーザーは、「古い動画だとは知らなかった」とし、「日本のために祈っている」などとコメントしている。だが、投稿そのものは削除していない。
このユーザーは、他の投稿では、今回の地震の現状を撮影したものとしてX上に投稿されている動画も取り上げている。
コピー&ペーストと見られるテキストと、東日本大震災動画をセットで投稿している他のアカウントも、上記のユーザーと同じように、今回の地震を撮影した動画も取り上げている。
これらは、大半が青のチェックマークを付けた有料ユーザーだ。
一方で、そもそもの文言の投稿をした日本のユーザーは、有料ユーザーではなく、認証の青いチェックマークはない。つまり、広告収益分配の対象にはなっていない。
●非常事態の現金化
このような情報発信の手法は、他のユーザーの投稿を、コピー&ペーストして投稿するだけではない。
注目を集める投稿への返信という形でコピー&ペーストを投稿することで、元の投稿から流入する表示数を稼ぐ、という手法も使われている。
首相官邸の災害・危機管理情報用のXアカウントによる、地震発生を知らせる1日の投稿には、国内のアカウントによる日本語の投稿をコピー&ペーストしたものを返信し、1,000件を超す表示数を集める複数の海外ユーザーと見られる投稿も目についた。
これらの投稿に対しては、その行為を「インプ稼ぎ」として批判する投稿も急増した。そのため、Xのトレンドにも「インプ稼ぎ」が浮上し、2日朝時点で、5万件を超す投稿数となっている。
このほか、Xのトレンド欄には、根拠のない「人工地震」を主張する投稿もトレンドとして示されており、その数は2日午前5時前の段階で、17万件を超していた。
重大ニュースへの関心に便乗し、間違った刺激的なコンテンツを氾濫させることで、収益に結び付ける。
それによって、情報空間は濁り、必要な情報は、届きにくくなる。
(※2024年1月2日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)